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【5400PV感謝!】夢魔のセプテット~雪と英雄と未来視の死体~  作者: 東條零


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14 ひだまりに微睡む仔猫たち


 どんより。


 類は、二日酔いのサラリーマンのような顔をして教室にやってきた。

 いつも元気印百二十パーセントの風紀委員長にしては、あまりにらしくない様子だった。


「おはよう。どうした? 類。冴えない顔して」


 志騎がにこやかに声をかける。

 類はじろりと志騎を一瞥した。


「どーせ、私の顔は冴えませんよ」

「おいおい」

「誰かさんのせいで、美貌が台無しよ」


 志騎の横をすり抜けて窓際の席に向かう。

 その足取りが少しおぼつかなかった。


「おい、大丈夫か? 俺が何したって……」

「う」


 類の手から鞄が落ちた。


 ダメだ……。

 完璧に酔ってる。

 未来視酔い?

 いや、これは過去酔いだ。


 ああ、もう、ほんと……。

 あんたのせいだよ、志騎……。

 類はすがるような瞳で志騎を見た。



 ――あんたは、ずっと、あの子にこんな想いをさせてるんだ……。



 カクンと類の膝から力が抜けた。

 志騎は慌ててその体を抱き留める。

 それに気づいたクラスメイトが騒然となった。


「どうしたの?」


 女の子が集まってくる。


「あっらー。あの猫屋敷をも倒すとはマジでタダもんじゃない」


 遠巻きにしている男子がボソッとつぶやく。


「貧血かしら?」

「可愛そう。顔色悪いわ」


 女の子たちが口々に言って、志騎に責めるような視線を向ける。


「保健室連れてってあげて」

「俺が?」

「だって、私たちじゃ、抱っこできないでしょ?」


 有無を言わせぬ感じだ。

 集団の女子パワーには逆らえない。

 言われるままに、類の体を抱き上げた。

 見た目より、ずいぶん軽い。

 苦しげに閉じられた瞼に涙の雫が光っていた。



 保健室に類を連れて行くと校医の理寛寺笑(りかんじ えみ)が迎えた。

 理寛寺は志騎に興味深そうな視線を向けて、からかうように言う。


「二日連続で女の子を抱いてくるとは、どんな役得だ? 嵯城志騎」

「はあ」


 リアクションに困って、志騎は、ただ、うなずいた。

 この校医は昨日の一件を知っても全く態度を変えない。

 元軍医だったと資料にあった。

 彼女もまた、あちら側の人間なのだ。


 理寛寺は志騎の腕の中の少女をのぞき込む。


「猫屋敷類? 元気だけが取り柄のこいつに何をした?」

「先生まで、人聞きの悪い。何もしてませんよ」

「ああ、そこに寝かせて」


 理寛寺は、カーテンで仕切られた奥のベッドを指す。


「それが……、離さないんですけど……」


 困ったように志騎が言うと、理寛寺は「ん?」という顔で志騎の胸元を見た。

 類の右手が、ぎゅっと志騎の上着の胸元を掴んでいた。


「おやおや。可愛いじゃないか」


 理寛寺は微笑んだ。

 優しい笑顔をするんだなと志騎は少し意外に感じた。

 この医者はどこか普通の感性の女性ではないような気がしているからだ。

 たとえば、マッドサイエンティストと呼ばれる人種に近いような。


「じゃあ、おまえがそこに座って、ちょっと抱っこしといてくれ」


 言いながら理寛寺は身を翻す。

 放り出される前に志騎は質問を繰り出した。


「あの、先生……」


 理寛寺は志騎を振り返る。


「ああ。病気じゃないよ。この子の目は少しばかり特別でね。視えちゃいけないものが視えることがある。きっと、あの子と距離が取れてないのだろうな」


 聞くまでもない、朔良のことだ。


「彼女もまた、視なくてもいいものを視てしまう、因果なものだ」


 視えちゃいけないものが視える少女と、視なくてもいいものを視てしまう少女。

 不可視感応。そして未来視。

 確かに、互いに干渉すると厄介なこともありそうだ。


「おまえは大人しく、抱っこして待っていろ。原因を連れてくる」


 理寛寺はヒールを鳴らして廊下に出て行った。


 うすく開いた窓から爽やかな風が吹き込んで窓際の白いカーテンを揺らしている。

