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第12話 悪役令嬢の茶会




 

 王立学園中央棟二階───学園に多額の寄付をする高位貴族のみ使用を許される専用サロンにて。

 マリーの監視の現状報告会として、私とグレイはセレスティアから茶会に招待された。


 重厚なマホガニーのテーブルは磨き上げられており、その上には白磁のティーセットと繊細なレースのナプキンが置かれている。


 そして私達の正面に座るセレスティアは笑みを浮かべた。

 

「マリー・ギャザウェル男爵令嬢の監視報告を兼ねて、お茶会でもと思って。いきなり誘ってしまったのだけれど、大丈夫だったかしら?」


 人払いされたそこで、私は「いえ」と首を振る。


 この茶会に参加する前、グレイから『去年の舞踏会で彼女がどんな行動を取っていたか』をそれとなく聞き出したいと言われていた。


 もちろんそれに協力するつもりであるが、私の中に一つだけ懸念事項がある。


 それはというと私が、結局のところマリーに肩入れしている現状であるからだ。

 スカーレットが柄の悪い男子生徒を使ってマリーを襲おうとしているのを止めたり、彼女に貴族社会の常識やマナーを教えたりしているのだ。


(絶対に怒られる気しかない………)

 

 セレスティアからすれば、退学に追い込める絶好の機会なのに私はそんなこともせず、むしろマリーを正しい意味でサポートしてしまっている。


 当初の予定では、わざと使えない振る舞いをしてセレスティアからお目付け役を外されるつもりだったが………。

 それがここにきて「この子、全然思い通りに動いてくれないわね」と解雇されてしまうかもしれない。


 そのため去年の舞踏会の話なんて、聞いてる暇もないくらい詰められる可能性もあった。


 けれど───

 当のセレスティアは、何故かやけにご機嫌だった。

 紅茶の香りが満ちたサロンで、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。


「エニスさん。貴女、マリー・ギャザウェルのお目付け役として中々の働きぶりだそうね」

「え?」

「ただ監視すれば良いだけなのに、彼女を更生させようとして髪まで切ったそうじゃない。意外と豪胆なのね」


 セレスティアの言葉にぽかんとするものの、ハッとした。


 ああ、そういうことか。

 マリーの短く切られた髪を見て、セレスティアは私がやったと誤解しているのだ。


 学園の生徒達からも囁かれている云われなき誤解に思わず顔が引き攣ってしまう。

 まあ、間接的にはそうとも言えるが、自分の名誉のために誤解だけは解きたい。

 

「いえ、彼女自身に皆さんに謝罪したいという気持ちがあって、やったことだそうで………」

「そうかしら?大人しい顔をして意外とやるのねって感心したものよ?」

「いえ、それは、まあ………」

「だってあのマリー・ギャザウェルよ?あの子が人に言われたからって素直に断髪すると思う?」

 

 いや、これが意外とするんだよなあ………。


 マリーの底抜けの素直さを思い出しながら、内心苦笑する。

 するとその時、今まで黙っていたグレイが口を開いた。


「ギャザウェル嬢を監視していて思ったのですが、彼女はアーサー・ホークウッドに助けを求める様子がありませんね。去年の初夏の舞踏会ではエスコートを頼んでいたほどですから、最も頼ってもよさそうなものですが」

 

 話題が舞踏会に移る。

 それにセレスティアは「そうねえ」と苦笑した。

 

「アーサーはもうマリー・ギャザウェルと関わりたくないそうよ。冷静になって彼女の気の多さに幻滅したらしいの。あの夏の舞踏会では、お似合いだったのにね。残念だわ」


 セレスティアの表情には、どこか残念そうな気配が浮かんでいた。

 

「今年も学園主催の舞踏会って、行われるのでしょうか?」

 

 そう聞いてみれば、セレスティアは肩をすくめる。

 

「それはどうかしら?去年は特例で夏に開催されたのだけれど、ホリデーと被ったから参加者が思ったより少なかったの。城から借りた衛兵たちも暇そうにしていたし………。友人や恋人が参加しないからって、従者を連れてきた子もいたわ」


