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12 紅蓮の封印


 冬の冷たい空気を裂いて灼熱の矢火が飛び交っていた。

 砲撃の音が響き渡っている。

 瓦礫の廃墟と化した町には、いたる所に無惨な死体が転がっていた。

 大人も子供も男も女も。戦闘員も非戦闘員も。

 ただ無秩序にその町を死が襲っていた。


 丘の上にたたずむ一つの影があった。

 舞い散る雪の中に日本刀を携えた戦士が一人。


 無数の重火器が火を噴き戦士を狙い撃った。

 その瞬間、戦士の周りに数多の魔法陣が花火が散るように閃いた。

 彼の周囲の空間を取り巻いて広がった魔法陣は、襲い来る砲弾を防いで消えていく。


 それはあの日の少年だった。

 独立戦争のさなか、自分の命ひとつを盾にして戦い続けてきたあの日の少年だった。


 少年は、轟く銃声とかすむ硝煙の中を駆け抜けていた。


 ――シキ!


 泣きながら叫んだ。

 だけど声が出なかった。

 シキが闘っている。

 また、たくさんの血を流している。

 危険な場所へ行ってしまう。

 どんどん手の届かない所へ行ってしまう。

 どんなに泣いても、どんなに叫んでも、想いは届かない。


 彼は、闘うことをやめない。



 瓦礫の陰で小さな男の子が泣いていた。

 お母さんにはぐれた小さな男の子。

 ただ泣くことしかできない無垢な少年。


 黒い軍服の男の人が近づいた。


 あ……。


 光が視える。

 全てを包み込み消し去る光。

 終末の白い闇。


 その子は危険。

 その子には何の罪もないけれど。

 その子の意志ではないだのだけれど。


 近づいちゃダメ。

 救ってあげることはできない。どうすることもできない。


 だから。


「シキ!」


 ありったけの気持ちで叫んだ。

 だからせめて、他のみんなが助かりますように。

 可愛そうな少年の魂を救えますように。


 想いの全てを込めて、願いを込めて。


 その一帯が、光に包まれ、消えて無くなる前に……。




 朔良はベッドで悪夢にうなされて泣いていた。


「朔良、朔良、どうしたの? 大丈夫?」


 身をよじって苦しむ朔良の表情を、類は心配そうにのぞき込んだ。


 この学園では中等部と高等部の同学年の生徒が同室になる。普段の授業中は同級生の瞳花が、そして寮では類が朔良の側にいてガードする役目だ。


「ダメ……」


 つぶやいて、朔良は涙に濡れた瞼を開いた。


「何を視たの?」


 類は震える少女をそっと抱きしめる。

 朔良はまた良くない未来を視て怯えているのだろうか。

 それは雪の中で死んでいく自分の姿だろうか。


「何が視えたの?」


 耳元でもう一度訊いた。


「光が……」


 光?

 泣きじゃくる朔良はすっかり混乱していて話せる状態ではない。

 類は少女を抱きしめた腕にぎゅっと力をこめた。


「シ……キ……」


 少女はふっと脱力する。

 まるで何かの呪文のようだ、と類は思った。

 その名を心に刻むことによってこの少女は安定を保っている。

 それほどに彼の存在はこの少女の中で大きいのだ。

 いったいどんな因縁が二人を結びつけているのだろう。

 どんな過去があったのだろう。


 だが、朔良はその過去を憶えていないらしい。

 こんなにも彼が心の支えになっているのに何故?

 そして、記憶を封印したのは誰だろう?

 彼女自身が?

 記憶を封じるということは、脳の外傷などが原因でないならば、その記憶を保ったままでは心が壊れてしまうからからだ。

 だとしたら、そうまでして封印しなければならない記憶とは?


 これはルール違反かもしれない……。


 類は朔良を抱きしめたまま意識を集中した。

 できるかどうかわからない。

 でも、はっきりした道しるべがある。


 それは封印された志騎の記憶……。

 