 翻るカーテンの隙間から漏れ差し込む朝日が、類の頬に木漏れ日の影を落とした。

 理寛寺の口ぶりでは類の不調の原因は朔良らしい。


 あの子は昔から、自分の能力を制御しきれずに泣き出してしまうようなことがあった。

 少し感応力のある人間ならば、たちまち彼女の影響を受けてしまうほどの力だ。


 今はあの子自身はそれほど不安定には見えなかった。制御する方法を身につけたのだろう。

 だが、類の視えてしまう能力は、その隙間をこじ開けてしまうのかもしれない。

 多分それは類のおせっかいな性格ゆえのことだろう。


 危険だ。

 自分がかつて彼女の全てを背負うなどと思いこんでしまったように、影響を受けすぎなければいい、と思った。


「あまり踏み込むな……バカ」


 言われた通り、志騎は、類を抱いたままベッドに腰掛けた。



「先輩」


 音もなく朔良は現れた。

 大きな瞳をこぼれそうに見開いて、走ってきたのだろう、上気したピンク色の頬と弾む息を隠そうともしない。

 その赤みがかった瞳が志騎を見て、腕の中の類を見た。


 少しとまどったような顔になって「ごめんなさい」とうつむいた。


「大丈夫だよ、朔良」


 優しく志騎は言った。


「君と、シンクロしたのかな? 覚えていない?」


 朔良は、ふるふるとかぶりを振る。


「ごめんなさい」


 泣きそうな顔で繰り返して、胸の前で両手の指を組んだ。

 囁くように唄いだす。

 惑い彷徨う魂を導き現実に引き戻す『(しるべ)』の唄。

 透き通る声はさながら、天上のアリアのようだ。


 この声に包まれていたなら、どんなことも……。


 取り返しのつかない恐ろしい罪さえ赦されるような、気がした。


「ん」


 類が身をよじった。

 志騎の胸元から手を離し、コロンとベッドの上に転がる。

 だが今度は、ベッドから降りようとした志騎の腰の辺りに抱き枕を抱くようにまとわりついてきた。

 志騎はそれを振り払うわけにもいかず、身動きが取れなくなる。


「類先輩」


 パタパタと朔良が駆け寄った。

 類の手を両手で握って、それを額に当てて目を閉じる。

 志騎は二人の体に挟まれるような形で進退窮まった。


 ふわっと朔良の髪が舞い上がった。

 外から吹き込む風のせいではない。


「朔良」


 そっと志騎は朔良の髪を抑えた。

 そうすると朔良の力の暴走を抑えることができるのを知っていた。

 ハッとして朔良は志騎を見上げる。


「多分、もう平気だから。ありがとう朔良」


 朔良は、安心したようにコクンとうなずくと、ふわっと体を弛緩させた。


「って」


 床に倒れ込まないように少女の体を抱き寄せる。

 ポテッと朔良は志騎の上に倒れ込んだ。


「をい……」


 赤い髪の少女と銀色の髪の少女が仲良く志騎にくっついて寝息をたてている。

 志騎は途方に暮れた。


「猫だな……」


 戻ってきた理寛寺が楽しそうな声を出した。


「せ、先生……」

「もう大丈夫なのだろう? 鹿野朔良の癒しの力は、医者としては理不尽に思えるくらいだからな」


「多分、大丈夫だと思いますが……これって……」

「だったら、猫が枕にしてくださっているんだ。ありがたく受け入れろ」

「俺は……」

「いいじゃないか。減るもんじゃなし。ただし変な気は起こすな。若者には拷問かもしれんがな」


 ははは、とか笑いながら、理寛寺はベッド周りのカーテンをシャッと閉じた。


 志騎は少女たちに視線を落とす。

 そう言われてみれば本当に猫のようだった。


 朔良……。

 もう二度とこんなふうに接することはないと思っていた。

 昔、泣きながら寝てしまった少女の頭を撫でながら長いこと海を見ていたのを思い出した。


 あれは、闘うだけの人生で唯一の安らかな時間だった。

 人のぬくもりを感じることのできた瞬間だった。

 そっと朔良の髪を撫でた。

 あの日と変わらない。柔らかな銀色。

 長い睫毛がくるんとカールを描いて、目元にかすかな影を落としているのも変わらない。


 甘い香りに包まれて志騎は少しだけ、心の緊張を解いた。



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