6.茶番②
アリーシャはしっかり捉えていた。アリーシャに見惚れていた彼女はそのことに気がつくと悔しそうな顔になり、周囲の男たちがアリーシャにまだ見惚れていることに気づくと般若の顔に変化したところを。
そして、今は皆の視線を浴びてご満悦とばかりに鼻を膨らませてその豊満なバストをライルの腕に押し当てながら、涙目になっていた。
涙目?
な・あ・ぜ?
どこかに泣くシーンがあっただろうか?
いや、ない。
「ライル……私、私すっごい怖かった。ルカミア様にされてきた嫌がらせなんてどうでも良いの。だって仕方ないもの。あなたという魅力的な婚約者の心を私が奪ってしまったのだから!でもナイフを持った男たちに囲まれたとき……あなたが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……。私は命を失うことが怖かったんじゃないの!あなたに……ライルに会えなくなるのが怖くて、怖くて……っ!」
そこで両手で顔を覆うブリリアン。まじもんの涙が指の間から出ている。口元も目も笑っているのに……なんとも不気味だ。
というよりも何が始まったと言うのか……このブリブリ劇場は何なのか。
「ブリリアン……!俺は君がルカミアの指示で多くの令嬢に無視され、私物を壊され、ドレスをずたずたに切り裂かれたときも心に渦巻く炎でどうにかなりそうだった!しかし……ルカミアにとっては俺の心を奪われた妬みがあって当然だ。これも俺の魅力のせいだからと我慢した。だが此度のことは違う。暗殺未遂だ!命に関わることだ!ああ、俺も君を失うかと思ったらどうにかなりそうだったよ!」
こんな初対面の人がいる前でそんなことを言って恥ずかしくないのだろうか?自意識過剰というのかナルシーじゃね?と思う言葉もどうなのだろうか。だが控える侍女も侍従もルカミアに似ている若い男性も感動で目を潤ませている。
え……自分の方がずれているのだろうか?
「言い逃れはできないぞ!侍女だって人なんだぞ!人の命を奪おうとした報いは命で償え!処刑だ処刑!」
先ほども出た侍女という言葉。どうやらブリ娘は王の侍女らしい。派手な格好をしているのは愛人?恋人?だからか。
「私がやったという証拠などありません!」
その言葉にルカミアは床に座り込んだまま顔を青ざめさせながら叫ぶ。
「うるさい!俺はこの目で見たんだ!ルカミア様の為にと叫ぶ男たちにナイフで襲われるブリリアンを!やつらは自害したが、それが何よりの証拠だ!」
いや、それは証拠としては弱いだろう。
「だめよライル!ルカミアは可哀想な人なんだから!あなたの愛もお兄様の愛も私に奪われて寂しかったのよ!人に愛されないのは悲しいものよ。でも……でも…………人の命を軽んじることは許されないわ。罰は必要…。愛しいあなたとの婚約破棄で十分よ!あなたを愛する彼女にとって私とあなたが結ばれるところを見るのは何よりも辛い罰になるはずだもの」
ん?なんか色々と事実確認したいことがてんこ盛りだが、このまま話を進めてしまうのだろうか?それにしてもこんなに臭いことばかり言って恥ずかしくないのだろうか。
「王よ。我が妹がやったことは許されざる大罪。ですが我がルー家の名誉がこんな女の為に汚されるのは口惜しゅうございます。この件で罰を与えるのはご容赦願えませんか?」
は?何を言っているんだ兄君よ。ご容赦って暗殺未遂ですよ?いや、まずは本当に妹君がやらかしたかを明らかにすべきでは?
「ルー公爵令息、お前が頭を下げる必要はない。悪いのはそこの悪女だ。しかし、こんな女でもお前の妹。それに彼女が様々な悪事に手を染めたのも私の魅力が溢れるものだったから……致し方ない。それにしてもブリリアン、君はなんて美しい心の持ち主で、頭が良いんだ。そうだな。死など一瞬。婚約破棄、そして私たちの幸せな姿を見ること…それが彼女への罰にふさわしい」
え?
