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29 牡丹雪の舞う宵


 ちらちらと雪が降ってきていた。

 今夜から本格的な雪になるらしい。


 もしかしたら、この雪が全てを終わらせることになるのかもしれない。


 まだ夕方なのに外はもう暗かった。

 冬至に向かってどんどん日が短くなる。


 志騎は中庭に出た。

 少し頭を冷やしたかった。

 左手を眼前にかざしてクッと握ると、冷たい輝きを放つ日本刀が現れた。


 ヒュッと空気を裂いて白刃が一閃する。

 水平に刀を払い、逆袈裟に返して静止した。


 天使の羽のような牡丹雪が空中でスパッと二つに分かれて舞い落ちる。


「綺麗なもんだね。そういうの、舞うって言うんだろうね」


 背後から感心したような類の声がした。


「側に寄るな」


 切っ先が触れなくても怪我をする恐れがある。


「わかってるよ。トレーラーと牡丹雪、斬るのはどっちが難しいの?」


 ススキノ交差点でトレーラーを真っ二つにするところを見ていたのか。

 あのときは触れずに斬った。


「さあ、どっちかな。考えたことはない」


 刀を肩に担いで、志騎は類を振り返った。


「けっこう、テキトーなんだね」


 類は笑った。


 先刻、畔木(くろき)から人事に関する重要な連絡が来た。

 猫屋敷類がペンタグラム・フォースへの転属願いを出したという。

 差し戻せと言うと「とてもうち解けておいでのようでしたので、了承済みかと思いました」などと言われた。


 誰が了承などするものか。


「おまえがここまでバカだとは、正直、呆れ果てている。転属願いは撤回しろ」

「いいじゃん、別に。書類上はクリアしたみたいだし。PPIS(ウチ)の局長にも筋は通したし。最終的にはあんたに任命権があるんでしょ?」


 転属だけならまだいい。

 わざわざ畔木(くろき)が重要というからには相応のおまけがついている。


 それは、先のカムイコタン奪還作戦で戦死した常丸優馬(つねまる ゆうま)大佐の後任人事についてだった。


 猫屋敷類の転属を受理した上で志騎の副官候補を選抜すると、かなり高い確率で彼女が抜擢されるだろうとのことだった。


 陸軍星形戦略作戦師団副司令官。

 未だ半年と勤めた者のいない、死神の棲まう席だ。


「おまえが有能なのは認める。だから、その能力は他で生かせ」

「案外、類ちゃんの評価が高くて、志騎くんも戸惑ってる感じ?」


 類は嬉しそうに笑う。


「気づいてる? あんたさ、ずっと私のことは『君』って呼んでた。畔木(くろき)大佐は『おまえ』……。今、私のこと、なんて呼んでる?」


 そういえば、ごく自然に呼び方を変えたような気がする。

 照れたように志騎はうつむいた。


「細かいこと、気にしてるんだな」

「そりゃあ。乙女だから」


 類はとびきりの笑顔になった。


 その時、血相を変えた瞳花が廊下から走り出てきた。

 いつもクールな瞳花がここまで動揺を顔に出すのは珍しい。


「類、この話はあとだ」

「……の、ようだね」


 類はパッと身を翻し瞳花のもとへ駆け寄った。


 朔良がいないという。

 いっしょに音楽教室の掃除当番をしていたとき、少し前まで話していたのにほんの数分で朔良の姿が消えた。

 電話に出ないので志騎と一緒かとも思ったが、彼が申し送りを怠るわけがないので探しに来た。

 と、瞳花は思い詰めた様子で報告した。


「私は少し聞き込みしてみる」


 類は瞳花を促して走っていった。



 雪が降っている。


 運命という名の陥穽(かんせい)が、地獄の淵から手招きをしているのか。



 ――俺を呼べ、朔良……。



 人生で最悪と思えるほどの嫌な予感がわき上がって胸の奥が痛んだ。

 志騎は胸を押さえて一息つくと、新月を握った手に力を入れた。


 空から天使の羽のような大きな雪が舞い降りていた。

 朔良の視た映像の中で降っていた、牡丹雪だった。



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