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10 オモチャ箱の中の決闘


 誰が宣伝したのか、放課後の格技場にはたくさんのギャラリーが集まっていた。

 もちろん、どんないきさつで転入生と中等部の一年生が決闘することになったのか、なんてことは知る者はいない。

 ただ、この学園の生徒は、年齢差イコール戦力差ではないことを知っている。


「会長、防御結界を張らせてもらえますか?」


 少し見物人が多すぎると志騎は思った。

 もし、不測の事態が起こったとき、この全員を護りきることは難しいかもしれない。

 しかし、紅葉(くれは)は首を横に振る。


「それは、当事者であるあなたには許可できません」

「と、判断されると思いましたので、スペシャリストを呼びました」


 参謀本部から呼ぶと言っていたのは結界要員だったのかと、紅葉は遅れて納得した。


 学園で起こるもめ事は当事者同士が決着をつけるのが最も手っ取り早い。

 実際に生徒会長権限で今までもそうした仲裁を行ってきた。

 いつも通りの喧嘩の仲裁程度の考えでいたのだが、少し認識が甘かったのだろうか。

 特に今回は双方が熱くなっているわけではない。

 紅葉も、志騎ならばうまく事を収めてくれると高をくくっていたのだが。


 志騎の傍らに控えている長身痩躯の男が丁寧に礼をした。

 畔木宗介(くろき そうすけ)だった。メガネをかけ長髪を後ろで一つに括っている。

 繊細な感じのする青年であまり軍人のようには見えなかった。


「わかりました。指示はわたくしが出します」


 紅葉が言うと、志騎は浅くうなずいた。

 立会人がルールだ、これ以上は無理だろう。

 志騎は、畔木(くろき)に向き直った。歩み寄りながら、自分の髪の毛を一本抜く。


「禿げたらおまえのせいだ」


 恨み言を言いながら畔木(くろき)の手を引っ張り、その小指に抜いた髪の毛を巻き付けた。

 ギャラリーがどよめくような謎シュチュエーションだった。


「すみません。だったら私ではなく、感応力のある他の者を呼べば良かったんですよ」


 志騎は紅葉の言う『指示』とやらを全く信じていなかった。

 確かに彼女は立会人としていくつものもめ事を解決してきたのだろう。

 だが。今までがどうだったのか知らないが、嵯城志騎(さじょう しき)に正面から殺し合いを挑む命知らずの実力を甘く見ないほうがいい。

 警戒しすぎるということはないのだから。


「こんな仕事、お前以外、他の誰を呼べって言うんだ……」


 細い髪でリボン結びにされた小指に、畔木(くろき)は視線を落とした。

 あまり麗しくない感じだ。

 小指に髪の毛……なんとなく呪われそうな気もする。

 しかし畔木(くろき)はわかっている。


「誰だって、すぐに飛んできます。あなたはご自分を知らなすぎる」

「まあいい」


 志騎は上着を脱いで畔木(くろき)に預ける。


「……頼む」

「は」


 敬礼しようとした畔木(くろき)の手を、志騎が止めた。


 格技場の中央に向かうと、既に海藤亮太(かいとう りょうた)が待っていた。

 ゲームに出てくるような重そうな両手剣を携えている。

 こけおどしでなくそれを実際に振り回すことができるのなら、相応の実力だということだ。

 多分、剣の重さは魔法で補正するのだろう。

