第8話 夢会議
「何か対策は無いのかしら?」
「この夢が自然に終わってくれればいいが、すでに四日間も続いている以上、明日になれば解決しているだろうと、楽観視するのは難しいな。それ以外なら、ここにいない紫さんや桃園さんのように、眠らないことで夢をやり過ごすのが確実だろうが、人間ずっと眠らないというわけにもいかない。それはあくまでも最後の手段だ。今はせめて、夢の中ではまとまって行動することを心がけるぐらいだろうか」
刑事である灰塚を筆頭に男手が多いのは一つの安心材料だが、逆に睡眠不足で思わぬタイミングで眠ってしまったら、周りに誰もいない状態で、一人で夢の中に放り出される可能性だってある。リスクは最小限に抑えるべきだ。
「そもそも、どうして私達は同じ夢を共有することになったのでしょうか?」
雪緒が言うように、朱雀が殺される以前に、複数人で一つの夢を共有し、それが連日続いていた状況そのものが異常だ。当初は誰もがこれは自分一人が見ている夢だと思い、それ以外の人物は夢の中だけに存在する登場人物という認識だった。しかし実際は一人一人が現実にも存在していた。さながらオフラインのゲームでNPCと交流していたつもりが、実際にはそれはオンラインで、相手は全員が生身のプレイヤーだったような状況だ。
「俺がこの夢を見始めたのは四日前。クルーザーから船着き場へと下りたところからです。皆さんはどうですか?」
四日前、初日の出来事を改はしっかりと覚えている。始まりの時期にズレがあれば、それがきっかけを探る糸口になるかもしれない。
「私も薄墨さんと同じく四日前です。私はクルーザーに乗っていた時のことも少し覚えていて、確か朱雀さんや紫さんも同乗していました。船着き場へ下りると、船ではお見掛けしなかった薄墨さんが現れたので不思議に思いましたが、夢なのだから突拍子もないことの一つや二つ起きるだろうと、あまり気には留めませんでした」
「あたしも初日は四日前。目覚めたのはコテージのベッドの上で、テーブルに置かれた島のパンフレットや、着替えの入ったキャリーケースで状況を察した感じ。ずっと旅行したいなって思ってたから、夢の中で願望が叶ったのかなって。外に出た時にはもう、未咲さんたち四人が集まって談笑してたわね」
「僕も同じく四日前。目覚めはコテージの中だよ。談笑が聞こえたから、気になって顔を出した。確か、灰塚さんも僕の少し後に合流してたよね」
「ああ。状況が飲み込めずにしばらくはコテージの中にいたんだが、一人でいるのもなんだから便乗させてもらった。私も夢はそれが初日だ。この場にはいないが、最後にコテージから姿を見せたのが桃園さんだったか。これまでの経緯から、到着順は恐らく就寝順だな」
全員の記憶が、この夢は四日前から見始めたものということで一致していた。当日、日付が変わる前に就寝していた雪緒たちは到着前のクルーザーから、日付が変わった頃に就寝した改は船着場から、仕事の関係で就寝が深夜から明け方にかけてだった茉莉やフェルナン、灰塚らはコテージが夢の出発点となった形だ。全員がこのコテージで顔を合わせるように夢の筋書きは進行している。
「事の始まりは四日前。何か心当たりはありますか? 俺は正直、何の変哲もない一日でしたが」
あの日、現実の改は、大学の講義が終わった後にアルバイトに行くだけの、平凡な日常を送っていた。職業や生活スタイルは異なれど、誰もが自身の日常において特段、劇的な出来事が起きた覚えはなく、首を横に振るばかりであった。
「しかし、何のきっかけも無くこのような異常事態が起きるとは思えない。四日前に限らずとも、何か我々に共通したきっかけがあった可能性は十分考えられる。皆さんには現実に戻ってからも、これまでの自分の行動を見返す等して、情報収集をお願いしたい。もちろん私も、朱雀さんの件を含め、さらなる情報収集にあたるつもりだ」
夢の中ではスケジュールを確認することは出来ないし、現実世界で一度冷静にならないと思い出せない記憶もあるかもしれない。いずれにせよ、夢の中で出来ることは限られる。何か行動を起こすなら現実世界でだ。