 彼女の意識にシンクロするように心を委ねていった。




 いつも柔らかな笑顔で、暖かく慰め励ましてくれた少年がいた。


 シキ。


 大好きなおにいちゃん。


 陽に輝く金色の瞳がとても優しくて、お膝のぬくもりが暖かくて、いつも頭を撫でてくれるのが心地よくて。いつまでもお膝の上で眠っていたかった。


 時々、前触れもなく不思議な映像が視えることがあった。

 寝ているときの夢だったり、お散歩をしているときに急に別の空間に連れて行かれたようになることもあった。

 その多くは恐ろしい地獄絵図で、小さなころは、わけがわからずただ泣き叫ぶことしかできなかった。


 そして、視たことは、多分、誰にも変えられなかった――。


 未来視というのだとお母様が教えてくれた。

 お母様も同じような力を持っていたのだけれど、疲れてしまってもうほとんど視えないと知らされた。

 この力はきっとみんなの役に立つと、この国を独立に導くのだと教えられた。

 だけど視えるのはいつも決まって怖くて惨たらしくて気が狂ってしまいそうな映像ばかりだった。

 こんな映像がどうしてみんなの役に立つのかわからなかった。

 独立なんて言葉の意味もわからなかった。


 こんな恐ろしい力なんか要らないと、泣いて泣いて泣いて、泣いて抵抗したけどダメだった。


 いつも泣いていたわたしに、シキだけが優しかった。

 海辺の堤防に座ってお膝でお昼寝をしているときだけ怖いものを視なかった。シキのお膝でだけ何も心配せずに眠れた。

 波の音を聴きながら優しく頭を撫でていてくれるひとときだけは心から安心できた。


 それなのに。


 彼を想えば想うほど心の奥底から得体の知れない不安がわき上がってきた。

 それが何だかわからなくて、切なくて辛くて、震えた。

 大好きなシキ。体の奥の深い部分で彼を恐れているのは、なぜ?

 近づいちゃいけないと思うのは、なぜ?

 こんなに好きなのに、涙が出るのは、なぜ?


 それからもずっと、恐ろしい映像を繰り返し繰り返し視た。

 恐怖に泣きわめいていると、シキが抱きしめて頭を撫でてくれた。

 そうすると楽になった。


「悪い夢は全部壊してあげるから」


 シキが言った。


「朔良の夢は、全部背負ってあげるから」


 意味がわからなかった。


 夢を壊す?

 背負う?

 それはどういうことなんだろう?


 そして、突然、未来が堕ちてくる。

 大好きなお兄ちゃんが真っ赤な血にまみれて闘っていた。

 銀色の刀でたくさんの人を斬り殺していた。

 紅蓮の魔法陣が夜空に閃いて大きな爆発が起こった。

 数え切れない人が死んでいって。

 大勢の敵を斬り殺して、たくさんの武器を破壊して。

 戦いは大きく激しく膨れあがっていって。

 どうしようもないくらいこの世の終わりに近づいていて。



 網膜に焼き付いた刀に刺し貫かれた女の人の形相が消えてくれなくて……。



 怖くて。怖くて。怖くて……。

 だけど、どうしても目が離せなくて。

 胸にわき上がる愛しさと、体を震えさせる恐怖の狭間で、辛くて、苦しくて、切なくて、怖くて、愛おしくて……。


 押しつぶされそうだった。


 シキを駆り立てたのは、わたし。

 まだ九歳の少年だったのに、地獄への扉を開けてしまったのは、わたし。


 シキのお膝で怖い夢を視なかったのは、彼が引き受けてくれたから。

 わたしのかわりに怖い夢を受け止めてくれたから。

 全部、全部、背負ってくれていたから。


 彼は離れていてもわたしの夢が視える。

 わたしが助けを求めるとその恐ろしい夢を壊してくれる。

 わたしが呼んだらどんな危険な未来でも立ち向かって行ってしまう。


 それがどんなに恐ろしいことなのか、どんなに苦しいことなのか、ぜんぜんわかっていなかった。



 彼は、夢魔と契約をしたのだと、知った――。



 シキ……。

 わたしを助けるために、血に染まった少年。

 あなたへの想いと、その姿を心の奥に閉じこめて、命尽きるまで護り続けます……。




「こんな……」


 類は、朔良を抱きしめたままベッドに倒れた。


 たった六歳の少女だった朔良の、切なすぎる記憶。

 海藤亮太との戦いのときのように最悪の未来を志騎が壊してきたということだろうか。

 そんなふうにして、あの独立戦争も戦い抜いてきたのだろうか。


 胸が苦しかった。

 朔良の気持ちがそのまま流れ込んできたようだった。

 押しつぶされそうな恐怖と彼への強い想いがせめぎあって、どうにもできなくて。

 息が詰まって重い頭痛がした。


 そして、涙が後から後から溢れて、止まらなかった。



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