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01 再会と宿命のクロスロード


 駅前通りを南へ向かってススキノ方面へ歩いた。

 真下に地下のショッピングモールが伸びているのでいつもは地下を歩くのだが、今日は風に吹かれたい気分だった。

 少女はサラサラの銀髪をツインテにして赤いリボンで結い上げている。

 キャミソールとミニスカートの上に羽織ったフワフワのカーデが、少し風を孕んだ。


 もう、風が冷たい。じきに雪が来る。そして半年間、北国は雪に閉ざされるのだ。

 

 鹿能朔良(かの さくら)。十四歳。羊ヶ丘にある中高一貫校、聖エーデルワイス学園中等部二年生である。


 ススキノ交差点に出た。

 東西に走る月寒通(つきさむどおり)と南北に伸びる駅前通が交差している。

 角の雑居ビルの壁一面に広がる髭のオジサンのネオンが、太陽にかすんでいた。


 今日はこのあと学園の先輩、猫屋敷類(ねこやしき るい)といっしょにランチだ。

 彼女が美容院に行っている間、ウインドウショッピングで時間を潰していたのである。


 朔良は、ススキノ交差点を南に渡ろうとして少しためらった。

 歩行者信号が点滅している。

 走ろうかな、と思って断念した。

 ここは道幅がとても広くて、中央分離帯には市電の電停まである。

 信号が点滅を始めてから走ったのでは、全力疾走しなければ間に合わない。


目の前で信号が変わって車列が一斉に動き出した。

 信号待ちをしながら交差点の中央に立つ時計塔を見る。


 もうじき正午だ。


 たっぷり数分待って、歩行者信号が変わる。

 少女は横断歩道を渡りながら、なにげなく通りの西側を眺めた。

 道の向こうにゆらゆらと陽炎がたって、景色が歪んでいる。


「あ……」


 この陽炎は前兆だ。


 横断歩道を中程まで渡って、それ以上足が進まなくなった。

 不意に強烈な違和感に襲われる。

 歩行者信号から流れていた軽快なメロディがやんで雑踏が遠ざかり、まるで周囲を結界に切り取られたような気がした。

 だが、そうではない。


 結界が空間を囲い閉じる、もしくはスライドさせるものならば……、これは空間ではなく、時間がスライドしたのだ。


 何分後か、何日後かはわからないが、多分、そう遠くない未来へ。



 目の前に大型のトレーラーが横倒しになって滑り込んできた。

 もの凄い勢いで眼前に迫るその金属の巨体は、道路を走行中の車を根こそぎなぎ倒し歩道を歩く人々を蹴散らして行く。

 衝突した車が次々と炎上し、周囲のビルに突っ込み、月寒通(つきさむどおり)はあっという間にパニックに陥った。

 多分、たくさんの人々が死んだり怪我をする。



 これは、未来視……?



 だしぬけに、周囲の喧噪が耳に戻った。

 信号から独特のメロディが流れている。

 市電が出発する警笛が鋭く耳に突き刺さった。

 歩行者信号が点滅している。

 渡らなきゃと思ったが、朔良は混乱していて動けなかった。


 あれを視た直後はいつもそうだ。

 現実とのギャップで、思うように動けなくなる。


 意識して手足を動かそうとして焦り始めたとき、不意に誰かに左手を掴まれた。大きな手が朔良の手をすっぽりと包み込んでいる。


 えっ? と思って手を取られた相手を見上げた。

 凄く背が高い。黒いコートを羽織った、すらりとした男の子だった。

 少し長めの髪が風に煽られるのが、ひどくゆっくり見えた。


「信号、もう一回待つの?」


 少年は優しく笑って、立ち往生している朔良の手を引いた。

 朔良はその言葉に我に返る。何か言いたかったけれど言葉が出なくて、体がうまく動かせないまま、ぎくしゃくと少年に従った。


 少年は朔良をエスコートして信号を渡りきる。普通に、若いカップルが手を繋いでいるようだった。

 向こう側の歩道に辿り着くと、朔良の背後をたくさんの車が走り抜けていった。


「ご、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって……」


 ようやく少し落ち着いてきて、朔良は手を引いてくれた少年に頭を下げた。


「うん。大丈夫?」


 低く柔らかい声。


「はい。あの、ありがとうございました」


 少年はじっと朔良を見下ろすと、声を潜めるようにして言った。


「あれは、いつ起こる未来?」

「えっ?」


 朔良は驚いた目を丸く見開いて少年を仰いだ。


「ごめん。今の、視えた」

「うそ……」


 未来視を共有する? そんなことは今まで滅多になかった。あったとすれば、同じような『視る』力を持った人が側にいたときだけ。

 朔良はおそるおそる訊いた。


「あなたも、視えるの?」

「いや。君とシンクロしたんだと思う」


 朔良は胸の鼓動が速くなるのを感じた。

 少年を見上げたまま固まる。


 陽が射し込むと金色に光る少年の瞳の色。これと同じ瞳を、昔、どこかで……。



「シキ……?」



 口が勝手につぶやいていた。それは、名前だろうか?


