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第1話 悪役令嬢小説のその後の世界で


 


 私は悪役令嬢小説が好きだ。

 性格の悪いピンク髪の男爵令嬢や脳内お花畑な王子の婚約破棄宣言を正しく論破し、叩きのめす展開は実に痛快でスカッとする。


 しかし、それはあくまでフィクションの中での話で。



(まさか自分が、その物語の中に転生するなんて思いもしなかったんだよなあ)


 

 悪役令嬢小説『悪役令嬢は優雅に微笑む』の世界に転生して17年。

 私──ことエニス・ハボットは昨日付けで隣国への留学を終え、この度王立学園に帰ってきた。


 というのも物語の時系列である去年、悪役令嬢や男爵令嬢、そして第一王子やその取り巻き達によって学園が機能しなくなるのを知っていたため、わざと一年間席を外していたのだ。

 

 転入してきた男爵令嬢マリー・ギャザウェルに籠絡される男子達とそれをよく思わない女子達の攻防。


 マリーのために学園の校則を無理矢理変え、王族特権にて行事や授業を私物化するパトリック第一王子。


 そしてマリーを妬んで嫌がらせしていると勘違いされる主人公兼侯爵令嬢のセレスティア・リュベル。


 やがて『真実の愛』に目覚めたパトリック王子が婚約破棄を行うのだが───まあ、悪役令嬢小説のテンプレ的にセレスティアは嫌がらせが冤罪であることを証明し、逆転。彼らを断罪する。


 けれど悪役令嬢ものが好きとはいえ、それを最前線で見たいかと言えば否定したい。

 あくまでフィクションだから好きなのであって、彼らの騒動の余波に巻き込まれるのはごめんだった。


 だから私は2年生に進級してから一年間、さっさと学園から退避したのだ。


 悪役令嬢小説が好きとはいえ、どういう余波があるのか分からないし普通に勉強していたい。

 余計なトラブルになんか巻き込まれたくない。


 そう思っていたのだ、が。





「───エニス・ハボットさん。貴女には申し訳ないけれど、修道院から帰ってきたマリー・ギャザウェル男爵令嬢の『お目付け役』になってくれないかしら」




 王立学園のガーデンテラスにて。

 真っ白な丸テーブルの向こうに座る、美しい銀髪の侯爵令嬢もとい『悪役令嬢は優雅に微笑む』の主人公セレスティア・リュベルがにっこりと笑みを浮かべて言い放つ。


 職員室での復学準備を終え、さあ帰ろうとしたところ「ちょっと良いかしら」と呼び止められたのだ。


 原作の主人公に声をかけられ若干緊張しながらも大人しくついていけば、彼女から放たれた言葉に思わず目が点になってしまう。


「…………申し訳ございません。『お目付け役』とは何かの隠語でしょうか?昨日学園に帰ってきたばかりですので、分からないことが多く………」

「そのままの意味よ。マリー・ギャザウェル男爵令嬢が、この間修道院から帰って来たの。学園としても彼女の再受け入れは異例だし、となれば何かあった時に監督できる人物が必要でしょう?」

「お待ちください。色々聞きたいことはあるのですが、ギャザウェル嬢とは………あの(・・)マリー・ギャザウェルのことでしょうか?」


 戸惑う私をよそにセレスティアは「ええ、そうよ」とあっけらかんと頷く。


 原作において婚約破棄騒動後、マリーは修道院へ。

 パトリック王子は学園を休学し、次期国王として相応しいか再度審議されるため一時的に王位継承権を失う。

 そしてセレスティアは第二王子と婚約する未来が示唆され、物語はハッピーエンドを迎えるわけなのだが………


 そんな修道院にいるはずのマリーがどうして学園に?


「てっきり退学になったかと………」

「最初は私もそのつもりだったけど………第三者機関の調査の結果、あの件についてギャザウェルさんは『平民出で家格が低く、男子生徒達の暴走を止められなかった』と供述したみたい。

 これが情状酌量の余地ありとみなされ、修道院での矯正教育のみで済んだそうよ」


 その言葉に思わず「いやいや」と口を挟みそうになる。


 確かに原作でもマリーは直接手を下すことはなかった。

 取り巻きの男子達───主にパトリック王子を筆頭に、彼女に夢中になっていた者達が暴走していた節はある。


 しかしマリーは大人しい顔をして相当腹黒いのだ。


 加害者にならないようか弱い少女を演じながら、思わせぶりな態度をとって男子達を利用し、自分の敵を葬ろうとする少女で。


 けれどそれは原作を読んでいるため知っているわけで、何も知らない第三者からはそう見えてしまっても仕方がないのかもしれない。


(いやでも、それを王家………ましてリュベル侯爵家やセレスティア自身が許すわけなくない?)