まじで言ってるの?それでいいの?ていうか、この国罪人の調査しないの?証言だけで裏付けないし、書類の一つも出てきてないんだけど。裁判しないの?たくさん冤罪生んでない?
いや、とりあえず法律上の罰は与えられないようだから問題ないのか?
「ルカミア。ブリリアンや兄君の優しさに感謝するんだな。婚約破棄だけで勘弁してやろう。本当だったら極刑ものだということを忘れるなよ」
下を向き俯いたまま何も言う様子がないルカミアに満足したのか、ライルの視線がアリーシャに向かう。
「おお、聖女様……!このようなお見苦しい場面をお見せして申し訳ございません。ご安心ください!ルカミアとの結婚式は中止となりますが、ブリリアンとの結婚式の立ち会いをお願いしますので無駄足にはなりませんので!」
は?こいつは何を言っているのか。
相手が変わりますぅ、だけどこのまま予定通りお願いしますぅってなめとんのか、である。神官庁とて王と公爵令嬢との結婚式ということで聖女が向かうことを許可したのだ。
それがお相手が男爵家出身の侍女、しかもなんか略奪の上での婚姻、それを聖女が祝福など本来あり得ない。許可が出るわけがない。
だが、一応相手は一国の王。それに、男爵令嬢相手だとどうしてダメなのか?身分差別かとか言われる恐れもあり無理とも言えない。というか、もう来ちゃったし。ちらりとお付の神官たちを見ると軽く頷かれた。
神官や聖女は耳に通信具をつけている。こっそりと上の者に確認し許可が出たよう。
まじか、許可出ちゃったよ。
嫌なんですけど。
帰りたいんですけど。
用は済んだとばかりにブリリアンの肩に手を置き、扉に向かい足を踏み出すライルに声がかけられる。
「あ、あの…………陛下、穢れのことを……」
ルカミアから信じられない単語が出た。
――穢れ?
「穢れが発生して『ドカッ!』」
アリーシャは言葉を止めた。
「今言おうとしたところだ!王の言葉を邪魔するとは何様だ貴様は!」
ライルが座り込んでいたルカミアを蹴り飛ばしたからだ。しかも、顔を。口の端が切れ、頬も腫れている。いや、絶対に忘れてただろう。普通に部屋の外に出ようとしていたではないか。
「アリーシャ聖女、今我が国に穢れが発生しておりますのでついでに穢れ祓いもよろしくお願いしますね。ルカミア、私達は忙しいから暇なお前があとはやっておけよ」
はい、と小さな返事があった後、部屋を出ていく王たち。
アリーシャは思わず固まってしまった。なんなのだ、あれは。穢れ祓いをついで?何よりも真っ先に伝えるべきことであり、しっかりと依頼するべきことであるはず。それに断罪した相手に国の危機を任せるなど、正気なのだろうか。
今も穢れに怯える民がいるというのに、自分のことばかりとは……怒りで手が震える。
「アリーシャ様。突然で申し訳有りませんが穢れ祓いをお願い……あ、そのような勿体ないですわ」
ルカミアに声をかけられ、はっと我に返ったアリーシャは膝をつくとその腫れ上がった頬に手を当てる。が、その手をふわりと包みこまれた。
「これから穢れ祓いをされるのに、力を使っては勿体ないですわ」
「これも聖女の仕事の一つですからお気になさらず」
聖女は穢れ祓いだけでなく、治癒魔法も使える。穢れは頻繁に発生するわけではないので、診療所や貴族家に怪我の治療をしに行くことの方が多いくらいだ。
「それに、私きれいなものが好きなんです」
そう言って再び頬に手を当てるアリーシャ。
ルカミアは目をパチクリさせた後、照れくさそうに微笑みながらありがとうございますと言葉を紡いだ。
アリーシャの手が離れたその顔は傷一つなく美しかった。