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08 パイナップルフレーバー・ジェリービーンズ 


 志騎は、朔良と瞳花を連れて中庭に戻ってきた。


 安心させてあげて下さいと瞳花が言った。

 朔良にとって『安心』とは何だろう。

 幼いころから視なくてもいいような映像ばかりを視てきた彼女にとって、心の安寧を保つというのはどういうことなのだろうか。


 だからこそ彼女はその大部分を憶えていないのかもしれない。

 ならば、決して思い出させないことが彼女の幸せなのだろうか。

 それとも……。


 学園に来る前に買ってきたお菓子を少女たちに渡した。

 ジェリービーンズだった。

 朔良は子供のころこれが好きで、綺麗なグラスに飾って眺めつつ大事に食べていた。

「宝石みたいだねー」と幸せそうに言っていたのを思い出す。


 朔良は「わあ」と、目を輝かせ、お礼を言うと、瞳花の手を引いてベンチに収まった。

 袋から好みのフレーバーを寄りだして嬉しそうに頬張っている。

 笑顔が昔のままだった。

 お菓子を食べているときの女の子の愛らしさは格別だ。

 見ている方が幸せになる。


 ふと、朔良は黄色いビーンズをつまみ出した。

 つと立ち上がって、志騎に差し出す。


「これ、きっとパイナップルだと思うよ」


 記憶の端々からこぼれ出すように、こうしたデジャ・ヴュが現れる。

 朔良はどうしてパイナップルを捜して志騎に差し出すのか憶えていないはずだ。


「おまえが自信たっぷりに言うときに限って、レモンかピニャコラータだ」

「だって黄色は難しいのよ。はい。食べてみて」


 手から手へ渡る一粒のジェリービーンズ。

 志騎が好きだったパイナップルフレーバー。

 憶えていないはずなのに、朔良は同じ動作同じ言葉を繰り返す。


 もしかしたら、心と記憶は別なのかもしれない。


 その瞬間、志騎の耳元にナイフが飛んできた。

 それを弾くように、ぱっと衝撃防壁の魔法陣が広がる。

 急に銀色の魔法陣が閃いて、朔良は驚いた。

 瞳花がさっと朔良を背に庇う。


 志騎はナイフを投げたヤツを振り返った。

 見ると体格のいい男たちがぞろぞろと八人、雁首をそろえている。


「この学園では人の後ろからナイフを投げつけるのがしきたりなんですか?」


 志騎は足元に落ちたスローイングナイフを拾い上げて、手の中でくるりと弄んだ。


「妙な技を使うじゃないか、転入生」


 リーダー格の男は高等部の三年生か? 何だか余計な面倒ごとのようだ。


「ただの護身術ですよ。あなたたちは?」


 キンとかすかな違和感が空気を震わせた。

 正三角形の頂点部分に一人ずつ、三人でオーソドックスな結界を張ったようだった。

 この程度だと破るのは簡単だが、中庭での荒事は校舎や寄宿舎から丸見えだ。

 双方にとって都合のいい舞台設定だった。


 しかし。


「その結界、自殺行為だとは思わなかったんですか? 先輩」


 外からの目を防げる代わりに、周りの建物や生徒に被害を与えることなく結界内だけを消滅させることも出来る、ということはあえて口にしなかった。


「こちらの人数を見てから寝言は言え」


 数が絶対の有利ではないとは、誰の言葉だったか。


「あなたたちの目的は?」

「朔良ちゃんから手を引け。彼女を惑わすようなことはやめろ」


 思わず、志騎の目が点になった。

 さっきの海藤亮太(かいとう りょうた)とはずいぶん違った理由だ。

 あまりに新鮮な、しかしどこかで聞いたような台詞に感動すら覚えた。


「驚いたな……。本当に、彼女は学園のアイドルなんだな……」


 あまりに驚いたので、敬語が飛んだ。

