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第4話 朝の散歩

「……朝? いや、違う」


 目覚めたあらたが見上げた先は、自室の見慣れた白い壁紙ではなく、高級感あるコテージの木造の天井だった。天窓が差し込む温かい日差しが、天然の目覚ましとなっている。


「三日続けてか。一体どうなっているんだ?」


 二日目までは貴重な経験と思い、明晰夢をどこか楽しんでいたが、三日目となると流石に不気味さが勝る。明晰夢を繰り返していたら、いずれ現実との境界が分からなくなってしまうではないかと、漠然とした恐怖さえ覚えた。


 寝起きの背中がいつもよりも強張っている。状況を確認してみると、ベッドではなく、備え付けのソファーの上で眠っていたようだ。服装は部屋着のティーシャツに短パン姿。現実の自宅で眠りに落ちた瞬間と状況がリンクしていた。


 明晰夢の世界にも時間は流れている。現実の夜に眠りにつくと、夢の中では朝に目が覚め、夜になってコテージで眠りにつくと、現実の朝で目を覚ます。明晰夢を見始めてからまだ三日なので経験が足りないが、少なくともこれまでの二日間はそういった流れを辿っている。


 コテージで眠りにつけば現実で目を覚ませると思うが、寝覚めが良く、まるで眠れる気がしない。不可思議な状況だが、なにも危険が迫っているわけではないので、改はこれまで通りに夢の中のコテージで過ごすことにした。


「雨が降ったのか」


 今は止んでいるが、外は土が湿っていて、夜の内に雨が降った形跡が見える。天気も現実とリンクしているようだ。自分の夢なのだから、直前の記憶や体が濡れた感覚が影響しているのかもしれないと改は思った。


「こんなものがあったのか」


 ふと目に止まったのは、コテージの備品である雨除けの赤いレインコート。今は雨は止んでいるので出番は無さそうだが、木造を生かした内装の中で、発色の良い赤いレインコートはよく目立つ。雨だと視界が悪いので、目立つ色なのは合理的だ。


 自覚のある明晰夢だからこそ、孤独な時間は耐え難い。サイドテーブルに畳んであったグレーのカットソーとチノパンツに着替え、改はコテージの外へ出た。夢の続きならば、他のコテージに宿泊している夢の住人たちがいるはずだ。夢の中とはいえ、朝方にいきなりコテージを訪ねるのは気が引けたので、島内を散策して、同じく外に出ている人がいないかを探す。


 宛てもなく海岸沿いを歩いてると、反対側から、ノースリーブの白いフリルブラウスと濃紺のワイドパンツ姿の未咲みさき雪緒ゆきおがやってきた。海岸沿いで眩い朝日を浴びる雪緒の姿は、まるで映画のワンシーンのようである。


「おはようございます、薄墨さん。お早いですね」

「おはようございます。未咲さんこそ、朝の散歩ですか?」

「雨上がりの空気感が好きなんです。都会で感じる少し埃っぽい雨上がりの空気も嫌いじゃないけど、無人島で感じる澄んだ雨上がりの空気も素敵です」

「その気持ち分かります。自然の中で感じる雨上がりの匂いって、普段と違うんですよね」

「共感してもらえて嬉しいです」


 美貌と無邪気な笑顔とのギャップに、改は思わずドキっとしてしまう。間近で見れば見るほど、未咲雪緒は画面の向こうに映る雪城つかさによく似ている。普段はニュースぐらいしかテレビを見ない改は、そこまで芸能人に詳しいわけではないが、雪城つかさのことは、親友のなぎさがファンだったため、一緒に映画館に出演作を見に行く機会が昔からよくあった。


 渚ほど熱心なファンというわけではないが、改が芸能人と言われて真っ先に思い浮かべるのは、間違いなく雪城つかさだ。夢に彼女そっくりの未咲雪緒が登場したのは、そういった心理が働いたのかもしれない。


「他の皆さんが起きてくるまでまだ時間がありそうですし、歩きながらお話しでもしませんか?」

「いいですよ。俺も誰かと話したい気分だったので」


 三日連続の明晰夢に対する気味悪さは変わらないが、雪緒のような魅力的な女性と過ごせるこの時間は素直に楽しかった。絶世の美女と肩を並べて朝の散歩を楽しむ。文字通り夢のような状況だ。夢だけど。


「ここで皆さんと一緒に過ごすのも三日目ですね。薄墨さんはもう慣れましたか?」


 海岸沿いを歩きながら、雪緒から話題を振ってきた。


「居心地は最高ですね。コテージの設備のおかげで何不自由なく生活出来るし、宿泊客の皆さんも良い人たちばかりで毎日楽しいです……だけど同時に、漠然と不安を覚えることもあります」

「不安、ですか?」

「ここでの生活が後どれぐらい続くんだろうかって、不安に思っている自分がいるんです」


 明晰夢の終わりは、コテージでの生活の終わりと同機すると考えるのが自然だが、果たしてその時は訪れるのか?