「それに関連して、私から一つ提案があります」
雪緒が挙手すると、灰塚が首肯し続きを促した。
「今後話し合いを行うにあたって、夢の中よりも、現実世界で直接会った方が安心ではないでしょうか。夢の中では何が起きるか分かりませんし、現実で入手した情報を、記憶だけを頼りに夢に持ち込むのは正確性に欠ける。それに、現実世界での顔合わせの必要性は皆さんだって感じているでしょう?」
「確かにそうね。話の整合性はとれているし、何もみんなの実在を疑ってはいないけど、やっぱり直接会って確かめるまでは、百パーセントとは言えないもの」
この四日間の交流があるので顔馴染みにはなっているが、それは全て夢の中の出来事であって、訃報が流れた朱雀以外は、まだ現実世界での存在を確認出来てはいない。夢と現実がリンクしていると裏付けるためにも、お互いの結束を高めるためにも、現実世界での顔合わせは絶対に必要だ。
「俺も賛成です。夢の中だけじゃなく、現実でも繋がりが出来れば心強い」
「僕もだ。この世界ではパソコンや情報機器も使えないからね」
「もちろん私も異論ないが、どうやって現実世界で顔合わせしようか?」
「それについては提案者の私から。皆さんは都内か近隣県にお住まいですか?」
全員が頷く。お互いの生活圏が近かったことは幸いだ。
「でしたら、これから私が伝える住所に集合ということで如何ですか? 私が個人的に借りているスタジオなので部外者は立ち入れません。顔合わせを行うには最適かと」
「そういった場所があるのなら好都合だ。夢の中で何が起きるか分からぬ以上、行動は早いに越したことはないな。未咲さん、今日中に対応出来るかな?」
「午後七時以降であればスタジオを開けておけます。皆様のご都合がよろしければ、午後七時の集合で如何ですか?」
「その時間なら大丈夫。会社帰りに向かうよ」
「あたしも、フリーランスだから時間の融通は利く」
「俺も大丈夫です。身軽な学生の身なので」
「話しは決まったな。時間は限られているが、先程も言ったように各自でも情報を集めておいてほしい。顔合わせの場に持ち寄ろう」
話がまとまった頃合いで、徐々に改は眠気に覚えつつあった。周りも似たり寄ったりで、瞬きの回数が多くなっている。現実とは逆で、目覚めの時が近づくと、夢の中では眠気が襲ってくるというのがこの世界では常であった。眠りについた時点で午前二時を過ぎていたし、現実ではそろそろ早朝を迎えようとしているのだろう。
「今日はここでお開きにしよう。次は現実でだな」
灰塚が手を打ち鳴らすと、各々が席を立ち始めた。幸いなことに今日は何も起こらずに夢を終えることが出来そうだ。
「ねえ、未咲さん。前々から思っていたんだけど、あなたの正体って」
去り際に茉莉が雪緒を呼び止める。ただの夢だと思っていたから、これまでは誰も触れてこなかったが、雪緒もまた現実に存在し、加えてスタジオを借りているという経緯から、いよいよ正体に興味を抱かずにはいられなかった。
「そうですね。別に隠していたわけでもありませんし、現実でもお会いするのだし、改めて自己紹介をしておきましょうか」
途端に、愛嬌の印象が強かった雪緒の表情が引き締まり、その場にいる全員の意識を一気に引き付けた。視線を引き付ける術は、彼女が最も得意とするものといえる。
「未咲雪緒。普段は雪城つかさの芸名で俳優をしております」
以前から改が抱いていた既視感も当然だ。俳優の雪城つかさと瓜二つの未咲雪緒。印象深い芸能人だから夢に登場したと思っていたが、雪緒が実在している以上、そのままの容姿の彼女が現実にも存在していることになる。だとすればそれは、俳優の雪城つかさ以外には考えられない。
質問を投げかけた本人である茉莉は納得した様子で頷き、あまり芸能人に詳しくない灰塚はそうなのかと軽く頷く程度だったが、改とフェルナンは衝撃の事実にフリーズしている。この瞬間だけは、眠気がどこかへ飛んでしまっていた。