もちぷよ
節約したいのならコンビニに入らない。
まずは小さな出費を抑えるところから始めよう。
と、webやSNSの生活術でよく目にする。
確かにコンビニの出費を年単位で考えたら大きな金額になるだろう。
でも、佐和子にとってコンビニスイーツは癒しだ。
たった数百円で高品質なお菓子を食べられるお手軽さがいい。
とくに夏場は溶けやすいアイスや生クリーム系のお菓子をベストコンディションでいつでも買えることは、もっと感謝したほうがいいと思っている。佐和子は夏生まれで小さなころは帰り道で悪くなるからダメだとケーキを買ってもらえなかったので余計にそう感じるのだ。大人になってそれは嘘だったと知ったが、それでも暑い時に傷みやすいお菓子が食べられるのは凄いことだと思っていた。
佐和子のお気に入りのコンビニスイーツは「もちぷよ」というクリームがはいったお菓子だ。最初は「もちぷよ」という可愛らしくて不思議な名前にひかれて手をだしたが一口食べてファンになった。
もちもちした柔らかいシュークリームのような洋風の饅頭のような不思議なお菓子で、使われているクリームは北海道産生クリームということもあってか濃厚でミルキーだ。
佐和子は「北海道産」という言葉に弱いけどそれを抜きにしても味が濃い。
しかも安い。
罪悪感なく気軽に手をだしてしまえるのだ。これと缶コーヒーを一緒にあわせるのがお決まりだった。
買うのは一度に一個だけと決めていた。
小さいから食べようと思えば二つでも三つでも食べられるだろう。
しかし、気軽と言ってもそのようにポンポン食べるのは「もちぷよ」にたいして失礼だと思っていた。缶コーヒーと「もちぷよ」を一個、佐和子は自分に課したそのルールを守ってきた。
ただ、今日は保冷ケースの前で悩んでいた。
「お前からはさ。やる気が見えてこないんだよ。」
「はい。」
「その返事もさ。義務的なのがまるわかりなんだよね。」
今日も叱責があった。
いつもと違い上司は怒鳴らなかった。
「お前はさ。真面目だと思う。バイト時代からミスは多いけど自分で足りないと思ったところはちゃんと直してくるし、こっちが提示したものを作ろうとする気持ちはある。でもさ、これからはそれじゃいけないんだよ。」
佐和子の上司は声が大きくて昔堅気な人だった。
でも、ちゃんとした人だった。
仕事はみて覚えるもの、失敗して覚えるものという考え方は佐和子には馴染めなかったが、育てようとしてくれているのは分かっていた。
「お前は何も言わないな。」
「すみません。」
「もういいよ。」
赤い火よりも青い火のほうが温度が高い。
怒鳴られるよりも怒鳴られなかったほうが、自分の不出来さを実感させた。
帰り道、佐和子はコンビニで「もちぷよ」を手に取った。
でも、上司の言葉を考えると「もちぷよ」を買うことはできなかった。
この数百円のお菓子が販売されるまで、沢山の人が試行錯誤を重ねてきたのだろう。佐和子よりも高い能力を持った人たちでも涙がでるほど辛いこともあったと思う。そんなお菓子をただの心の慰めに食べることは躊躇われた。
だから、佐和子は買えなかった。
帰り道をいつもより遠回りしてみた。
公園の中を突っ切ってみたり、わざと路地にはいってみたりした。
歩きながら考えた。
私はどうすればいいのか。
上司の言葉の通り、佐和子には向上心や野心といった成り上がってやろうという気持ちがなかった。仕事は家賃や生活費が稼げれば何でもよかった。趣味の読書も図書館に行けば無料で読めるし、食事だって高級なものは堅苦しくてかえって苦手だった。
唯一、お金がかかるのは旅行だった。たまにフラッと遠くに行きたくなる時がある。そんなときのために安定した収入は欲しかった。
派手な暮らしや贅沢は望まない。
でも、道楽じみた趣味がある。
佐和子も今のままではいけないというのは分かっていた。
でも、変わるのは怖かった。
自分と向き合うのは怖かった。
佐和子は夕飯を食べずに寝た。