8.お帰り願いたい
ルカミアの勘は当たっていた。
そして、アリーシャの勘も。
穢れ祓いの翌日、王とブリ娘が訪ねてきた。
あ、思わずブリ娘って言っちゃった。いや結構いいあだ名だと思う。これからブリ娘と呼ぼう。心の中でなら許されるはず。
感謝の言葉を述べるどころか、一切穢れについては触れない2人にアリーシャは眼尻が吊り上がりそうになるのを抑えるのが大変だった。
ところで彼らは何しに来たのか?それこそ穢れ祓いの後、アリーシャの目に面倒そうな色が見えた理由だった。絶対こいつらは目の前に現れると思ったのだ。
しかも、しょうもない理由で。
まじでいい加減にしてくださいませである。
「私ぃ国で一番えらい王様との結婚なんて不安で色々聖女様にお話聞いて欲しくてぇ…………。こんな気弱じゃいけないってわかっているんですけどぉ、でも私ぃ」
「王妃になるのだから不安になって当然だ。そんなところが俺はとても可憐だと思うぞブリリアン。民たちも皆微笑ましく思っていることだろう。もちろんいいですよね聖女様、可愛いブリリアンの頼みなのですから」
うるうると上目遣いで見上げられ嬉しそうな王。断るわけないだろと人の都合など一切無視の上から目線で命令、いや尋ねてくる。
何が悲しくて略奪女の話を聞かなければならないのか。ご・か・ん・べ・んと言いたいところだが、言っちゃいけないのが聖女様というもの。
「何か助言をすることはできませんが、お話を聞くことだけで宜しければ喜んで」
「きゃあ!嬉しい!皆の憧れの聖女様と二人で話ができるなんて幸せ!ありがとうライル!」
いや、許可を出したのは私なのだが……。ブリ娘はアリーシャに一瞥もくれていないのだが……。
ぎゅうっと首に抱きつかれ豊満な胸元を押し付けられ鼻の下が伸びるライル。この王はこんなに色々と自分に正直で大丈夫なのだろうか。
ではよろしくと去っていく王とその他諸々たち。
室内に残ったのはブリリアンとアリーシャ。そして数名の侍女。神官は男性は遠慮してとのことで追い出された。
美味しそうな焼き菓子と香り高いお茶、実に優雅なティータイムだ。
うーーーーん。
実に早く終わってほしい。早くお帰り願いたい。
アリーシャは本当にほぼ聞いているだけだった。
そう、不安にかこつけたマウンティングトークを。
「聖女様って平民って本当ですかぁ?」
「左様でございます」
「え~やだ~平民に敬語使っちゃったじゃない!じゃあ男爵家出身の私の方が偉いってことよね!皆聖女様聖女様って崇めるからなんか聖女様の方が偉いとか思っちゃったぁ。なんか汚くて薄気味悪い穢れを祓ってるからって聖女様聖女様って、ねぇ?あんた達なんてただの清掃能力が高い女じゃない。アリーシャ、皆が持ち上げるからってあなた勘違いしないでね。私は王妃になる存在であなたはただ変な力があるだけの平民なんだから」
「承知いたしております」
ええ、よぉく承知しておりますよ。諸々人より特殊な能力を授けられただけの女だっていうのはね。仰るとおりただの女。だから大変私ムカついておりますよぉ。
「なんで皆聖女を持ち上げるのかしらねぇ?やっぱりその綺麗なお顔かしら?ブスだったらここまで大切にされないわよね?穢れなんて不吉なものに近づくわけじゃない?ブスだったらそんなものに近づいて汚れてるとかむしろ迫害されてたと思わない?その顔に感謝しなさいよ」
「はい、承知しております」
はいはい、もちろんこのお顔は自慢でございますよ。救ってやったのに迫害とかしてくるやつがいたら人間性を疑うが、人間は時に美醜にこだわることも事実。
美人万歳。こんな顔に生まれて良かったあ。
「でもあんた独身なんでしょ?恋人もいないらしいじゃん?美人でもねぇ……やっぱり女に大事なのは愛嬌と色気よね。私を見てご覧なさいよ!この愛嬌と色気で一国の王まで落としたのよ?女にとって清らかで美しいなんてなんの意味もないんだから……御愁傷様?聖女として一生人の役に立って汚い仕事してくださぁいって感じ」
「王との結婚は女性の夢でございますね」
ムギュウと自らの二の腕で胸元を強調するブリリアン。そのたわわに実ったものを好きな殿方は確かに多そうでござんすね。
はっ、いかん。この顔にあんな物がついたら更なるセクハラ三昧になりそうだ。適度な大きさ万歳!
心の中で自由に言いまくるアリーシャと口に出して聖女を下に見るような発言と自分の自慢話をし続けるブリリアン。
「ライルが聖女に変な気を起こしたらと思ったけど、こんな顔だけのつまらない女なら安心ね。それじゃあ、私の国のためにお掃除お願いね」
そう言ってブリリアンは侍女を引き連れ部屋を出て行った。ふぅーっと息を吐くアリーシャ。
いや、もう穢れ祓ってきたんですけど。そんなことも知らされていないのか。それとも報告はあったが聞いていないか。
それはともかく……
終わった。
やっと終わった。
どっと疲れが押し寄せる。
穢れ祓いより疲れを感じるのはなぜだろうか。
「あの……聖女様……」
「はい」
目の前には可愛らしい顔をした王宮の使用人がわずかに顔を赤らませながら立っていた。ブリ娘と入れ替わるように部屋に入ってきたらしい神官と王宮の使用人たちも部屋にいた。
やば……完全に気を抜いていた。忌々しきブリ娘め。ま、気を抜こうが完璧な美貌は崩れはしないのだから構わないか。
「お部屋にご案内させていただいてもよろしいでしょうか?もう少し休んでからにされますか?」
その言葉にちらりと神官たちを見るとぱあっと明るい顔になる二人の男がいた。
そんな顔をされちゃあ
嫌がらせをしたくなるというのが人の性。
そこの神官さん、ローブのポケットから何やら紙袋が見えているわよ。うんうん、早く部屋に行ってその中身の枚数を数えたいわよね。
そちらの神官さん、首元の口紅は何?続きはあ・と・でみたいな?
こちらはブリ娘の相手をさせられたというのに……何をやっているんだか。
今回の同行メンバーは神官庁本部の人間だ。聖女村勤務の神官は他の任務に就いている。
「私こちらの国のことをあまり存じ上げないので、お話を聞かせていただいても宜しいでしょうか?」
顔にめちゃくちゃ嫌ですと書いてある神官2人だが頷くしかない。大人しくアリーシャの腰掛ける椅子の後ろに立ったが睨まれているのを感じる。
ざ・ま・あ
神官とて人間。様々な性格の者がいる。清廉潔白、まさに神官の鑑というような者もいれば、正反対の者もいる。聖女人気が高いこの世界では、聖女と距離の近い神官とお近づきになりたいと言う人が多い。
それを利用して自分の欲を満たす者が多いことは否めない事実。
まあ無理強いしたりというわけではないので、アリーシャとてこれくらいの嫌がらせくらいしかしない。相手とて何か見返りを望んでやっているのだからwinwinというやつだ。
綺麗事だけではこの世は渡っていけない。
アリーシャは楽しそうにこの国の話をする侍女たちに微笑みながらそんなことを思っていた。