22 境界線上の選択
生徒会室では、午前六時のミーティングが行われるはずだった。
だが、役員たちは早朝から配信されているニュース映像に釘付けになっていた。
類が入室すると、モニターに真っ赤な魔法陣が広がっているのが目に入った。
闇に広がる巨大な魔法陣。
それを中心に次々と小さな魔法陣が浮かび上がり、膨れあがっていく。
カムイコタン地方で未明に行われた軍と武装テロ組織『赤のヒマワリ』の戦闘の様子だと、アナウンサーが告げていた。
そして、魔法陣の中心に向かって巨大な爆発が起こる。
空を突き刺すような恐ろしい火柱が上がり、夜空が真っ赤に染まった。
類はその場でモニターを凝視したまま立ちつくした。
背筋が震えて動くことができなかった。
アナウンサーは、淡々とした声で軍がカムイコタンを奪還したと言っていた。
あいつが闘ってたのは、これ……?
震えながら、傷ついた志騎の様子を思い浮かべた。
奪還したと言ったって、この様子では地形が変わっているだろう。
あの爆発の下では生きているものなどいないに違いない。
アナウンサーは続けて、特殊部隊ペンタグラム・フォース副司令官の常丸優馬大佐が戦死したと告げた。
ペンタグラム・フォースの副司令官?
いつかススキノ交差点で会った、日に焼けた人の良さそうな大男が思い出された。
彼があいつの副官?
――志騎……!
胸の奥が重く痛んだ。
ぎゅっと拳を握りしめる。
どんな痛みを抱えて彼はここへ戻ってきたのだろう。
それは、ニュース映像を介して戦場を俯瞰する一般市民たちにはおそらく一生、わかるはずもない。
そっと、生徒会長の紅葉が類の傍らに近づいてきた。
「こんなニュースを見ると、わたくしたちが、どんなに恵まれていて、護られているのかがわかるわね」
類は自分の心を見透かされたようで、少し驚いた。
「はい」
「彼はどうしているのかしら? お悔やみの言葉をかけて差し上げたほうがいいのかしら?」
志騎に副官の死を悼む言葉をかける?
ご愁傷様とでも言うつもりか?
朔良の膝で死んだように眠っている少年の痛々しい姿が脳裏に蘇った。
彼自身の身体状況が回復していないことはともかく、彼はそんな言葉を他人から与えられて喜ぶだろうか?
所詮、外野の自己満足でしかない言葉だけの気遣いなど、彼にとっては煩わしいだけだろう。
「それは必要ないと思います。あいつは多分、自分からこの件には触れないと思いますから」
言いながら、胸の奥がキリキリと痛んだ。
「そうですね。では、どのように接して差し上げたら良いのでしょうね?」
悲しさも苦しさも押し隠し、あえて他人には見せないような相手なら……。
「そのままで。いつもと変わらぬ笑顔で接して差し上げるのが良いのではないかと思います。私もそうしようと思っています」
不思議とそう確信できた。
命を賭して闘う者はその場限りの同情など求めてはいないのだから。
「この魔法陣って、ペンタグラム・フォースの英雄の魔法なのかな?」
副会長の加我聖也が複雑な表情で言った。
先日、自分が狙った相手がその英雄だと気づいているのだろう。
だとしたら、今加我が生きているのは天の僥倖以外のなにものでもないのだと、身にしみているはずだ。
「すっげー……。めちゃくちゃ怖えぇー……」
ついこの間までなら、類も加我といっしょになって英雄のとんでもなさに感嘆していたことだろう。
でも今は……。
その英雄が、武勲の陰で誰よりも傷いていることも、それでも護るべき少女のために傷だらけの体でここまで戻ってきたことも知っている。
この国でいちばんたくさん人を殺したのが英雄だと、あいつは言った。
それはこういうことなのだ。
強大な力でたくさんの人々の命を奪い、そしてまた同胞や部下を失い、自らもボロボロの状態になって倒れても人々からは勘違いの賞賛を受ける。
モニターでは映像が繰り返し流されていた。
夜の闇に赤い魔法陣が閃き恐ろしい火柱が上がる。
美しくも禍々しい魔法陣。
どれだけの人間があの業火の中で死んでいったのだろう。
それは決して安らかな死ではないはずだ。
そしてあいつの副官はどんな最期を迎えたのだろう。
あいつは護りきれなかったのだろうか。
だとしたらどれだけ自分を責めただろう。
あいつはちゃんと泣いただろうか?
あいつは、泣きたいときにちゃんと泣けるんだろうか?
多分。彼は全部抱え込んでなんでもない顔をするのだろう。
独りで傷だらけになるのだろう。
なんだか類のほうが泣きそうだった。
彼は助けを必要とするだろうか?
力になることができるだろうか?
そしてそれは可能だろうか?
もしも……。
もしも寄り添うことが叶うなら、その痛みを少しでも分かち合ってあげたいと、類は思った。




