2.真実を知るは幸か不幸か
リンゴーン……!
リンゴーン……!
リンゴーン……!
晴れ渡る空の下、祝福の鐘の音が何度も響き渡る。本日はとある教会で聖女と神官の結婚式が行われていた。
「結婚おめでとう!」
「お幸せに!」
「聖女様を泣かせたら承知しないからな!」
「美人妻……羨ましいぞ~~~!」
無事結婚の誓いを立て夫婦となった二人と列席者は教会の外に出た。厳粛な雰囲気から解放された列席者たちは鐘の音に負けぬ歓声を上げながら祝福の言葉とやっかみの言葉を紡ぐ。
飲み物や食べ物が今回のために用意されたテーブルに並ぶ。
ある者は新郎新婦に声を掛け、
ある者は友人と談笑している。
がやがやと賑やかな場。
「ジャック~~~なあに見てるのかなぁ?」
神官の証である白いローブを着た一人の男性がおちゃらけた様子で同じローブを着た黒眼黒髪の青年に声を掛ける。
「…………………………聖女様たちだよ」
ジャックと呼ばれた男性は長い沈黙の後にぼそりと答えた。男性の平均身長に可も不可もない平凡な顔立ちのジャック。その頬はわずかに赤らんでいる。
「素直でよろしい!」
男性――燃えるような赤髪と瞳を持つザイルはそう言いながらジャックの肩を抱く。
この世に決して数は多くないが聖女は複数人存在する。というのも穢れを祓える人間を聖女と呼ぶからだ。
今日結婚したのは聖女ということでお仲間の聖女達が参列していた。彼女たちは穢れを祓う清らかな力を保有しているからなのか皆儚げで神秘的な美貌を持っていた。
彼女たちに視線を向けるのはジャックだけではなかった。数多くの男性がチラチラと盗み見したり、ぼーと呆けたように見惚れている。ガン見している強者もいる。
「ま、お前だけじゃないけどな。なんてったって今日はあの御三方がいらっしゃるしな」
ザイルが見る先、いや多くの男性の視線の先にいるのは白いローブを着る3人の美女。
その見た目の美しさと抜きん出た能力により三聖女と言われる3人の聖女がそこにいた。ちなみに皆18歳。
「いやーやっぱり美人だよなぁ。聖女様たちって皆こう清らかで儚げで守ってあげたいって感じがするけど、あの3人を守るためなら自分の命なんてとうでもいいって気持ちになるよなぁ」
ジャックは無言で頷く。
「あー!お近づきになりたい!三聖女様達がプライベートで聖女村から出てくるなんて珍しいし!更にこんなに近い距離で、仕事以外でお会いできるなんてこの先暫くは絶対にないよな!?」
くそー!と髪の毛を自らの手で掻き乱しながら、絶叫するザイルにジャックは呟く。
「そんなにお近づきになりたいなら声をかければいいじゃないか」
「チキンハートの俺にそんな事ができるわけないだろう!」
とっても情けないことを大声で宣うザイルに周囲の視線が集まる。すみませんすみませんと頭を下げると再びガバリとジャックの肩に手を回し彼の耳元でヒソヒソ話し始める。
「お前はできるのか!?あの神々しささえ感じる美貌に身に纏う澄み渡った空気、あんなに儚げなのに人々を救う聖女様……!?俺なんかが……俺なんかが……声をかけたら汚れちゃうだろうが!」
別に声をかけたからといって彼女たちの何かが変わるわけではないと思うが。でも彼の言い分はよくわかる。清らか過ぎて近づけない。いや、近づいてはならない気持ちになるのはジャックも一緒だ。
聖女は世の人々に敬われる存在だが、特に神官にとって彼女たちは至高の存在といえる。
そもそも2人とて神官であるので仕事の時に3人を見かけたことはある。が、ペーペーの彼らは直接関わることはないので話をしたことなど一度もない。
彼女たちが神官の宿舎やその近辺に住んでいれば話は違うかもしれない。しかし聖女村という聖女と許可された人のみが出入りできる村に住んでいる彼女たち。今を逃せば彼女たちと話をする機会に恵まれるのは何年先だろうか。きっとそのときは多くの毛根が壊死していると思われるくらい先は長い。
そんな自分の姿を想像してしまったザイルはきっとジャックを睨みつけ、妬ましげな視線を向ける。