 とすれば、あれは剣技のためというよりは魔法力を増幅させ集中させるための魔法の杖か。


「小細工は終わりましたか?」


 亮太は冷たい声で言った。

 まあ、確かに小細工だ。


「少しギャラリーが多すぎるだろう? 君は彼らを傷つけない自信があるのか?」

「一撃で決着をつければいいだけですよ、先輩」

「どんな一撃だ……」


 志騎はつぶやきながら目を細めた。

 嫌な予感しかしない。

 彼が第五世代の能力者で、鶴喰(つるばみ)機関で純粋培養されたのだとしたら、目的のためなら手段を選ぶはずがない。


 海藤亮太は志騎を睨んで口元を笑わせた。

 その幼い顔からは想像もできないほどの邪悪で狡猾な笑みだった。


 志騎を見つめる畔木(くろき)の元に、類が歩み寄った。

 こそっと話しかける。


「PPISの猫屋敷類(ねこやしき るい)です。あの、ずっと、あいつのお()りしてきたんですか?」


 畔木(くろき)は類の屈託のなさに少し面食らったが、指輪七号の相手だとすぐに悟った。


「お()り? 言い得て妙ですね。私は戦力としては未熟ですから、すぐ膝を抱えた仔猫みたいになる彼を現実に引き戻す役割ですかね」

「膝を抱えた仔猫……」


「若いくせにマイナス思考でジジムサイんですよ。あんな容姿なんですから、面倒くさいことを忘れてぱーっと遊べばいいのに、といつも思います」


 唖然として、類は饒舌な畔木(くろき)を見上げる。

 膝を抱えた仔猫?

 なんだか滅茶苦茶な言いようだ。でも、これはもしかしたら、彼を思うゆえか?


「ほっとけないんですね……」

「私なんかが心配しても仕方がないのですが、とてもアンバランスな方ですから……」

「なんか、わかります」

「だと思いました。お近づきの印に、これ、差し上げます」


 畔木(くろき)は携帯を出して類を促す。

 類も促されるままに携帯を出す。

 音声ファイルが送られた。


「聴いてみて下さい」


 畔木(くろき)は爽やかに微笑む。

 類は首をかしげながらファイルを再生して耳に当てた。


『抱いたらわかるだろう?』


 ボン、と類の頭が噴火した。

 何かのスイッチが入ったように、カァッと顔が熱くなる。


「えっ? これって……。やだ、ちょっと、あー」


 類はしゃがみ込んで赤くなった顔を膝で隠した。


「おお。この着ボイス、売れるかもしれませんね」


 キッと志騎が畔木(くろき)を睨んだ。

 赤い魔法陣が畔木の頭上で閃く。

 畔木はそれをパシッと手で払った。

 見事な攻撃分解。この男、防御魔法だけは天下一品だ。


「貴様、覚悟しろ」


 志騎は、本気で殺意を向けた。


「その台詞もいいですね」


 ニコニコと畔木は笑う。


「でも、今は相手が違いますよ」


 しゃがみ込んだままの姿勢で、類は畔木を見上げた。


「あなた、ただ者じゃないですね」

「申し遅れました。畔木宗介(くろき そうすけ)です。まあ、作戦参謀ですから、色々と」


 類は少しよろけながら立ち上がった。

 畔木は、そっと紳士的に手を差し出した。


海馬沢(かいばざわ)生徒会長から簡単な経緯は聞きました。こういったことはよくあるんです。その大半が逆恨みですが……。でも、准将はいちいち真摯に受け止めて傷ついてしまう。少し怒らせておくぐらいのほうがいいんですよ」


