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7.影の矛先


王都の夜は、静かに冷えていた。


月明かりが濃い雲の切れ間から垣間見え、屋根瓦に淡く反射している。


ノクスはアルセインの司令室――いや、地下の個室に一人でいた。


扉の外に控える者はおらず、灯りも最小限。


机の上には、今夜手に入れた書類と痕跡の記録、そして一冊の古びた帳簿。


それは、十数年前に処分されたはずの“前王政時代”の記録だった。


「……やはり、王家の中枢にいた連中が動いているのか」


かつて、自分の“家”が滅びたときの記録と、いま手に入れた断片的な証拠。


それらの“線”が、静かに交わろうとしていた。


ノクスは舌打ちする。


「過去は必要ないと言っただろ、俺」


声に苛立ちが混じる。


だが、その指は記録の綴じ目に自然と触れていた。


そのとき、ノックもなく扉が開いた。


「無礼な真似は百も承知です。ですが、どうしても気になりまして」


レネが静かに姿を見せた。


「……気配は消して来いと、いつも言ってるはずだ」


「申し訳ありません。ですが、今宵は少々事情が違います」


ノクスは表情を変えぬまま、机にあった一枚の報告書を押しやる。


「これか」


「ええ。“開発局”の背後にある資金元の一つ、“廃王派”の残党名義の口座でした」


「やはり動いていたか」


ノクスは目を伏せた。


それは“かつての王”を信奉していた一部貴族たちの末裔。 表の歴史には残らずとも、影として政に干渉し続けてきた連中だった。


「面倒なことになる」


「……彼らは、貴方を探しているのでは?」


その言葉に、ノクスの目がわずかに揺れた。


「知っていたのか」


「ええ。ですが、私が知っているのと同じように、レジーナも、マチルダも、誰も何も言いません。貴方が言わぬ限り」


「ありがたいことだな」


ノクスは短く笑う。 だが、その笑みはどこまでも空虚だった。


「“王家の残光”など、今さら名乗る気はない。俺は“ノクス”だ。影に生き、影を喰らう者」


「その影が、王都を呑み込もうとしています」


レネの言葉に、ノクスは視線を戻した。


「――だからこそ、斬る。王家でも、貴族でも、誰であっても」


彼の声には、決して揺るがぬ覚悟が宿っていた。



---


一方、王宮の塔にて。


リュシアは帳面を閉じ、そっと窓辺に歩み寄った。


外には、同じ月が昇っている。


「わたくしには、何ができるのでしょう」


誰に問いかけるでもなく、ただ空に向かって呟いた。


その背中に、リゼットが静かに近づく。


「姫様には、“光”があります」


「それは、“王族”であるがゆえに手に入れた“檻”でもあります」


「けれど、その光は……“選んで”照らすこともできます」


リュシアは一瞬だけ瞼を閉じ、そしてふっと微笑んだ。


「ならば、わたくしが選びましょう。誰に光を向け、誰と共に歩むのか」


「……はい」


影が満ちる王都の下で。 光と影は、まだ交わることなく、ただ近づいていく――。


アルセインの作戦室では、今夜も淡い魔導灯の光が地図を照らしていた。


ノクスはその中央に立ち、黙然と報告を読み込んでいた。


「“セグラの残党”がヴァルク家と接触を持ったのは半月前。だが、資金の流れをたどれば、もっと前から準備されていた」


レネの声が静かに響く。


「目的は?」


「一つではありません。政争の一端、利権の確保、そして――貴族間の“血統整理”」


その言葉に、ガロが険しい目を向けた。


「つまり、“邪魔な血筋”を排除する動きが始まってるってことか」


「それも、表ではなく影で」


ノクスは何も言わず、指で地図の一点をなぞる。


「ここだ。王都南西、エンデル街。ここに新たな資金拠点が形成されている」


「警備は?」


「公的なものはない。だが、私設の兵が五十名。傭兵上がりの精鋭が数名混ざっている」


ガロが肩を鳴らす。


「お手並み拝見ってとこだな」


「直接の突入は避けろ。あくまで内部の構造と帳簿だけ手に入れろ。あとは“声”を漏らさせればいい」


「囮はどうします?」


リゼットが問いかける。


ノクスは視線を巡らせた。


「……リュシア姫に“表の交渉”を依頼する」


レネが眉をひそめる。


「よろしいのですか? まだ“繋がり”が知られていない今のうちが、我々の最大の利点かと」


「だからこそ、“王家の後ろ盾などない”と見せるためにも、交渉の場には姫を出す。向こうが警戒を解けば、それが一番の隙になる」


誰もが一瞬、言葉を失った。


ノクスの読みは、常に冷酷なほど合理的だった。


「任せます」


「それでいい」


リゼットとガロが同時に頷き、会議は終わった。



---


その翌朝。


王宮の一角、政務室。


「わたくしに……囮を?」


リュシアは静かに眉をひそめた。


リゼットは一歩も引かず、姫に向かって告げる。


「ですが、それは“姫様にしか果たせぬ役割”です」


「ええ、分かっています。ノクスが、何を見ているのかも」


リュシアは窓辺に立ち、そっと空を見上げた。


「今こそ、わたくしが“王族”であることを使うべき時なのかもしれません」


「お一人では動かせません。随行に数名、私の部下をつけます」


「それでは、“影”にはなりませんわ」


「……それでも、“命”を守ることが先です」


リュシアはしばし沈黙し、やがて微笑んだ。


「では、条件があります。わたくしが無事であったなら、ノクスに一つ、問いかけを許してほしい」


リゼットは一瞬目を見開いたが、すぐに頷いた。


「承知しました」


王都の影が、少しずつ輪郭を現していく。


そしてその中心には、かつて隠された“真実”が、ゆっくりと目を覚まし始めていた。






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