35 宿星堕つるその日まで
朔良は目を覚ました。
体が重くて、自分のものじゃないみたいだった。
目の前に志騎が倒れていた。
ひどく顔色が悪い。
外傷よりも存在そのものにダメージを受けた、とでもいうのだろうか。
それはどんな痛みなんだろう。
どんな苦しみなんだろう。
彼はいつもそうだ。
自分の命を盾にして戦い続ける。
まるで、いつ死んでもいいと思っているみたいだ。
だけど彼をそうさせているのは他ならぬ自分なのだと、今は朔良もわかっていた。
「シキ……」
繋いでいた手を両手で握って意識を集中した。
少しでも彼が楽になったらいいと思った。
ここで何があったのか、全部わかっていた。
あの夏の日、母が死なねばならなかったことも、それで彼が背負った重責も、赤い翼を持った魔女のことも、全部理解して受け止めた。
あまりに途方もなくて、もう涙も出なかった。
こんなことを彼はずっと抱えてきたのかと思うと、自分の幼さと不甲斐なさに無性に腹が立った。
なのに彼は母の短剣で裁かれようとした。
あんなふうに、全部背負ってしまうなんて……。
全部背負ったまま独りで逝こうとするなんて……。
起こってしまったことを悔やんでも、失ってしまったものを哀しんでもどうすることもできない。
自分は護ってもらうだけの子供なのだ。
だから彼は全部勝手に決めて、全部一人で背負ってしまう。
昔からずっと変わらない。
思い知って、打ちのめされて……、だけど、嘆いている暇はなかった。
全てを思い出して全てを知った今、それでも彼を愛おしいと思うなら、離れられないと思うならば、覚悟を決めるしかなかった。
強くなりたい。強く強く強く強く……。
強くなって志騎を護りたい。
それが無理なら、少しでも負担を軽くしてあげたい。
自分の存在こそが一番の重荷なのだとわかった上で、なおもそう思う。
あのとき、体の内側からわき上がる恐ろしい衝動に全身を支配されて爆発しそうだったとき「わたしを殺して」とお願いした。
そうしなければありとあらゆるものを破壊してしまいそうだったから。
思わず口をついて出たのが「わたしを殺して」という言葉だった。
だけど、そんなことを志騎に頼むなんて……。
「ごめんね……」
それができなかったから……。
見殺しにすることすらできなかったから代わりに運命を引き受けてくれたのに、直接手を下して欲しいなんて、絶対に言ってはいけなかったのだ。
だから彼はもっと重い宿命を背負うことになってしまった。
魔女の力を全て受け入れるなんて選択をしてしまった。
彼はいつまで彼でいられるのだろう。
いつまで人の心を持っていられるのだろう。
――君が笑ってくれるなら、俺は……。
ねえ、シキ……。
その後は何て言おうと思ったの?
きっと、破滅的な言葉だね……。
決して後戻りできないことを認める言葉だね……。
戻れないのならせめて。
いつか宿星がその頭上に堕ちてくる日まで、わたしは笑っているから。
あなたがくれた笑顔で、あなたに微笑みかけるから……。
愛してる。愛してる、愛してる……。
生まれる前からずっと、あなただけを愛してる……。
シキ……。
あなただけを、愛してる……。