 何だか、学芸会の舞台にでも上がったような気がした。

 志騎がまるで動じていないので、男たちは焦れる。


「とぼけたこと、言ってんじゃねーぞ! 朝だって、カッコつけてお姫様抱っこなんて……」


 紋切り型の定型文は常識的に考えて以下略だ。

 相手の言葉を遮る。


「ところで、それは朔良の意志か?」

「よっ、呼び捨てかよ~」


 男たちは「ぐぬぬ」という感じで言葉に詰まった。

 それはそうだろう。抜け駆けしたヤツを吊し上げるという行為は、だいたいが本人の意志とは無関係に行われる。


「朔良ちゃん、こんな外見だけのヤツに惑わされちゃダメだよ」

「クールな瞳花ちゃんまで、なんでこんなヤツといっしょにいるんだよっ!」


「先輩たち、彼は……」


 言いかけた瞳花を志騎は左手で制した。

 そうされたら、瞳花は決して出しゃばらない。


「俺たちの天使が、おまえのようなやつに騙されるのを黙って見ていられるか!」

「至言だ」


 その言葉はあながち的はずれでもない……。


 志騎は、自分が朔良にとって災いにしかならないことを良く知っている。

 しかし、ごめんなさいと引き下がる訳にもいかない。


「怪我はさせたくない。悪いが今日は引いてくれないか?」

「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!」


 腕に覚えのありそうな体育会系の少年が、イライラと叫んで殴りかかってきた。

 瞬間。朔良と瞳花を包むように銀色の魔法陣が広がって、くるりと球になった。

 驚く二人を囲い閉じて銀色の球体が地上ギリギリのところで宙に浮く。

 防壁繭と呼ばれる、防御魔法で作った簡易シェルターだ。

 もし、誰かが魔法を暴発させても怪我をしないように、少女たちを隔離したのである。


 志騎は、殴りかかってきた男の拳を払い、その袖を掴んで軽く引く。

 男は簡単に地面に転がった。

 何が起こったかわからずに、一同に動揺が走る。


「な、何をした?」

「何も」

「ふざけるな!」


「そう。ふざけてなどいない。怪我をさせたくないと言ったはずだ。己の戦力すら把握できないならむやみに手を出すな」


 決して声を荒げるでもない志騎の態度は、一般男子高校生の背筋を凍らせるのに充分な凄みがあった。


「お、おまえ、何者だ?」

「何者でもいい。結界を張ったのは失敗だったな。死にたいヤツから前へ出ろ」


 ニッと笑いながら手の甲を相手に見せるように顔の前にかざす。

 おそらく、彼らが望んでいるだろうキメポーズだ。

 案の定、気圧されて、男たちは微妙に後ずさる。


「ま、待てって。冗談に聞こえな……」

「ふん。寮に帰って覚悟という言葉を辞書で引け」


 かざした手を、男たちに向かって指さすように振り下ろした。

 男たちは、うわぁ、とか言いながら身を屈める。


 なんという間の抜けたキメ台詞だ。志騎は少し自己嫌悪に陥った。


 その瞬間。

 耳をつんざく爆発音が結界で囲まれた中庭に轟いた。


 同時に、たくさんの銀色の魔法陣が閃く。その一つ一つが間抜けな男たちを護っていた。

 皆が耳を押さえてうずくまった。

 中庭にほどよい木陰を作ってくれていた桜の木が根こそぎ吹き飛ばされている。


 結界外からの奇襲だ。

 ちゃちな結界ほど危ういものはないということか。


「その魔方陣は、シールドの効果範囲を可視化している。衝撃に反応するから外側からは触るな」


 銀色の魔法陣に護られている男たちに言い放って、志騎は爆煙の向こう、校舎南棟を振り返った。

 南棟のアーチの下に、一人の男子生徒がたたずんでいた。


 爆撃の第二波が、襲う。

 どん、と空気が震えた。

 熱風が芝生を焼いた。

 銀色の魔法陣が広がる。

