表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

23 あまがみ。 


 囁くように唄う声が聴こえる。

 胸に当てられた小さな掌が温かい。


 肋骨が何本か折れていた。

 タオルを当てた応急処置だけで部下が止めるのを振り切って飛び降りた。

 少し、無茶だったかもしれない。

 アイオーンのカーゴドアのところで、乱暴に振り払った少年兵に悪いことをしたと思った。

 あのときは、一刻でも速くここに戻ることしか考えていなかった。


 一刻でも速く……。


 ――朔良に、逢いたかった……。



 目を、開けた。

 窓から光が差し込んでいる。

 東向きの三階。

 光の角度からすると、もう朝と呼べる時間ではない。


「おはよう」


 つまらない分析をしている頭に渇をいれるような可愛い声が頭上から降ってきた。

 声の主を求めて視線を合わせると、甘やかな笑顔が目の前にあった。


 朔良……。

 心臓が止まるかと思った。


 そして、心地よい枕が少女の太股であるということに気づいて、さらにうろたえた。

 あたふたと起きあがろうとする。

 それを少女の小さな手に引き留められた。

 思いの外、強引な力だった。


「あ、もうちょっと、動かないで。治してあげられそう」


 治して……?

 はだけられた胸元に滑り込んでいる少女の手に自分の手を重ねた。


「こ……れは……?」


 驚いた。

 骨折による炎症が引いて、血胸も消え、形成された外仮骨が石灰化している。

 通常なら一ヶ月程度はかかる治癒速度だ。


 無理矢理、もとの体勢に戻された。

 大人しく従ったので、少女はニコニコと微笑む。

 その可愛らしさに似ず、案外、強引なところがあるんだなと志騎は思った。


 少女の表情を見上げた。

 血まみれの軍服姿に違和感も恐怖も感じている様子ではなかった。

 とても落ち着いているようだ。


 あの日のような恐怖に怯えた顔はさせたくなかった。

 だから、朔良の落ち着いた様子には心の底からホッとした。

 これほど余裕のない状態で、よくここへ戻ってきたものだと自嘲気味に思う。

 護るどころか、これでは迷惑をかけているだけだ。


「ごめん。驚いただろう?」


 だが、何も知らない同室の下級生が休む自室に戻るよりはマシだったか。


「ちょっぴり、ね」


 胸に当てられた小さな手が温かい。


「あのね。シキの睫毛長いの。落ちた影が揺れて、見てて飽きないのよ」


 それは、ずっと昔から、俺も同じ事を思ってたよ。


「あれ……。こんな呼び方なれなれしいよね? へんだな……。えっと、志騎先輩?」


 それはやめてくれ……。


「そのままで。名前で呼んで欲しい」

「うん」


 志騎は朔良の膝の上で大きく息をついた。

 痛みはもう、さほど感じない。

 朔良は右手を志騎の胸に当てたまま、左手で額に乱れた髪をそっと撫でつけた。


「ありがとう、朔良。また君に助けられた」

「また?」


 志騎の額で動く指先が止まった。

 その指先を志騎は左手で掴まえる。

 そのまま唇に持って行って細い指にキスをした。


「朔良……。ずっと君に逢いたかった……」


 朔良の体がピクンと震える。

 志騎は朔良の指先を甘く噛んで、動揺する少女の瞳を見上げた。


「ど、ゆ意味?」

「言葉通りの意味だよ。ずっと、こうしていたい……」


 指にかかる吐息が熱い。

 朔良は頬を染めた。


「や。なんか、ドキドキしてきた」


 志騎は、ふっと笑った。


「俺もだ」


 言わなくても胸に手を当てている朔良にはわかっているだろう。


 だが。


 ――朔良……。君が好きだよ……。


 その想いは言葉にはできなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