 類は尊敬のまなざしで畔木を見た。

 確かに、あのいつも醒めたような志騎が多少やる気を出しているようだ。


 その時、パタパタと朔良が駆けてきた。

 瞳花も一緒だ。


「類先輩」


 ああ、やっぱり朔良には何も言っていないのか、と類は思った。

 どう説明したものだろうと思案していると、志騎が朔良を振り返った。

 まるで、存在を感じるようだ。


 志騎は朔良を見つめると安心させるようにふわっと笑った。

 朔良にしか見せない、柔らかな笑みだった。

 朔良はコクンとうなずく。

 説明は要らないようだった。二人の間に見えない絆を感じて、類は複雑な気持ちになった。


「始めます」


 紅葉(くれは)が宣言をした。

 儀礼的にルールの説明をする。

 勝敗は、立会人によっての判断か、どちらかが敗北を宣言することにより決定する。

 戦闘行為を終了しない場合は立会人の指示によって拘束される。などなどだ。


 ざわめいていた周囲のギャラリーがシーンと静まりかえる。

 海藤亮太は腰を落とし大剣を後方に構えた。

 対する志騎の手に武器はない。魔法のみで対決するのだろうと誰もが思った。


 ふわっ、と紅葉(くれは)の手から白いハンカチが舞った。

 皆が息を呑む。


 ハンカチが床に落ちる、その瞬間。


 亮太の大剣の切っ先が床を削った。

 剣が燃え上がる。

 大剣を振り回す勢いで一旋転。

 大剣にまとわりついた炎が宙に螺旋を描いて舞い上がった。


 その刹那、志騎の脳裏に格技場が焼け落ちるイメージが浮かんだ。

 大勢の生徒が炎の中で死んでいく。

 それは、数秒後の未来視――。


畔木(くろき)!」


 志騎は叫んだ。

 今視た映像を畔木(くろき)の意識下に転送する。

 彼の小指に結んだ髪の毛はアンテナだ。


 舞い上がった炎が巨大な龍になった。

 もの凄い熱風と炎の渦。

 一瞬のことに、ギャラリーは動くこともできずに炎に巻き込まれていく。


 パパパパパッ、と銀色の魔法陣が無数に広がった。

 恐怖にすくむ生徒たちを護るようにそれは炎を受け止め遮る。

 志騎が防御障壁を展開したのだ。


 うなりを上げて燃え上がる炎の龍が志騎に襲いかかっていく。

 志騎は左手を振り上げた。

 その手に煌めく日本刀が姿を現す。

 逆手に握られたそれは、頭上に襲いかかる炎の龍を真っ二つに切り裂いた。

 炎が、四方八方に暴れながら散る。


 キン!

 氷が張るような音をたてて空間が閉じた。

 志騎と亮太の二人だけが結界内に閉じこめられる。

 畔木(くろき)の結界は簡単には破れない。

 しかも今回は丁寧に内部が外から見える仕様になっている。サービス精神満点だ。

 もっとも、炎に襲われて慌てている今のギャラリーに、観戦する余裕がどれほどあるのかは怪しいが。


「結界? この、卑怯者ぉ! ふざけんなぁっ!」


 海藤亮太が叫びながら撃ちかかる。

 志騎は、邪刀『新月』で大剣を受け止めた。

 刃を接触させないように衝撃緩衝の魔法をかける。

 刀身にいくつもの魔法陣がまとわりついた。


「生徒を巻き添えに、学校を燃やすつもりか?」


 海藤亮太の周りを炎の龍がぐるぐると蜷局(とぐろ)を巻く。

 龍は、一匹、また一匹と増え、周囲は灼熱地獄だ。


「こんな建物くらい、あんただっていくつ吹き飛ばしたか知れやしない。綺麗事を吐くな!」

「これは戦争じゃない。ただの子供の喧嘩だ」


 だが、子供の喧嘩も過ぎれば大惨事になる。


 海藤亮太は異変に気づいた。

 これだけの炎を維持するには絶対的に必要なものがある。

 それは酸素だ。

 閉じられた結界。すぐに酸欠が襲う。


 亮太は大剣を担いだ。

 炎の龍を全てまとい、志騎に向かって渾身の力で振り下ろす。


 志騎の体は考えるより早く反応していた。

 大上段から撃ちかかってくる剣を避けるように身をかがめ、引いた刀ごと相手の懐に飛び込んだ。

 間合いは完全に読んでいた。

 完璧に相手を制圧できる。


 ――ダメだ……。


 とっさに、新月を消した。

 そうしなければ、亮太の喉を串刺しにしていた。

 志騎は、飛び込んだ勢いで膝を着いた。

 頭上に大剣が迫る。炎が轟音を上げて燃えさかる。


 志騎の右腕に銀色の魔法陣が閃いた。

 それを盾にして、亮太の大剣と炎の龍を受け止めた。


「そこまでです」


 紅葉(くれは)が、張りのある声で命じた。

 亮太は不服そうに剣を引く。

 しかし、酸欠で苦しそうに顔を歪めて膝を折った。


 たくさんの銀色の魔法陣が、散った炎を包み込むように宙に舞った。

 空間を焼く炎を魔法陣が包み込み、くるりと球になる。

 炎を包んだ大小さまざまなシャボン玉が浮かぶような幻想的な情景が広がって、それは断続的に弾けて消えた。


 畔木(くろき)が結界を解く。

 ゴッと、音をたてて空気が動いた。

 炎を消してからでなければ、結界を解くことはできない。

 中にいる人間には地獄だが新たな空気を送り込むと爆発が起こる。


 膝を着いたまま亮太は紅葉(くれは)を睨んだ。


 志騎はひとつ大きく息をついて立ち上がった。

 

