30 白百合を喰らうジブリール
薬で意識が朦朧としていた。
ここがどこなのか、自分はどうしてしまったのか、なにもわからない。
ただ、酷く体が重かった。
冷たい床の上に横たわっていて、体の上にのしかかった男の体重で身動きが取れないのだ、ということだけはぼんやりわかった。
天上から吊されたシャンデリアの蝋燭の灯りが、ゆらゆらと歪んで見える。
朔良は男に組み敷かれ、抵抗もできずにいた。
「結婚しよう鹿野朔良……。神様が見ていてくれるよ」
実力行使とともにプロポーズの言葉を吐くのは、生徒会副会長の加我聖也だった。
「愛してるよ、朔良」
加我は朔良の首筋に唇を落としてささやいた。
朔良は朦朧としたまま、イヤイヤと首を振る。
ジブリール大聖堂の内部は、たくさんの参拝者が捧げた蝋燭の灯りに照らされた荘厳な空間だった。
中央の祭壇部分の上は、ドームの丸天井まで吹き抜けになっている。
太い柱が林立する祭壇両脇の回廊には古めかしいシャンデリアが飾られ、そこにゆらめく蝋燭が冷たく暗い石造りの教会内部をかろうじて照らしていた。
その祭壇の前で加我は朔良を陵辱していた。
男が唇を離すと朔良の首筋に赤い花が咲いた。
男はそのまま唇を鎖骨に這わせていく。
ブラウスに結んだリボンをほどき、乱暴に胸をはだけさせた。
前を止めていた小さなボタンが弾けて飛ぶ。
淡いピンクの下着と真っ白な胸の膨らみが露わになった。
「あいつとは、もうしたのかな? もし初めてだったら痛くないように優しくしなきゃいけないね」
言いながら胸にいくつもの赤い印を刻む。
どこか偏執的な欲望を感じさせるような執拗さだった。
「い……や……」
――助けて……シキ……。
重くて自由にならない体を朔良は必死でよじった。
掠れた声を喉の奥から絞り出す。
「そんなことを言うのはどの唇かな?」
男は朔良の桃色の唇を乱暴にむさぼった。
固く閉じられた唇を割って侵入し、口腔内を蹂躙する。
「痛っ……」
男は顔を離し、手の甲を口元に持って行った。
かみ切られた唇から血が流れている。
朔良の口元が男の血で染まっていた。
「噛むことないだろう? 可愛い顔して凶暴なんだね……」
パンと、朔良の頬で大きな音が鳴った。
平手で殴られた頬がジンと痺れる。
「君は第五世代? 俺はね、君は第六世代じゃないかと思ってるんだ……ねえ、俺たちの子供が生まれたら、それは世界初の第七世代かもしれないよ? 凄いよね。わくわくするよね。だけど君が悪いんだよ。俺のお嫁さんになるはずなのに、あんなやつと仲良くしてるんだから……」
男はこぶりのナイフを取り出した。
スイッチを弾いて刃を閃かせる。
「こんなもの使いたくなかったのに……動くと綺麗な肌に傷が付くよ?」
震える朔良の胸元にナイフを差し込んで、下着の中央を切った。ピンクの小さな布が弾ける。
――シキ! シキっ……!
ようやく頭がはっきりしてきて、絶望的な状況が飲み込めてきた。
だけどまだ言葉が出ない。
朔良は必死でその名を心の中で呼んだ。
助けて助けて助けて……助けて…………。
ずるずると床を這って少しでも男から離れようとした。
すると、簡単に足首を掴まれて引き戻された。
男のナイフがスカートを裂く。
「動くと怪我をするって言ったじゃないか、手元が狂ったらどうするつもり? それにね、そんなに逃げると優しくできないよ? 痛くしちゃうかもしれないけど、ごめんね」
男は朔良の足首を掴んだまま大きく足を開かせた。
その間に自らの体を差し挟む。
下半身を覆う頼りない下着にナイフを当てた。
全身を硬直させた朔良の大きく見開いた瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
はじめては、彼にあげるのだと当然のように思っていた。
彼はいつも優しくて、だけど抱きしめられた腕が震えているのがわかってもいて……。
強く強く抑制しているのだと感じていた。
だからいつか、彼が求めたときには応えてあげるのだと決めていた。
怖くても、きっと彼なら大丈夫。
だって、そうしたいと思うから。
だけど、もう、護れない……。
――ごめんね、シキ……。
そのとき、胸の奥から狂おしいまでの激情がわき上がった。
嫌だ。
絶対に。
触れられたくない、彼以外の誰にも。
見られたくない、彼以外の誰にも。
朔良の涙で濡れた瞳が赤く光った。
彼女の周りに得体の知れない邪悪な『気』のようなものが集まってきて、聖堂内の空気が変わった。
そしてその刹那。
聖堂のドアが重い音をたててゆっくりと開かれた。
ドアに片手をついた男のシルエットが薄明かりに浮かび上がる。
男の背後で、舞い落ちる牡丹雪が天使の羽を散らしたように舞っていた。