 男たちは泣き声を上げて縮こまった。


 男たちが張った結界が、耐えられずに消失した。


「こらぁ! 何やってんの! 校内で攻撃魔法の使用は厳禁のはずでしょ!」


 二階の生徒会室のバルコニーから身を乗り出して、類が大声で怒鳴った。

 手すりを飛び越える。シュタッと膝を折り、綺麗な着地を決めた。


「ちょっと、志騎、私の仕事増やしてばっかだと、いい加減ぶん殴るわよ!」


 とにかく文句を言ってから、志騎の視線の先を辿る。


「って、え? 誰?」


 爆撃をぶちかました男子生徒は、くるりと身を翻してアーチの向こうへ逃げ出した。


「待ちなさい!」


 類は走って追いかける。


 志騎は朔良を振り返った。

 繭は完璧で、朔良と瞳花に怪我はない。

 志騎は、瞳花を見た。

 目が合って、瞳花はうなずいた。

 ふっと、少女たちを包んでいた光る繭が消失する。

 それを確認して、志騎も類のあとを追った。



 中庭は、ちょっとした戦場跡の様相を呈していた。

 志騎に絡んでいた男たちは、まだらに焦げた芝生に転がってひいひい言っている。もちろん怪我をしたわけではない。


「大丈夫?」


 朔良は、地面で半べそをかいている大男の傍らにしゃがみ込んだ。


「朔良ちゃん。朔良ちゃん。朔良ちゃん……」


 大男は泣きながら朔良の手を取る。


「みんな、夢でも見たの?」

「ゆゆゆ夢? 今、ここでどかーんって」

「うん。夢ってね、ときどき凄く怖いんだよ?」


 朔良はにっこりと微笑む。子供の戯言のような台詞だが朔良にとっては恐ろしい実感だ。


「夢? いやまさか。だけど、あれ?」

「うん。夢だよ、きっと。ちょっと芝生焦げちゃってるけど……」


 いや、普通、夢で芝生は焦げないだろう。夢遊病のケがあるヤツが寝ぼけて危険な魔法でも使わない限りは。


 瞳花は、朔良の手を握りしめている男の手を引きはがして、「桜の木はどうしましょうね?」と言った。


「みんなで埋めよう。力貸して? ね?」


 再び、朔良はにっこりと微笑む。


「いや、だけど、朔良ちゃん、あいつマジ危ないよ。死にたいヤツから前へ出ろなんて台詞、普通言えねーって」


 大男は必死に訴える。

 瞳花は興味深そうに首をかしげた。


「彼って、意外と茶目っけがあるんですね」

「そういう問題じゃねーよ……マジ怖えぇって」


「でも、みんなを護ってくれたんでしょう? あのひとは、本気だったらそんなこといわないと思う」


 朔良の台詞を受け、瞳花はうなずく。


「言う前に消し炭になってるでしょうね」

「瞳花」


 朔良はたしなめた。


「ちくしょー。何者だよ、あいつ……」


 大男は地面を殴りつけた。


「あれが何者か知りたかったら、放課後、格技場に行くといい。海馬沢(かいばざわ)立ち会いのもとで、決闘だそうだ」


 朔良が顔色を変えて声の主を仰ぐと、校医の理寛寺(りかんじ)が白衣姿で立っていた。


「先生、どうしてそんな……」

「さあな、色々と敵を作りやすいんだろう。あれはどうしたって目立つ」

「止めなくてもいいんですか? 理寛寺先生」


 瞳花が複雑な表情で言った。


海馬沢紅葉(かいばざわ くれは)が決めたのだろう? あの女も、自分の王国の枠にはまらん存在があることを知る時期じゃないかな」

「先生、実は愉しんでませんか?」


 瞳花が訝しむような目で理寛寺を見る。


「そりゃあそうさ。嵯城志騎の本気、が見られるとは思わんが、それなりに楽しませてくれるだろうからな」


 朔良は心配そうな面持ちで、志騎が類とともに襲撃者を追っていった先を眺望した。



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