 実質何のお咎めなしのマリーに当の本人であるセレスティアはどう思っているのだろうと思う。

 するとそんな私の疑問に察したのか、彼女は不自然な程の笑みを浮かべて言い放った。


「もちろん私は納得していないわ。王家も私の生家も面子が潰れているもの。それでもあのままギャザウェルさんに全責任を負わせると、今度は権力による弾圧として世論が反発しかねないのよ」

「はあ」

「だからといってマリー・ギャザウェルを放置することはできないわ。去年の騒動が再び起こる可能性もあるんだから。

 だからエニスさんにお目付け役になってもらって、彼女がこれ以上トラブルを起こさぬよう監督していただきたいの」


 セレスティアの言葉に思わず私の顔が引き攣る。

 それに気付いているのか気付いていないのか、彼女は続けた。


「エニスさんは騒動の最中、学園にいなかったでしょう?ギャザウェルさんに対しても特別な敵意も同情もない。そういった中立的な立場の貴女を、私が選んだということに意味もあるのよ」


 確かに被害者であるセレスティアが自身の取り巻きの令嬢ではなく、私を選んだということで事件の中立性を保とうとしている印象を抱ける。

 次期王妃としての寛大さを示す政治的アピールにも繋がるだろう。


(けど、内情は全然そうじゃないんだよなあ………)


 何せうちの生家──ハボット伯爵家は歴史が古いだけの貧乏貴族で、数年前に未開拓の領地の開墾資金をセレスティアの生家に援助してもらったという過去があるのだ(ちなみに私の留学は『特待留学生制度』というものを使っているため無料(タダ)であり、むしろその間学費はかからなかった)


 私にはセレスティアの取り巻きの令嬢になれる程の器量の良さも洗練さもなく、クラスの隅の方で生きていたのだが………


「どうかしら?エニスさん、私の頼みを聞いてくれるかしら?」


 これに対して私の拒否権はない。

 

 セレスティアも中立な立場で私を選出したと言っているが、内心は「マリーがもし何かトラブルを起こそうとしたら真っ先に私に私に伝えてね。今度こそ息の根を止めるから」といった具合なのだろう。


 原作のセレスティアも大分用心深く、だからこそ嫌がらせの冤罪の証拠を集めることができていたわけだが。


 しかし───


「ですが、セレスティア様。私とマリー・ギャザウェルはクラスが違います。他クラスの彼女の監視には限度があるかと………」


 この王立学園は基本的に上位クラスと下位クラスに分けられている。

 成績上位者は上位クラス、それ以外は下位クラスと厳しく振り分けられるのだ。


 私は人生二週目ということもあり、セレスティアと同じく上位クラスだが、マリーは下位クラスで。そこら辺どう対処するのだろうと思っていれば、セレスティアは口を開いた。


「それは問題ないわ。………あら、ちょうど良いタイミングで来てくれたわね」


 セレスティアの言葉に疑問に思い振り返れば、私の後ろに一人の青年が立っていた。


 もっさりとした前髪で目元を隠した、背の高い青年。

 逞しい体躯のどこか影のある男子生徒がいた。


 え、どなた?


「彼はキングズリー辺境伯の子息、グレイ・キングズリーよ。去年の騒動で唯一マリーの毒牙にかからなかった殿方で、女子生徒達からの信頼も厚いわ。下位クラスに所属しているから、エニスさんの目が届かない範囲のサポートをしてくれるでしょう」

「そうなんですね………エニス・ハボットと申します。よろしくお願いいたします」


 立ち上がり一礼すれば、向こうも軽く会釈してくれる。

 

 そしてそんな私達を見て、セレスティアは申し訳なさそうに、それでいてはっきりと言い放った。


「二人には苦労をかけるけれど、学園の秩序を守るためによろしく頼むわね。マリー・ギャザウェルに何かあれば、必ず(・・)私に伝えるように」

 

 言葉の節々に強引さが垣間見えるセレスティアに固まってしまうものの、やっぱりこのくらい強くないと王子や男爵令嬢にざまあできないんだろうなと実感する。


 グレイのことは分からないが、子飼いの私に申し付けてくるあたり学園の先生達のことを信用してないんだろう。


(やりたくない。やりたくない、けど………)


 私には拒否権なんてものはない。


 そして私は内心苦笑しながら「承りました」と頷いた。




 


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