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第10話 協力要請と偽装恋人




 あれからマリーへの嫌がらせはパタリと無くなったらしい。

 というのもマリーの髪をお目付役である私がバッサリと切ったという噂が流れているからだ。


 髪を結ったりすることは良いが、頸が見えるほど髪を切るのは貴族の令嬢にとって『大罪人』を意味する。


 それを私が行なったとして、周囲から「エニス・ハボットがあそこまでのことをするのなら、私達が制裁を下すまでもないんじゃない………?」と勘違いされているようだった。




 ・

 ・

 ・




 

「私ってそんなことするような人に見えるのかな………」



 放課後、人気のない旧校舎の裏庭にて。

 授業を終えた私はそこで、マリーに学園内での暗黙のルールや貴族としての基本的な教養やマナーを教えていた。


 今回マリーが髪をばっさり切ったのは、彼女に貴族社会の常識が備わっていなかったからに過ぎない。


 だとしたら今後もその知識不足のせいで要らぬトラブルに巻き込まれたり、私に火の粉が飛び掛かってくる可能性があるだろう。

 そのため私は少しずつマリーに教養やマナーを教えることにしたのだ。


 そして裏庭のガーデンチェアで項垂れる私に、隣に座るマリーが焦ったように口を開く。


「ごめん!エニス!まさか貴族の人達にそういう常識があるとは思わなくって………!」

「大丈夫だよ。知らなかったんだから仕方ないし………ただ、私じゃなくて自分で切ったっていうのを周りに話してほしいというか………」

「もちろん任せて!積極的に言い回るわ!」


 それにマリーが元気よくサムズアップする。

 大丈夫だろうか………。


「…………でもこの学園って貴族の生徒達が多いから、暗黙のルールとかが多いのよね。まだ市井で働いていた方が自由だわ」


 するとマリーがぽつりとぼやく。


「働くって、例えば?」

「そりゃ針子としてよ。前着てたワンピースの制服、自分で作ったのよ?それに私って結構強いから冒険者にもなれたりして」


 おどけた様子で話すマリーに苦笑する。

 

 ちなみにこのファンタジーな世界には『冒険者』もいるし、そういった人達を統括する『ギルド』もあるのだ。


 私の生家の領地にある未開墾地は時々魔物が現れたり、奴らの死骸から出る瘴気によって土地が汚染されたりする。

 そういった場合に冒険者ギルドに要請して、魔物討伐や土地の浄化が出来る魔術師の派遣をしてもらっていた。


 …………そんな確かな腕を持つ冒険者達に、マリーがなれるとはとても思えない。


「あ!その目は何〜?私こう見えて結構強いんだからね!」

「そうなんだねえ」

「信じてないわね………!別に良いけど!」

 

 悔しそうにするマリーに笑みをこぼす。


 話してみれば普通に良い子そうで、原作のマリーとどうしてこんなにも違うのかと不思議に思う。

 演技している可能性もあるが、もしそうではなかった時、彼女は一体何なんだろう。


(《魅了の魔石》の真犯人が分かれば、自ずとその理由も分かってくるのかな)


 もし真犯人がマリーであれば、原作通りの腹黒男爵令嬢ということになる。

 

 冤罪の可能性が高いらしいが調査が終わってない今、彼女のことをそばで見守る覚悟はあるものの、無条件には信じられない。


「…………あと、全然話が変わるんだけどさ」


 するとマリーが気まずそうにこぼす。

 何だろうと首を傾げていれば、彼女はぼそぼそとつぶやいた。


「私の勘違いだったら全然良いんだけど、最近同じクラスのグレイ・キングズリーって人に監視?されてるような気がするのよね。

 別に私のこと好きって感じじゃなさそうなんだけど、よく周りにいるのを見かけるし、何だかちょっとストーカーっぽくて」

「……………」

「これって先生に相談した方が良いと思う?最近私、校則守ってるし、先生達も動いてくれると思うんだけど」


 マリーのその言葉にしばらく押し黙ってしまう。


(キングズリー様。極秘の調査、マリーにバレそうなんだけど………)


 グレイに対して何とも言えない気持ちになりながら脳内で囁く。

 そしてそんなマリーに私は咄嗟に誤魔化した。

 

「もう少し様子を見た方が良いんじゃないかな?」


 おそらくきっと今もグレイは、私達の様子を隠れて監視しているのだろう。


 それを考えた時、私は彼にあることを提案する決意をした。

 




 ◇


 

 