 舞踏会というより、ちょっとしたパーティーだったのだろう。

 すると今度はグレイがセレスティアに尋ねた。


「話を聞く限り、あの舞踏会はあまり印象が良くなかったようですね。セレスティア様もお暇だったのでは?」

「そうねえ。エスコートをしてくださったのが殿下だったのだけれど、彼に近づこうとする子が多くて………。

 気付けば、殿下はすっかり囲まれてしまっていたの。だから、私も従者を一人くらい連れていけばよかったと後悔したわ」


 セレスティアがどこか寂しそうに語る。

 そして彼女は少し遠くを見つめながら言った。

 

「あの頃はマリー・ギャザウェルともそれなりに仲が良かったのよ。パヴィリオンの庭で一緒に時間を潰したりして………。でも、今思えばあれも全部演技だったのかもしれないわね」

「演技ですか?」

「ええ。夜風が寒いと言ったらショールをかけてくれたの。その優しさも嘘だったってわけよ」

 

 苦笑の中に、ほんのりとした哀しさが滲んでいた。

 セレスティアがそこまで言うのなら、きっと彼女なりにマリーと本当に仲良くなろうと思っていた時期があったのだろう。


 ───けれど、裏切られたと思っている。

 それに私は何も言えなかった。


 今回の茶会ではめぼしい情報は得られそうにないだろう。

 

 ただ、私個人の感想としてはセレスティア嬢が真犯人とは考えにくい。


 まず彼女がマリーを陥れる意味がないのだ。

 第一王子の婚約者であったはずの彼女が、わざわざパトリック王子を危険に晒す理由がない。


 けれど、疑念を完全に払拭できるわけでもなかった。





 ◇



 


 自ら新しいお茶を用意すると言って席に立つセレスティアに、私も慌てて「手伝わせてください」と声をかける。

 セレスティア主催の茶会であるものの、黙って座ったままでいられるほど私の肝は座ってないし落ち着かないのだ。


 グレイには申し訳ないが彼を置いて、セレスティアと共にサロンに併設されている給湯室でお茶の準備をする。


 するとセレスティアは湯を沸かす私を見つめて、にんまりと笑みを浮かべた。


「そういえば貴女とグレイ、交際しているんですってね?」

「!? それは………!」

「噂で聞いたわよ?たまに旧校舎で逢引しているともね」


 悪戯っ子のように微笑むセレスティアに私は固まる。

 偽装恋人に過ぎない関係だけれど、自分が指名した監視役が二人いつの間にか付き合っているのだ。

 真面目に監視しろよと思われても仕方がない。


「申し訳ございません。彼との交際によってマリー・ギャザウェルの監視を怠るようなことは一切………」

「あら、別にそんなこと心配していないわ。それよりいずれグレイと婚約するのかしら?」

「いえ、そういうわけでは………」

「そうなの?つまらない。けれどもしそのまま婚姻するのなら良い教会を紹介するわね」


 そしてセレスティアがくすくすと小さく笑う。

 

「ふふ、こうやって恋の話をするのは楽しいわね。去年色々大変だったから皆気を遣ってしてくれないの」

 

 年相応な表情をしながら微笑む彼女に、こちらも自然と笑みが浮かぶ。

 完璧な令嬢だと思っていたものの、目の前にいるのは恋バナが好きなごく普通の令嬢のように見えた。


(…………あ、そういえば)


 セレスティアも第二王子との婚約が内定しているのではないだろうか。


 原作小説においてパトリック王子との婚約が破棄された後、彼女は第二王妃の息子である───ヴィンセント第二王子との婚約が示唆される。

 

 それが決定されたかどうかは分からないけれど、あの婚約破棄騒動から時間も経っているし、そろそろ内定するのではと思っていたのだ。


(あ、でもヴィンセント王子って確か外交公務で諸外国をまわってるんだっけ)


 そんな忙しい第二王子との婚約内定は、時間がかかるのかもしれない。


「どうしたの?黙りこくっちゃって」

「…………いえ、ただ茶葉の香りが良いなと」

「そうでしょう?この茶葉はヘザーディア皇国の南部で採れたもので───」


 誤魔化してそう言えば、セレスティアは笑みを浮かべてお茶の話をしてくれる。


 彼女はこの物語の主人公だから。

 きっとヴィンセント第二王子との婚約も決まって、将来は王妃となりハッピーエンドを迎えるのだろうなと思った。


 




  

 



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