「憶えているのか?」


 今度は少年のほうが驚いて朔良を見下ろした。


「朔良!」


 交差点の角のビルから猫屋敷類(ねこやしき るい)が走ってきた。赤っぽい髪をショートヘアにした、背の高いモデルスタイルの美少女だった。


「ナンパなら、間に合ってます!」


 類は朔良を背に庇い、少年を見上げて挑むように言い放った。


「わ、背ぇ高っ」


 志騎を見上げて、いっしゅん、類はひるむ。身長が百七十を超える類にとって、ヒールを履いた状態で見上げるような男はそうそういない。


「あ、違うの、類先輩」


 朔良が慌てて類の腕を引っ張った。


「もう、ダメだよ朔良。そりゃ、いい男だけど、きっぱり断らなきゃ」

「だから先輩、違うの。誤解なの……」


 ごちゃごちゃと押し問答する少女たちを見て、少年は言い訳するでもなく、ふわっと微笑んだ。慈しむような笑顔だった。


 信号がもう一度変わって、一人の青年が横断歩道を走ってきた。体格のいい、日に焼けた短髪の青年は、わしわしと頭をかきながら少年に言った。


「まったくもう、街ん中でまで、置いてかないで下さいよ。准将」


 どう見ても年長と思われる青年の敬語と、その口から出たびっくりするような階級。思わず類は、値踏みするように二人の男を見比べる。

 走ってきた男は、やたらと筋肉の目立った大男だ。こっちの線の細い少年とは違って、あからさまに軍人オーラを出している。


 少年は大男にちょっと厳しい視線を向けた。軽々に身分を明かすなと、その目が言っている。

 少年は二人の少女に向き直って口調を改めた。


「失礼いたしました。私は、嵯城志騎(さじょう しき)と申します」


 類はポカンと口を開けた。


嵯城(さじょう)准将? ペンタグラム・フォースの? 若っ?」


 ペンタグラム・フォース、それは陸軍の特殊部隊の名称だ。

 類は軍属なので名前は良く知っている。

 あたふたと敬礼の手を浮かせたが、志騎は左手でそれを制した。街中で目立つのを避けたいのだろう。


 朔良はよくわからない様子で、かすかに首をかしげた。


「私は、PPISの猫屋敷類(ねこやしき るい)です。あの、彼女に何か?」


 PPIS(Public Peace Information Survey)、公安情報調査局だ。

 情報収集としての諜報活動のほか、国家の重要人物の側に配属されるケースも多い。

 類は現在、未来視の能力を持つ鹿野朔良(かの さくら)の護衛を担当している。


「あっ!」


 その時、急に朔良が叫んで、月寒通(つきさむどおり)の西方面を眺望した。

 弾かれたように頭上のツインテが踊る。

 朔良の様子で、すぐに志騎も気づいた。


「朔良を連れて避難しろ」


 志騎は素早く類に命じて、返事も待たずに駆けだした。


 ――朔良? 呼び捨て?


「って、今度は何ですか~」


 大男が慌てて志騎の後に続く。


「朔良、行くよ!」


 類は朔良の手を引いた。

 しかし、朔良は珍しく強く抵抗して、角のビルに向かって類を引っ張った。


「このビル、登るの? 安全なの? 一体どうなってんの?」


 類は質問攻めだ。


「ここは大丈夫。大きなトラックが、横になって突っ込んでくるの。事故がたくさん起こって、たくさん人が怪我をして、あちこちが火事になる。あのひと、どうするつもりかな? わたしだけ逃げていいのかな?」


「それ、未来視だよね? どうして彼が知ってるの?」


 ファッションビルのエスカレータを駆け上がりながら類は訊いた。


「横断歩道で動けなくなってるとこ助けてくれて、事故の映像視えたって言われて、いつ起こるって訊かれて、わたしにもわからなくて、そしたら先輩が……」


 類は、うっと言葉に詰まる。類の早とちりのせいで、わけのわからないままこうなっているというわけだ。


 類は繋いだ朔良の手をきゅっと握りしめた。


「でも、あいつが嵯城志騎(さじょう しき)なら、きっと何とかするよ」


「さじょう……しき?」


「うん。この国をソ連から独立させた、英雄だよ」

「英雄? あのひとが?」

「まさか、あんなに若いとは思わなかったけどね」


 二人はビルの三階のスカイガーデンに出て、眼下の景色を伺った。月寒通に面した北側を臨むと、左手のビルの屋上で大きな観覧車が回っているのが見える。

 類は携帯を取り出し公安本部へ連絡をした。


 未来視の視た未来は変えられない。


 だが、あらかじめ知っていればある程度の対応は可能だ。

 未然に防ぐことは不可能だとしても、被害を軽減することはできるかもしれない。

 多分、そのために彼は事故現場へ走った。



「シキ……? わたし、あのひとに会ったことあるのかな?」



 彼が握った手を反対の手でキュッと握って、朔良はつぶやいた。

 なんだかとても懐かしい感じがした。


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― 新着の感想 ―
未来視、異能系ストーリーですね 未来が見える、それだけでストーリーが色々と展開できるので難しい反面、期待もあります! ブクマ、星付けておきました!
読みやすい! わかりやすい! テンポよくて引き込まれる! 面白いです!( •̣̣̣̣̣̥́_•̣̣̣̣̣̥̀ )♡ 世界観作り込まれてるっぽいのに、説明くさくなくてもわかりやすいなんて、スゴすぎま…
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