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メンチカツ定食

 佐和子にとって、上野は馴染み深い場所だった。

 上野駅の公園口を出れば正面に動物園があり、右手に美術館もあり、美術館の隣には博物館が二つもある。アメ横の露店を冷やかすのも、中華を食べるのも楽しみの一つだ。また健脚な佐和子は秋葉原や浅草まで歩くこともあった。

 

 本日のお目当ては「エマーユ」だった。

 「エマーユ」はフランス語のémailのカタカナ表記で、日本語で七宝焼きのことを指す。金属の板に硝子の粉末をつけた焼き物だ。艶々していてまるで宝石のように美しい。


 企画展の西洋美術にも心が惹かれたがチケット代が高い。それに常設展示にも聖母マリアからブラックまで公開されていることを考えると今回は見送ろうと思った。


 常設展示では小部屋のようなところで時々特別な展示をする。

 以前みた版画は佐和子が子どもの時に好きだった冒険物語のものがあって、期間中に何度も通っていた。そう、佐和子はパスポート保持者なのである。ちなみに近隣の動物園と博物館もあわせて購入している。


 そういうこともあって佐和子は月に4度は上野へ行く。

 だから、食事処もそこそこ詳しくなった。


 小腹が空いているときは動物園の入り口横のお店でおでんや焼きそばといった軽食を。がっつりしたものが食べたいときはアメ横のお店で。


 今日はガッツリ食べたい日だった。

 だから、佐和子は美術館に行く前に定食屋さんへ行った。


 時刻は11時。

 休日ということもあって人は多いがお店に並ぶほどの時間帯ではない。

 馴染みの定食屋さんでもすぐにカウンターに通された。


 お絞りで手をぬぐい。壁に貼られたメニューを一つ一つみていく。初めて来たときに比べるとどのメニューも百円以上は値上がりしている。もともとボリュームのわりに安いお店だったから文句はない。むしろようやく妥当といえるぐらいになって安心した。

 物価高の影響は高架下の小さな定食屋さんにも及んでいるのだと思うと、なぜか大事のように感じた。スーパーの値段よりも危機感を覚えるのはどうしてだろう。そんなことを考えながら佐和子はお気に入りを注文した。


 「すみません。メンチカツ定食、ご飯大盛り、トッピングにハンバーグで。」

 「はいよ。」

 隣に座っているおじさんが驚いた顔で佐和子をみた。

 ここの料理はどれも量が多い。

 男性でも細い人だと残すことも珍しくないくらい。

 それなのに大盛りご飯に追加でハンバーグを頼む佐和子はかなりの猛者に見えただろう。


 このお店を教えてくれた人はいつもチャーシュー定食を頼んでいた。

 人気メニューのそれは昼すぎには売り切れていることが多かったので、美術館や動物園などに行く前に食事をすることが暗黙の了解のようになっていた。


 その人は地元のほうで就職したらしく、卒業式の一週間前にアパートを引き払っていた。佐和子も手伝いに行き、お下がりに扇風機をもらった。

 元気にしているだろうかと思いを馳せていると揚げたてのメンチカツが運ばれてきた。

 山盛りのキャベツと大きなメンチカツが二つ、トマトソースのハンバーグが一つ、そして漫画のように山盛りにされた白いごはん。


 割り箸をとって「いただきます。」と手をあわせると、ソースをたっぷりかけて頬張った。熱かった。でもゴロッとした玉ねぎとひき肉が美味しかった。ハフハフしながらご飯も下品にならないように食べる。


 安心する味だった。

 無言で食べているとあっという間にメンチカツが一個消えた。


 次に佐和子はハンバーグに標的を変えた。

 箸で割ると中から透明な肉汁が流れてトマトソースと混じる。ご飯にバウンドさせて口の中にいれた。そしてすかさず白いご飯。ケチャップの甘めのソースは子どもも好きそうな味だが、大人だって好きだ。ハンバーグもすぐに食べ終わった。


 佐和子は残ったメンチカツにマヨネーズをかけた。油で揚げてあるものにさらに油をかける。マヨネーズのツンとした酸味と滑らかさがただでさえ美味しいメンチカツをさらに高次元のものに昇華させた。


 よく考えればハンバーグもメンチカツも中身は似たようなものである。

 違いは焼くか揚げるかだけ。

 どちらもジューシーで美味しかった。


 佐和子は膨れたお腹を撫でると、勘定をしてさっさと美術館にむかった。この定食屋さんは混むのだ。すぐに席を空けたほうがいい。それに美しいものを眺めながら美味しいものの余韻にひたることほど贅沢なことはないと思っていた。


 お店の外は晴れていた。

 なんていい休日だろう。


 佐和子はウキウキしながら美術館へ向かった

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