 旅行、休養、作家なら、缶詰になって作品を仕上げる場合もあるだろう。コテージに宿泊している以上、何かしらの目的や期間が存在するはずだが、改にはその心当たりがない。無人島であるため、別の場所へ行くことも出来ない。目的も期限もないことで、無限にこの夢に囚われ続けるのではないか? 同じ夢が三日も続いたことで、そんな懸念が生まれている。


「……突然すみません。変なことを言いだしてしまって。その、ここでの居心地があまりにも良すぎて、上手くこれまでの生活に戻れるのかなって。そんな話です。ほら、夏休み明けの学校みたいな」


 夢の中の存在である雪緒に愚痴を零してどうなるのか。急に恥ずかしくなった改は早口で取り繕った。思わず口をついた言葉ではあったが、夏休み明けの登校という例えは素直な心境でもある。あまりにもリアルで、居心地のよい夢が存在し続けたら、いつか現実に戻ることの方に嫌悪を感じてしまう。そんな可能性だって否定出来ない。


「価値観は人それぞれですし、私も偉そうなことを言えた立場ではありませんが、ご自身でそういった危機意識をお持ちなのなら、薄墨さんはきっと大丈夫ですよ。一番危ないのは、何の疑問も抱かずに状況を受け入れてしまうことです」


 突拍子もない話題にも関わらず、雪緒は嫌な顔一つせず真摯に向き合ってくれた。偉そうなことを言えた立場でないと前置きしていたが、瞳に強い意志を宿した彼女の言葉には、圧倒的な説得力が備わっていた。


「漠然とした不安を聞いてもらえて、気持ちが軽くなりました。すみません、せっかくの朝の散歩に、愚痴を聞いてもらうような形になってしまって」

「お力になれたのなら何よりです。私でよければまたいつでもご相談に乗りますよ」


 愛嬌のある微笑みを見せる雪緒は、年上の大人の女性としてとても心強かった。芯の強い大人の女性としての一面と、イノセンスな少女性が同居した未咲雪緒という女性の魅力は、多面的で底が知れない。


「島を半周しましたね。お腹も空いてきましたし、そろそろコテージに戻りましょうか」


 無邪気な少女のように、それでいて、年下の男性をリードする大人の女性のように、雪緒は率先して改の手を引いた。

 

 ※※※


「おはようございます。二日ぶりですね、灰塚はいづかさん」


 七軒のコテージが立ち並ぶ一角に改と雪緒が戻ると、三号コテージのウッドデッキで、ワイシャツにスラックス型の灰塚はいづか意志郎いしろうが、どこか落ち着かない様子でモーニングコーヒーを飲んでいた。長身で肩幅が広く、掘りの深い顔立ちに無精髭を生やした、無骨な印象を与える男性だ。コテージの宿泊者の中で、昨日は唯一姿が見えなかった。


「君達は確か、薄墨くんと未咲さんだったか。私のことを覚えているのか?」


 声をかけられた灰塚はどこか驚いた様子で首を傾げた。


「初日に自己紹介しましたし、一日姿が見えなかったぐらいで忘れませんよ」

「それもそうか。失礼、まだ寝ぼけているようだ」


 灰塚は短髪を掻き乱すと、眠気を覚ますように残ったコーヒーを一気に飲み干した。


「これから朝食なのですが、もしよかったら灰塚さんもご一緒にいかがですか?」


 コテージの敷地内には、屋外で複数人で食事が出来るよう、大きな木製のテーブルとイスが設置された飲食スペースが用意されている。天候に応じて周囲に屋根や壁が展開されるハイテク仕様で、昨晩も小さな小屋となって雨をやり過ごしていた。そのため雨上がりの朝でも、椅子やテーブルを、濡れや湿り気の不快感なく使用することが出来る。話し好きや社交的な宿泊者が多いことも相まって、コテージを利用して以来、宿泊者同士が食事を持ちより、交流を深める場として活用されている。


「そうだな。有難く同席させてもらうよ」


 コーヒーを飲んで幾分か落ち着いたのか、灰塚は雪緒の提案に頷き、コテージの中に引き上げていった。これから朝食の支度をするのだろう。


「薄墨さん、朝食のメニューはお決まりですか?」

「いいえ、特には。適当にパンに何か塗って食べようかと」


 各コテージに様々な食材や、高性能な調理設備が整えられているが、あまり自炊の習慣がない改は設備を持て余しており、冷凍食品やパンにジャムを塗るなどして食事を済ませていた。現実でも朝はパンなどで簡単に済ませてしまうのが日常で、夢でもその感覚の延長線上にいる。


「パンも美味しいですけど、たまにはお米なんてどうですか? 昨晩たくさん炊いたので、ご馳走しますよ。焼き鮭や解凍したタラコを入れて、おにぎりにしましょうか。お味噌汁もおつけします」

「いえいえ、そこまでして頂くわけ――」


 いいかけて、改のお腹が鳴った。大学生になって一人暮らしを始めて以来、朝食に米を食べる習慣がすっかり無くなってしまっていた。米は嫌いじゃない、むしろ大好物だ。出来たてのおにぎりと温かい味噌汁を屋外でいただく。あまりにも魅力的な提案だった。理性では甘えてばかりはいられないと遠慮した瞬間、体はまったく真逆の反応を示してしまった。


「あらあら、体は正直ですね」


 上品に笑う雪緒を前に、改は赤面して顔を逸らすことしか出来なかった。


「……その、ご馳走になります」


 下手に取り繕う方が圧倒的にカッコ悪い。夢の恥はかき捨てと考え、改はありがたくご相伴に預かることにした。


「食べさせ甲斐があって嬉しいです。簡単な準備を手伝ってもらってもよろしいですか?」

「もちろんです。俺は何をすればいいですか?」

「私がお米を握っている間に、お味噌汁を温めておいてください。作り置きした物が冷蔵庫に入っていますから」


 作業を振ってもらえたことはむしろ有難かった。ただご馳走になるだけでは胸が痛む。


「では、私のコテージにご案内しますね」

「お邪魔します」


 雪緒のお招きに預かり、改は一号コテージに上がった。


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