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7.穢れ祓い

 場所は移り馬車の中。


「改めましてルー公爵家長女のルカミアと申します。本日は聖女様をご案内できる栄誉を賜り誠に光栄にございます」


 馬車が走り出すとルカミアはそう言って頭を下げた。


 お、おお……なんとも堅苦しい挨拶をしてくるお方である。アリーシャは平民出の聖女ということで貴族たちからの反応は様々である。ほとんどは表面上は敬ってくるが、目は見下している。


 だが彼女からは聖女として敬おうとする心が感じられる。さっきの男爵家出身のブリリアンなどは普通に睨みつけてきたし、鼻で笑っていた。公爵家出身のレイチェルが畏まってくるのはなんとも違和感がある。


 アリーシャは彼女の優雅な所作には及ばないながらも、胸元に片手をあてアリーシャでございますと頭を下げながら、はて……と少し考える。


 人というのは上のものに倣う者が多い。似てくるというべきなのか。皆が皆ではないが聖女を平民と見下す王族の周りにはそういう者が。威厳を保ちながらも敬意をもって接してくる王族の周りには同じような者がいる気がする。


 この国の王からは敬意、謝意というものなど全く感じないし、色目というのかルカミアに物申す度にチラチラとアリーシャの反応を窺っていた。美人に良いところを見せてる俺ってイケてるだろ的な感じが非常に気持ち悪かった。


 だがここの家臣や使用人たちは王の近くに侍る者を除けばとても恭しく接してくるのだ。王が去った後公爵や慌てて駆けつけた大臣たちから気の毒なほど頭を下げられた。使用人たちも冷や汗を浮かべながら彼らに合わせて頭を下げていた。


「アリーシャ様。民は避難させたのですが感染してしまった者は穢れが発生した場所から離れた家に集めて隔離しております」


 穢れ人の発生。軽度であれば良いのだが。


 そもそも穢れが発生しているのであればあんなくだらない茶番などせずに、すぐにここに案内すべきだ。


 あ、なんかまたムカついてきた。


 心の中で角や牙が生えかけるが馬車が停止した為、気持ちを切り替える。


 ここまで来ると禍々しい気配を感じる。手遅れとは言わないが、良い状況とは言えないかもしれない。


 こちらに、と言われて案内されたのは貧民街だ。ジメジメしており、至る所にゴミが散らばりお世辞にも清潔とは言い難い場所。


 離れたところから貧民街に住む者たちがこちらを見ているが、薄汚れた服を来た者ばかり。お金がなくても幸せという人もいるが、やはり経済的余裕というのは大事なもので表情が暗い人が多い。穢れは人の負のオーラが多いところによく見られる。


 なので王宮にも結構発生したりする。あそこは見栄と権力、足の引っ張り合いの象徴的場所であるから。


 穢れ人を隔離しているという家に入ると、ルカミアはなんとも気まずそうな顔をした。


「私達の力ではどうにもできず……このようなことに………………お恥ずかしい限りです」


 目を伏せるルカミアから部屋の奥に視線を移す。


「いえ、正解です」


「えっ!?これが!?」


 そう、これが。


 部屋の奥には口に布を巻かれ手足を拘束される者、柱に太い縄で縛り付けられる者が数十人いた。目は血走り口からは布を巻かれてなお叫ぼうと声が漏れる。尋常ではない様子が窺える。


「人道的ではないと思われるかもしれませんが、穢れ人は進行状況にもよりますが、自分を傷つけ、他者をも傷つけるのです。私達聖女が到着する前にできることはこのように物理的に縛るか、………………命を奪うかです」


 ルカミアが息を呑むのが伝わってくる。


 そうは言ったものの、安堵の息を吐くアリーシャ。


 凶暴性は上がってしまっているが、まだ人間的なものばかり。穢れに完全に囚われてしまったものは、化け物のような力を持ち、痛みも感じなくなる。だから力尽くで縄を千切り……時には自分の腕を引き千切って縄から逃れ、人を襲うのだ。


 即ち物理的拘束が効くのは最初だけ。


 あの王の様子ではそれなりに穢れが発生してから時間が経過しているようだが、被害が少ない。凶暴化もそれなりに抑えられている。隔離や発生源からの避難など初期対応が良かったのだろう。誰の指示のおかげかはわからないが。少なくとも王ではない。



 それにしてもヤバい状態の人がいなくて良かったと思う自分と拘束だけで顔を悲痛に歪めるルカミア。


 ……どちらが聖女かわからない。


「アリーシャ聖女様?」


「なんでもございません。それでは――」


 いけない、いけない。今は仕事中だ。


 切り替えねば。


 穢れに対し消えろと心の中で念じながら――パンッと手を一度叩く。


「はい、終わりです。彼らの体は衰弱しておりますので十分休ませてあげてください。さあ次は穢れが蔓延している場所に連れて行ってください」


「え?あ、は、はい!」


 アリーシャの淡々とした指示に思わず身体が動いてしまったルカミアだが頭の中は?でいっぱいだった。


 今、何が起きたのか?


 ほんの少し彼女の動きが止まり手を叩いただけで、急に穢れを纏っていた人々が動きを止め眠り始めたのだ。殺伐とした雰囲気が、狂気が、消えていた。


 あれだけの短時間でもう穢れを祓えたというのか。


 信じられないと思いながらも、あの澄んだ空気感は間違いなく祓い終わっていた。しかし……人間がそんなことできるのか?いや、でも人とは違う力を持つからこそ聖女と言われるのであって…………。


「…………ア様、……カ…ア様、ルカミア様!それ以上近づかない方がよろしいですよ!」


「あっ………………っ!!!」


 アリーシャに腕を掴まれ、意識が浮上した。目の前の光景にざっと顔を青褪めた。目の前には黒き穢れがぶわぁと広がっていた。


 深い闇に囚われるところだった。ルカミアの頬に冷や汗がツーと流れた。


「あらあら、結構繁殖してますね」


 結構……それはそうだろう。穢れはこの貧民街の3分の1程に広がっているのだから。本来ならボロいながらも建つ家がそこにはあるはずなのに、穢れにより確認できない。そこには深い闇が広がっている。


 あれに突っ込んでいたら、ゾッとするルカミアはそっと隣に立つアリーシャを見る。彼女はすっと鋭い目で穢れを睨みつけている。


 そして、すぅと息を吸いふぅと息を吐くとゆっくりと目を閉じる。時間にすればおよそ数十秒だっただろうか。こんな場面でありながらその尊い姿に目が離せない。


「終わりです」

 

「「「…………………」」」


 聖女に向けていた視線を慌てて穢れに移す人々。


 ……いや、何も変わっていないような――――!?


 人々は息を呑んだ。


 穢れの真ん中に光が差し、そこを中心としてブワァっと穢れが浄化されていき、瞬く間に普段の貧民街の風景に戻った。


 黒い靄が全て消えた。


「すご……。あ、ありがとうございます!皆を代表してお礼申し上げます!」


 思わず令嬢らしからぬ呟きを吐いてしまったが、我に戻ったルカミアがお礼を言う。アリーシャはふわりと微笑むと軽く頷いた。


 その微笑みの美しさといったら……ルカミアは今まで見たどんな絵画よりも美しいものだと思った。


 でも、なにかこう変な感じがする。


 嫌そうな、面倒そうな感情が透けて見えるような――。


 いや、そんなわけない。そんな考えをルカミアは頭を振って追い払った。

 




 

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