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11 空中庭園に浮かぶ猫


 校舎の屋上に温室をかねた空中庭園があった。

 開閉式のサンルーフから射し込む太陽光が豊かに降り注ぎ、冬場は特に暖かい。


 陽が落ちて薄暗くなった庭園に街路灯が灯る。

 古いガス灯を模したデザインの街路灯が、遊歩道の両脇に立っている。北棟中央にはこぶりの噴水広場もあって、こちらは外の噴水とは違って一年中水音を絶やすことはない。


 類は噴水を臨むベンチに腰掛け、ライトアップされて彩られる噴水を見つめていた。


 格技場での戦いには驚いた。

 というか打ちのめされた。

 これが闘うということかと平和ぼけした頭に渇が入った感じだった。


 志騎が言っていた通り海藤亮太は破壊的な魔法を使う少年だった。

 制御する精神が伴わないのだとしたら、あの力は危険すぎる。

 決闘という形をとったので彼を強引に拘束することはできないが、いずれきちんとした対応は必要だろう。


 第五世代の少年……。

 大きすぎる力は恐怖でしかない。

 だがそれは志騎についても同じだ。

 彼はまさに圧倒的だった。

 だいたい、なんだあの武器召喚は。

 あんな技が使えるなら至近距離に近づくことすら恐ろしい。


 いや。

 さっきの彼は攻撃魔法を使わなかった。

 ただ防御に徹していただけだった。

 そのことに気づいた者はどれくらいいただろう。

 刀さばきがあまりに美しくて、それに目を引かれていたけれど、多分、亮太の懐に踏み込んだ一瞬だけが彼本来の動きだった。


 では、彼が本気で闘ったら?

 ゾクリと背筋が震えた。


 作戦参謀の畔木(くろき)が顔色ひとつ変えていなかったのが、こんなものはデモンストレーションだとでも言っているようだった。

 畔木はただ結界を張って、帰った。

 それも多分、ルール上志騎が自分で結界を張ることが許されなかったからだ。

 本来ならば、あの結界も自分で張った上で戦い続けるのだろう。

 もちろんそれも、彼が周囲への被害をくい止めようと思ったならば、だ。


 炎が爆発的に膨れあがったとき、ギャラリー一人一人の前に銀色の魔法陣が広がった。

 類の目の前にも広がったので必死に解読した。

 多分、対熱対閃光対衝撃の防御魔法だった。


 同時にあんなにたくさん……。

 あの魔法陣は空間に固定ではなく、人が動くとついてきて最適な角度を保つ。

 もともと魔法は目には見えない。

 それをわざわざ可視化させ複雑な魔法陣にして見せるのは魔法の効果範囲を示すためだろうか。


 そして朔良だ。

 志騎は明らかに朔良とシンクロし、彼女の視た最悪の未来を壊した。


 あの戦い方はなんなのだ?

 あれがこの国を独立に導いた力なのか?


