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16 幸福な檻の中の少女


 中等部の教室で、朔良は携帯の写真を眺めながら思い出し笑いをしていた。

 なんだか心が温かくて幸せな気分だった。


 嵯城志騎。

 昨日、転入してきたばかりの高等部の男の子。


 ほわん、と頬に熱を感じた。

 昨日は思わず抱きついてしまった。

 いつもは男の子の側にいると緊張して不自然な態度をとってしまうのに、あんなに大胆なことをするなんて自分でも信じられなかった。

 思い返すたびに頬が熱い。

 だけど、彼の側にいるとなぜだかとても安心できた。

 大きな手で優しく頭を撫でられると、気持ちが良すぎてふわっと意識が遠くなる。


 ずっと側にいたい、ような……。


「その写真はなぁに? マイ・ハニー」


 瞳花が後ろから覆い被さるようにして携帯の画面をのぞき込んでいた。


「えっ? あー……。お昼寝?」


 朔良は照れたように笑う。


「お昼寝……。羨まし」


 瞳花は、朔良の椅子に強引に割り込んでくる。

 二人で一つの椅子を共有する格好になった。


「で? どうしてこうなったんでしょう?」


 ぴったりくっついて瞳花は問いつめる。


「どうしてかな? わかんないけど、類先輩を巻き込んじゃったから、ごめんなさいって思って、お唄を唄ったら、頭がぼうっとして……」


 まるでわけがわからない。

 瞳花は大きなため息をついた。


「訊いたわたくしが浅はかでした。あなたの力は理屈じゃありませんよね」

「ごめん」


 朔良は、しゅん、とする。


「そんなおこちゃまでも、ちゃんとほっぺ赤くしてるんだから、ある意味、女は凄いのかも」

「なによう。瞳花だっておこちゃまのくせに」


 ぷん、と朔良は頬を膨らませる。

 その仕草が可愛らしくて、瞳花は笑いながら朔良の頬を指でつっついた。


「彼が好きなのね」


 ぽそっと瞳花は言った。


「だけど、ちゃんと異性として見てます? 彼はお兄ちゃんじゃないですよ。一人の男の子です」

「そんなに、わたし子供っぽい?」

「昨日泣きながら抱きついたのを見て、なんとなく。」


 朔良は机にほおづえをつく。


「類先輩、指輪してた。左手の薬指に。それに、昨日、庭園でキスしてたって噂で聞いたよ」

「えっ? いくらなんでも早すぎでしょう?」

「お似合いだよね」


 朔良は、ぺたん、と机に突っ伏した。


「彼が類先輩のこと好きならそれでもいいの。見てるだけなら、わたしにもできるから」


 朔良はつぶやいて、幸せそうに微笑んだ。


「見てるだけって……」

「それでもいい。あのひとが幸せなら。笑ってくれるなら、それでいいの」

「朔良……」


 それって、既に愛ですよ……。


 瞳花は言いかけた言葉を呑みこんだ。

 幼くて、可愛らしくて、お人形さんみたいな朔良が、初めて口にした異性への想い。

 それはただひたすらに相手の幸せを願うものだった。

 それが愛でなくてなんだというのだろう?


 そして瞳花は知っている。

 志騎は朔良を護りに来たのだということを。

 彼は本来、そういう任務につくような人材ではないということも。


 朔良に危機が迫ったから護りに来た。

 彼女が彼にとって大切な存在であるからこそ、ここに来たのだ。

 他の誰にも割り込むことのできない絆がそこにある。

 朔良はどうもその辺がわかっていないようだ。


「ねえ? 朔良。昔、好きだったお兄ちゃんって、たまに言いますよね?」

「ああ、好きな人のお話ね?」

「その人のこと教えてくれます?」


「あんまりおぼえてなくて。わたしが泣いてると、いつも頭を撫でてくれた……かなぁ?」

「それが初恋?」

「どうかな? だって六つか七つの頃だったと思うし」


 多分、それが彼なのだろう。

 彼をシキと呼んだのも遠い記憶の欠片なのだ。

 その記憶を自ら囲い閉じ、触れずに仕舞い込んでいるのはよほどのことがあったからに違いない。


 もちろん、彼はわかっているから何も言わない。

 でも、はじめまして、と挨拶した彼の気持ちはどんなだったろう。

 覚えているほうと覚えていないほう、辛いのはわかりきっている。


「彼に笑ってほしいって思うなら、あなたはその幸せな檻から出なきゃいけないと思います」

「幸せな檻?」


 朔良は、けげんな顔で瞳花を見る。


「あなたはもう、泣いてるだけの小さな女の子じゃないんだから」


 瞳花の言葉は、不思議にストンと朔良の心に落ちた。


 そうだ。泣いているだけの小さな女の子はもういない。

 きちんと(こうべ)を上げて、自分の目で見て考えて、成すべきことを成せばいい。

 進むべき道を決めればいい。


 そうしたら、少しだけ、彼を安心させてあげられるかもしれないから。


「でもねでもね、瞳花」


 クスクスっと朔良は悪戯っぽく笑う。

 携帯の写真を拡大した。


「あのひと、寝顔が子供っぽいよね」


 じっと写真をのぞき込んで、瞳花も笑った。


 そんなふうに少女たちが微笑みあっているころ、大聖堂裏のヘリポートから、一機のアイオーン型輸送機が飛び立った。

 AIー124。最大ペイロード百五十トン。

 ステルス性能を備えた、空挺部隊八十八人分の座席をセットできる機体だ。

 それは、志騎を乗せた、カムイコタンへ向かうVTOLだった。



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