「おい!口元がニヤニヤと締まりがないぞ!お前はいいよな。だって「今日は来てくれてありがとう」」
ザイルの言葉を遮るように声をかけてきたのは結婚式の主役のうちの一人、新郎だった。その後ろには花嫁ではなく神官の格好をした男が1人立っていた。
「「ロビン先輩、ロメロ先輩」」
新郎がロビン、もう一人がロメロだ。ロビンは長身でクリーム色の髪の毛と瞳を持つ爽やかイケメン。ロメロも同じく高身長で焦茶の髪の毛と瞳を有するワイルドイケメンさんである。
「おめでとうございますロビン先輩!幸せそうで俺は嬉しいです!でも、でも、でも!羨ましいっすーーーーーーー!」
絶叫するザイルに再び注がれる痛い視線。
「あ、ありがとうザイル。でもそんなに羨ましいか?」
「声が大きいぞザイル。大丈夫だ、お前にだっていい人が現れるさ」
先輩2人の言葉にザイルはブルブルと身体を震わせて叫んだ。
「お二人共奥様が聖女様だからそんなふうに言えるんですよぉぉぉぉぉ!」
ロメロは3年前に聖女を娶っていた。
「羨ましいに決まってますー!!!先輩たちの奥様は清楚で儚げな美人で優しくて料理が上手くて、お金までガッポガッポ稼いでパーフェクトじゃないですかあ!!!」
先輩2人はなんと返して良いか困り顔だ。
「こらザイル!先輩に失礼だぞ」
先輩たちの代わりといわんばかりに口を挟んだジャックにビシリと指を突きつけるザイル。
「ジャック!聖女村支部に異動が決まったからって調子に乗るなよっ!?そこに所属しているロビン先輩もロメロ先輩も聖女様と結ばれたから自分もきっと……とか思ってるんだろ!?」
神官は神官庁という組織に属する。本部以外にもたくさんの支部が存在し、どこで働くかは上次第。
「な、ばっ、そんなこと思ってない!」
「はあ~ん?じゃあなんでさっきから口元がニヤついてい・る・の・か・なぁ?」
ジャックの口元は先程からニヤついていた。
「こ、これは尊敬する聖女様のお役に立てるのが嬉しくて……!」
聖女村支部の役割は主に聖女のお世話や手伝いである。
「そんなお下品な笑みが嬉しい気持ちのわけないだろっ!先輩たちが聖女様と結婚できたからって自分もとか夢見てるんじゃねぇぞ~!先輩たちはイケメンだから結婚できたんだからなぁぁぁぁぁ!」
腕で目元を覆いながら走り去っていくザイル。彼の去った後の地面には涙の跡が……。
「ザイル、こら待て!すみません先輩方失礼します!あ!ロビン先輩この度は本当におめでとうございます!」
そう言ってザイルの後を追って去っていくジャックをじっと見つめる2人。
「ははは、あれは期待してるね」
「そうだ、な」
二人は顔を見合わせ呟いた。
「ザイルのように現実を知らぬままの方が幸せか……」
「現実を知った方が幸せなのか……」
はあ……と同時に息を吐くと同時に
「「「おめでとう」」」
と言う3つの美声。さぁ……と清らかな空気と爽やかな香りが漂う。周囲の者はその様に感嘆の息を吐く――というのに2人は冷や汗をかいていた。
「あ、ありがとうございます。聖女様方」
ざ、と3人の視線がロビンからロメロに移る。
「ロメロ。先輩はもちろんお元気よね?」
「妊娠されたんだってぇ?」
「もちろん…………ふふふ」
「は、はいぃ!妻は元気です!もちろん妻が辛い時は自分が家事も全てきちんとやっております!」
その返事に3人はふわりと白百合が咲き誇らんばかりに可憐に微笑む。周囲の者はぽやーんと頬を赤らめる。
「「「で」」」
周囲には聞こえない程の小さい声で紡がれた言葉にぎくぅと身体が強張る二人。
「「「現実が……なんですって?」」」
「「な、なんでもないですぅっっ…………!」」
その返事に再び美しき微笑みが浮かぶ。
男も女もその笑みに心が洗われるような気がした。
しかし、
二人の神官はその笑みに邪悪なものを感じた。
去っていく3人。
『余計なことはお口にチャック』
『愉しみが減っちゃうじゃん』
『ふふふふふ……』
去り際に聞こえた言葉に二人は背筋に悪寒が走るのを感じた。