 宿舎へ帰るマリーとは所用があると言って別れた。

 そしておそらくここにいるであろうグレイに声をかける。


「あのー……キングズリー様………?」

「ここだ」


 旧校舎の陰から現れたグレイに「あ、やっぱり監視してたんだ」と思う。

 そして宿舎へ戻るマリーに着いていかないところを見るに、おそらく彼も私に話したいことがあるのだろう。

 

 そんなグレイに私は口を開いた。

 

「先ほどの会話を聞いていたならご存知だと思いますが、マリーは貴方の監視に薄々気付いているそうです」

 

 高い身長に目元が隠れる程のもっさりとした髪型。

 貴族の子息が多いこの学園では珍しい風貌の彼は否が応でも目立つだろう。

 

(調査対象に調査されていることを知られるのはまずいんじゃないのかな………)

 

 マリーはまだどうして監視されているのか気付いていないようだけれど、これは早急に何とかしなければならないのではないだろうか。


 それをグレイも思っていたのか気まずそうな雰囲気を醸し出してくる。

 もしかして彼もそのことについて私に相談したかったのもしれない。


 そして私はそんな彼に、静かに口を開いた。


「……………もしご迷惑ではなければ、今回の事件の調査を協力しても良いでしょうか?」

 

 ───彼の調査の邪魔はしない。


 そうは言ったけれど、やはりマリーのことが気になってしまう。

 もし彼女が冤罪で、生徒達から報復として酷いいじめを受け続けることになるのならば、その無実を晴らしてやりたかった。


 それこそマリーが本当に無実かをどうか、この目で見極めたい。


(外部の調査機関が一学生に協力を要請することは難しいと思うけど、このままじゃ彼もスムーズに調査できないだろうし………)

 

 そんな思いで提案してみれば、グレイはぽつりとこぼした。

 

「…………散々遠ざけようとしていたが、もしこの件について協力してくれるのであれば非常に心強い。…………正直困っていたところだ」

「なら、」

「ああ。だからお前に頼みたい。なるべく危険な目から遠ざけるが、報酬はもちろん出すし、責任も必ず取る。…───だからどうか、俺に力を貸してくれ」

 

 グレイの言葉に私も頷く。

 もし危険な目に遭ったとしても、私の家には兄が二人に姉一人いる。

 スペアである私の身に何かあったとしても問題はないだろう。


 それにセレスティアから『お目付け役』を賜った時点で、すでにこの件には巻き込まれていたのだ。

 今更、無関係ではいられない。


「それから、ギャザウェル嬢が俺の監視に気付いていたという件についてだが『ハボット嬢を見ていた』として誤魔化してくれないか」

「…………はい?」

恋人(・・)であるお前を見ていた。それならば話は通じるだろうし、もし何か言われても『去年騒動を起こした女子生徒に好いた女が振り回されていないか監視していた』と言えば誤魔化せるだろう」

 

 グレイの言葉にポカンとする。


 好いた女?うん?

 私が………グレイ・キングズリーの恋人………?

 

「ハボット嬢、調査によって恋人や婚約者、気になる異性がいないのはすでに知っている。そして恋人になり得るだろう異性が周りにいないのも調査済みだ」

 

(めちゃくちゃプライバシーが侵害されている………)


「期間限定で良い」

「………ええと」

「もしそれが受け入れられないと言うならば、俺はお前の『ストーカー』だと公言する手もあるが………」


(いや、それは流石に無茶苦茶すぎないか………!?)

 

 あっけらかんと言い切るグレイに私の方がたじろいでしまう。

 

 将来私がどこの家に嫁ぐか全く決まっていないし、むしろ姉の嫁ぎ先をどうするかで手いっぱいな貧乏貴族の家として、学園在学中にそういった相手を見つけてほしいという両親のプレッシャーも何となくある。


 だから特に生家からは何も言われないだろうし、グレイも『役』として言っているだけなのだ。

 調査が終わるまでの期間ならば、まあ、大丈夫だろう。

 

 何より彼に私の『ストーカー』という不名誉な称号を与えるわけにはいかない。

 

「分かりました。短い期間ですが、よろしくお願いいたします。キングズリー様」

「ああ、それから俺のことは『グレイ』と。敬称も良い」

「…………分かりました」

 

 何だか変なことになったなと思いつつも、これからマリーが無実かどうかこの目で分かるのだ。

 

 彼女が無実でなかった場合、私が何をするわけでもないけれど、マリーが冤罪であればそれを晴らしてやりたい。


 前世の親友と何故か重ねてしまう彼女を、もう放っておくことはできなかった。





 

 

 

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