 周囲の生徒たちは声もなく二人に視線を奪われている。

 今ここで行われたのはまぎれもなく殺し合いなのだと、誰もが認識した。

 そしてそれをスポーツ観戦気分で見ていた自分たちも巻き添えを食って死ぬところだったのだと、改めて思い知った。


 一人として怪我を負うこともなく終わったのは、奇跡なのだ。

 格技場の中央に立つ線の細い少年、嵯城志騎(さじょう しき)が皆を護らなければ、この学園の跡地には追悼の慰霊碑が建ったことだろう。


「海藤亮太、わかりますね? 今、あなたは死んでいました」


 紅葉(くれは)が亮太に向かって言った。

 少し声が震えていた。


 亮太は剣を支えにヨロヨロと立ち上がる。


「どうしてそう断定するんですか? 僕がヤツの武器を消したのかもしれない」

「あなたに物質を分解することができますか? 瞬時に」


 亮太は奥歯を噛んでうつむく。

 そもそも、武器を自在に召喚したり消したりする時点で志騎の力は化け物じみている。

 刀の銘は新月。

 よく名付けたものだ。そこに在るのに見えない月。

 全ての始まりと終わりを司る闇の深淵からの鋭利な輝き。


「勝者、嵯城志騎(さじょう しき)!」


 コールに対する歓声は上がらなかった。

 かすかなざわめきが頼りなく広がっただけだった。

 それほどに、この戦いは凄惨だった。

 ただの子供の喧嘩のはずなのに。


 海馬沢紅葉(かいばざわ くれは)はふらりとよろめいた。

 傍らに居た畔木(くろき)がそれを抱き留める。


「大丈夫ですか?」


 さほど動じた様子もない畔木(くろき)を見上げて、紅葉(くれは)は思い詰めた顔で言った。


「ありがとうございました。わたくしは、思い上がっていたようです。まさか、こんな……」

「あなたが気に病む必要はありません。すべて、准将が選択し決断したことです。仮に被害が出たとしても、責任は彼が負うつもりだったでしょう」

「そうですね……わたくしは、己の浅慮を恥じるばかりです」


 紅葉(くれは)は指の先でそっと涙をぬぐった。


 床にぺたんと座り込んで、朔良が泣いていた。

 床に両腕を突っ張って、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら泣いていた。


 瞳花は同じように座り込んで呆然としている。


 類が朔良の頭を撫でた。

 その瞬間、ガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。

 燃え落ちた校舎と逃げ遅れて死んでいくたくさんの生徒たち。

 もちろん、その中には類もいるのだろう。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 彼女は、繰り返し繰り返しそれを視ている。

 未来視酔いだ。

 類はこめかみを押さえて頭を振った。


 その朔良の傍らに志騎が歩み寄った。

 そっとしゃがみ込む。


「朔良」


 呼びかける。


「ありがとう、朔良。……大丈夫。みんな無事だったよ」


 朔良はしゃくり上げながら顔を上げた。

 目の前の志騎を見つめると泣きながらその首に抱きついていく。


「シキ……シキ……シキ……」


 何度も名前を呼びながら体当たりするような勢いで体を預けていった。

 その勢いのままに志騎は床に押し倒される。

 ふわぁっと朔良の銀色の髪が舞った。


 朔良が怪我をしないように抱き留めて、志騎は床にコツンと後頭部を預ける。


「志騎、大丈夫?」


 類が志騎を覗き込んだ。

 震える朔良を抱きしめたまま、志騎は目顔で類にうなずいた。



 大丈夫だよ、朔良。悪い夢は全部、俺が壊してあげるから……。



 心の中でささやいて、志騎は泣きじゃくる少女の頭をそっと撫でた。



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