「ごめん。待たせた?」


 志騎が走ってきた。

 噴水のまわりにたむろしていた生徒たちの間に、なんとなく緊張が走ったような気がした。

 あの戦いを見ていた者が少なからずいるのだろうから当然だ。

 だが志騎はあの時とはぜんぜん雰囲気が違っていて、とても自然な感じで笑っていた。


 ストンと類の隣に腰を下ろす。

 距離が近くて体が触れそうだ。


「あ、ううん。今来たとこ」


 嘘だった。

 たっぷり三十分は噴水の前でうだうだと考えていた。


「朔良を理寛寺(りかんじ)先生に診て貰って、生徒会長に報告した、までは良かったんだけど、担任に捕まっちゃってさ」

「怒られた?」


「あー、いや、さっきの見てたみたいで、防御魔法について教えてくれって、延々と解放してくれなくて……」

「ああ……なるほど。教えて貰ったからって、簡単にできるわけないのにね」


 あはは、と類は笑った。


「そうでもないよ」


 志騎は類の手を取って、その掌に小さな赤い石のついた指輪を載せた。


「え?」


 類は驚いて志騎を仰ぐ。


「うん。本当は、畔木にはそれを持ってきてもらったんだ。結界は、ついでに頼んだ」

「あっちがついで?」


 ポカンと口が開く。


「そうだよ」

「じゃあ、畔木さんがいなかったらどうするつもりだったの?」

「ん? 会長には怒られるかもしれないけど、自分で張ったかな。学校が燃え落ちちゃ洒落にならないからね」

「ですよねー……」


「それが?」

「いいえ、なんでもありません」

「変なヤツだな? 何だよ、態度変えるなよ」

「だって……あんた、不自然に明るいし、よく喋るし」


 志騎は前髪をかき上げた。

 そのままサンルーフを見上げて後頭部で髪を掴む。

 浅く息をついた。


 群青色の空に一番星が光っている。


「類……」

「ん?」

「俺の隣にいて、怖くないか?」


 志騎は低い声でポツンと言った。


 ああ、そうか。

 さっきの一件で、あからさまに彼に対する周囲の目が変わったのだろう。

 そんなことには慣れているのかと思っていたが、そうでもないのかもしれない。

 畔木は言っていた、すぐ膝を抱えた仔猫のようになる、と。


「正直、怖いよ。でも、それ以上にドキドキする」

「えっ?」


 驚いたように志騎は類を見る。

 類は、ぐっと志騎のネクタイを引っ張った。わざわざダブルノットで結んだ深緑と紺のレジメンタル。

 志騎の首に左手を回し、キスをする。

 首に回した左手の薬指に赤い宝石の指輪が光っていた。


「あんたは自分より弱い者を理由もなく傷つけたりしない。大丈夫。もし何か言うやつがいたら、私がぶちのめしてやる。だからさ、自分の命を盾にするの、やめなよ……」


 ささやくように言った。

 志騎を見つめて微笑むと、トン、とその胸を指で突いて体を離した。

 志騎はこめかみを押さえた。金色の瞳が揺れる。


「参ったな……。もの凄い勢いで踏み込んでくるんだな……」

「あれ? キスで動揺してるわけじゃないんだ?」

「充分動揺してるよ」

「なぁんだ。類ちゃんの色香に迷ってくれたらいいのに」


 類は、ふふっと笑う。そういう色っぽい雰囲気でも場所でもないのだが。


「なんでかな……。あんた見てると胸の奥が苦しいよ。圧倒的な強さって、実は苦しいものなのかな?」


 志騎は、少し遠い目になった。


「類、英雄っていうのはね、この国で一番たくさん人間を殺した者へ与えられる称号なんだよ」

「たくさん……殺した?」

「俺は、数え切れないほどの人生を、未来を、この手で奪い取ってきた。そしてこれからも、命尽きるまで同じ事を繰り返すだろう。だから、自分の未来なんて望んじゃいけないんだ」


「だったら、あんたの代わりに私が望むよ。あんたの未来も幸せも、私が願うから、あんたはあんたのままでいたらいい」


 志騎は破顔した。


「ありがとう、類」


 類は照れくさそうに首をすくめた。そして左手の薬指の指輪をかざして見せる。


「ところで、これ、本気にしちゃうよ?」

「あー」


 志騎は言いよどむ。


「右手にすればいいだろう?」

「いやいやいやいや。せっかくだから、ここは左でしょう」


 何が『せっかく』なのかわからないが、類は強引に押し切った。


「で、これって何?」


 類は小首をかしげた。

 説明していなかったことに志騎も思い至る。

 二人で顔を見合わせて「あはははは」と笑った。


「それは魔法の杖だよ。君は女の子だから魔法少女のマジカルステッキかな」

「おおう。振り回したり、ちゅってしたら変身しちゃうヤツ?」

「いや。変身するのは案外難易度が高い」

「わかってるわよ」


「衝撃緩衝魔法に特化してある。応用すれば色々使えるが、とりあえず朔良が床に倒れないように受け止めてやってくれ」

「ん? こんな感じ?」


 類は立ち上がり、えいっ、とか言いながら左手をパーの形に広げて振る。

 掌がぽわんと桃色に光った。


「へぇ。発光させられるのか……」


 感心したように志騎はつぶやく。


「なに言ってんのよ? あんたなんて、めっちゃ複雑な魔法陣出してんじゃん」


 志騎は、少し困ったように首をかしげた。


「あれは他に使えるヤツはいない。映像を出すだけなら可能だろうがな。それに、敵はみんな俺を狙ってあれを標的にする。危なすぎて真似するヤツも出てこない」


 類は、呆れたように、はぁっ、と息をついた。


「なぁんか、あんたって窮屈な生き方してるよね?」


 類は、ぶん、と左手を振った。


 円に猫耳のついた点画の輪郭が現れ、不等号で描いた『><』のような感じの目が浮かんだ。


「にゃあ」


 類が鳴く。


「もっと自分を赦してあげなよ」


 言いながら、猫を三匹、宙に浮かばせた。



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