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第1話 百色島コテージ

 満点の星に彩られた穏やかな夜。宿泊客たちはコテージの外に出て、焚火を囲んで談笑していた。中にはハンモックに横たわり、贅沢に星空のスクリーンを満喫している者もいる。


 百色島ひゃくしきじまという名の小さな無人島一つを丸ごと宿泊施設とした八軒のコテージは、完全会員制の最高グレードで、管理者不在でも最先端のIOT家電がコテージでの生活を全面的にサポートしてくれる。用意された高級食材ももちろん使い放題で、無人島でありながら、何不自由ない時間を約束してくれる。端的に表現するとここは、無人島という特別感を楽しむためだけのとても贅沢な空間なのだ。


「普段は高層階で生活しているのに、ここで見上げる星の方がずっと近く、美しく感じられるよ。これまではインドア派だったけど、こういうのも悪くないね」


 高級ワインを片手に、朱雀すざく錬治れんじが上機嫌に天を仰ぐ。年の頃は三十代前半といったところ。あっさりとした顔しているが、表情は活き活きとしていて声もよく通る。キザな台詞が胸焼けしない、独特な愛嬌があった。


「皆さん普段は、アウトドアは嗜まれますか?」


 陽気で話し好きな朱雀が話題を提供し、その場を回し始めた。


「家族や夫にもそういう趣味は無かったので、今回が初めての経験ですわ。最初は無人島で生活なんてどうなんだろうと思いましたが、ここのコテージは何でも揃っていて便利ですね。こういう体験なら何度でも大歓迎です」


 ブランケットを膝に乗せた上品なご婦人、しば菖蒲あやめもすっかりここでの生活が気に入った様子だった。普段一緒に生活している夫の元を離れ、一人でコテージに宿泊し、他の宿泊者達と交流を深める。お嬢様育ちの菖蒲にとっては、全てが特別な経験だった。


「アウトドアに興味はあるのですが、事情があってお肌に傷をつけるわけにはいかなくて。これまでは憧れだけで終わっていました。今回は制約から解放されて、思う存分羽を伸ばせています」


 色白な美女、未咲みさき雪緒ゆきおが髪を耳にかけながら、無邪気な少女のように声を弾ませる。焚火に照らされた美貌と愛嬌ある笑顔の組み合わせは強烈で、居合わせた男性陣はもちろん、女性陣も思わず見とれてしまう程、彼女の姿は画になっていた。


「大学生の頃は仲間とグランピングに行ったこともあったけど、社会人になってからはご無沙汰ね。不規則な生活かつ、まとまった休みが取れなくて」


 ショートヘアと切れ長な目が印象的な藍沢あいざわ茉莉まつりが、苦笑交じりに肩を竦めた。また皆で遊びに行こうねと、笑顔で約束したのはいつのことだったか。一緒に出かけるどころか、今となっては関係そのものが疎遠だ。当時の友人同士では今でもコミュニティが続いているが、仕事柄生活が不規則になりがちな茉莉は集まりに参加する機会が減り、自然とフェードアウトしてしまった。当時の仲間達の間では約束はまだ生きているのかもしれないが、恐らくそこには茉莉の姿はない。


「僕は完全にインドア派だけど、思わぬ形でこういった体験が出来て満足しているよ」


 端正な顔立ちのフランス人の青年、フェルナン・ルージュが、マシュマロを櫛に通して火で炙り始めた。ここでの体験はとてもリアルで、こういう活動も悪くないなと、新たな気づきをたくさん与えてくれる。


「自分はアウトドア以前に完全に無趣味で。というか、何かを楽しんでいる余裕がなくて。身も蓋もない話しっすけど、柔らかいベッドで眠って、高給な食材を食べて。今の状況そのものが最高っすね」


 まだ若いが隈が濃くてどこかやつれた印象の青年、桃園ももぞの路輝みちてるは早口で言うと、普段は触れる機会のない高級なワインを、ハイペースでグビグビと流し込んでいった。


薄墨うすずみくんはどうだい。普段はアウトドアはする?」


 朱雀は最後に、ハンモックに横たわって星を眺めていた青年、薄墨うすずみあらたにたずねた。


「けっこう好きですよ。バイクが趣味なんで、キャンプ用具一式を装備して遠征したり。少し前に事故ってしまって、最近は乗れていませんが」


 幸い大事に至ることはなかったが、今も経過観察で通院していて、まだまだ記憶に新しい。上体を起こした改は無意識に頭を擦った。


「バイク事故なんて昨今じゃ珍しいよね。何があったんだい?」

「ちょっと、朱雀さん」


 負傷に関するデリケートな話題にも関わらず、朱雀は遠慮する様子を見せない。流石に踏み込む過ぎではないかと茉莉が制したが、当事者である改が「大丈夫ですよ」と頷いたので、話はそのまま継続された。


「それこそキャンプの帰りだったんですけど、峠道を走っている最中に野生の鹿が飛び出してきて。咄嗟に避けて接触は免れましたが、バランスを崩して転倒しました。幸い軽傷で済みましたが、バイクの方は駄目でした」

「もしかして、レトロバイクかい?」

「はい。亡くなった祖父から譲り受けたバイクを、エンジンや排気周りを、現在の環境基準の物に取り換えて使ってました」


 近年発売されたモデルには事故防止のための緊急アシストプログラムが標準装備されており、バイク事故は年々減少傾向にある。旧型車にプログラムを取り付けることも可能だが、専用パーツによるボディの総取り換えが要求されるため、高額かつ、旧型車のロマンの部分が大きく損なわれてしまう。旧型バイクにも緊急アシストプログラムの導入が推奨されているが、現状ではまだ努力義務なので法的拘束力はない。それでも、数年以内には法整備が成される見込みで、環境は一つの転換期を迎えようとしている。


「レトロとは興味深い。もしよかったらこれまでバイクで行った場所の話とか、色々と聞かせてくれないか?」

「俺は構いませんが、皆さん退屈じゃありませんか?」


 レトロバイクでツーリングするのは改にとっては日常の一部だし、毎回何か特別なドラマが起きるわけでもない。期待に沿える自信はあまりなかった。


「夜は長い。そうかしこまらずに聞かせてくれよ。皆さんもいいですよね?」


 反対意見は出なかった。レトロバイク乗りの若者というのは珍しく、普段覗く機会のない世界に誰もが興味津々といった様子だ。


「分かりました。では、自分でもよく話しのネタにしている、去年の夏の北海道のツーリング旅行の話でも」


 改の語りを肴に、コテージの夜は更けていった。


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