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27 切なさと愛しさと覚悟の壁ドン 


 翌日の選択授業の教室移動中に、志騎は呼び止められた。

 伊織が思い詰めた顔で話があると言ってきたのだ。

 内容はだいたい想像がつく。


「おまえ、俺たちのアイドルを……。なんでそんなにあっさり、かっさらって行くんだよ……。俺の朔良ちゃん……」


 少々大げさな芝居がかった様子で伊織は恨み言を言った。


「かっさらうとか、そういうわけでは……」

「じゃあ、なにか? 遊びか? 俺の朔良ちゃんを弄んでるのか?」


 今にも胸ぐらを掴み上げそうな勢いで伊織は詰め寄る。

 すっと、志騎の表情が変わった。

 弄ぶという言葉に素直に反応して瞳に怒気を孕んだことは、伊織も瞬時に察知する。


「や、やるのか?」


 なおのことムカついて伊織は身構えた。

 しかし、志騎は伊織から視線を逸らした。

 廊下の大窓から中庭に視線を落とす。

 中等部の女生徒が調理実習のため中庭を通って移動している最中のようだった。

 お揃いの制服の女の子たちが笑いさざめきながら中庭を渡っていく。


 すぐに朔良をみつけた。

 瞳花といっしょに楽しそうに笑っている。

 芝生に薄く積もった雪で滑って朔良が体勢を崩した。

 瞳花が助けるように朔良の腕を掴む。

 朔良はちょこんと首をすくめた。


 知らず、笑みがこみ上げる。

 なんてことのない平和な日常のひとこまがこんなにも愛おしい。


「おまえ、なんて目で見てんだよ……」


 志騎の視線の先を追って伊織は戸惑ったように言った。


「なあ、伊織。人生でほんの数日だけ、ずっと想ってきた人といっしょにいられるとしたらおまえは、気持ちを抑えられるか?」

「え? ずっとって……?」

「たとえばの話だよ」


「てゆーか、おまえ、どっか行くのか?」

「わからない」

「ちょっと待てよ。無責任なこと言うなよ。朔良ちゃん置いてどっか行くなんて許さないからな!」


 志騎は薄く笑った。


「言ってることがめちゃくちゃだ」

「かもしれないけどっ! 俺は、やっぱり、朔良ちゃんに泣いてほしくないんだよ。俺だってずっと見てきたんだからわかる。朔良ちゃんはおまえのことが好きなんだよ。おまえといっしょにいるとき、マジで幸せそうで、笑顔がめっちゃ、可愛いじゃねーか。あんな顔させてるんだから、責任とれよ。泣かせるようなことしたら、俺がぶっ殺す!」


 いいヤツだった。

 伊織の、抗議しているのか応援しているのかわからない言葉に、不思議と心が温まった。


「責任、か……」


 伊織にぶっ殺されることになるかもしれないな、と思った。


 どん! と壁が鳴った。


 二人の間に割り込むように、壁を叩いた腕が一本。

 類だった。


「はい。決闘なら、あとにして。煮詰まってるところ申し訳ないけど、ちょっと、志騎、借りるわよ」


 類は志騎の腕に自分の腕を絡める。

 強引に廊下を引っ張って歩いた。

 伊織はポカンとして類に連行される志騎を見送る。


「ばかね。なに、まともに取り合ってんのよ」


 腕を組んで引きずるようにずんずん歩きながら類は言った。


「そう言うなよ。伊織は、あれですごく真面目なヤツだよ」


 なぜだかあたふたと、志騎は伊織を擁護する。


「まったく。男ってほんっとバカ。どーせ、あんたのことだから、また、あの子を傷つけるかもとか考えてるんでしょ?」


 廊下の角を曲がって校舎中央の階段ホールに出る。


「普通、考えるだろう?」


 乱暴に類は腕をほどいた。


「くだらない! 女をバカにすんな!」


 今日の類はいつにも増して威勢がいい。


「どんなに傷ついたってさ、好きなものは好きなんだよ。傷つくのが嫌なら、誰もあんたみたいなやつ、好きになんてなんない!」

「ひどい言われ方だな……」


「だって、事実だもの。あのね、私も、あんたが好き。めっちゃくちゃ好き。死んでもいいくらい好き!」

「類……」


 これは告白か?


 志騎は戸惑った。

 言葉の内容とは裏腹にまるで殺しに来てるみたいな勢いだ。

 これでは、どこからどう見ても風紀委員長につるし上げられている間抜けな転入生の図だ。


 しかし類はそんなことにはおかまいなしだ。


「だからわかる。あの子だって、あんたを好きになるってことがどういうことなのか、ちゃんとわかってるよ」

「待てよ、類。いったいどうし……」


「あんたは喋んないで!」

「……はい」


 気圧されて口をつぐむ。


「ずっと昔から、あの子を、愛してるんでしょう? だったら、もういいじゃん。保護することばっか考えてないで、対等な存在として認めなよ。自分の心、自由にしてあげなよ」


「俺は……」


「いいって」


 類は言いかけた志騎を右手で制した。


「私は私のやり方で、あんたに認めさせてみせるから」


 そうして、類は挑むような目で志騎を睨み付けた。



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