たいせつなまき
雪の降りしきる寒い日に、町を怪物がおそいました。
公式企画『冬の童話祭2025』参加作品です。
武 頼庵(藤谷 K介)様の『24冬企画 冬の星座 (と)の物語企画』にも合わせて参加しています。
雪がしんしんとふる寒い夜、ある町に一匹のおそろしい怪物があらわれました。
頭はライオン、体はヤギ、せなかにはワシの翼。そしてしっぽの先には毒ヘビがついています。
その怪物の名前は、キマイラといいます。
町の兵士たちは力を合わせて戦いましたが、キマイラの体はとてもかたく、剣も槍もおれてしまいます。
弓で矢をいっても、はね返されてしまうのです。
この夜は、やっとのおもいで追い払うことができました。
でも怪物はまたくるでしょう。
「このままでは町があぶない!」
兵士たちは、キマイラを退治するために立ち上がりました。でも、ふつうの武器では太刀打ちできません。
そこで、兵士たちは町はずれの森に住む勇敢な狩人、オリオンに相談しました。
オリオンは大きな体と強いうでを持つ男の人で、かつてライオンをたおしたそうです。
「そのキマイラ、わたしにまかせなさい!」
オリオンは二頭の猟犬をつれて、兵士たちといっしょにキマイラのすみかへ向かいました。
深い森をむけ、けわしい岩山をこえると、小さな湖がありました。
湖の中央には小島があり、キマイラはそこに住んでいます。
兵士たちは丸太をたくさん持ってきていて、小島にわたるためのイカダを作ろうとしました。
けれどもオリオンは言いました。
「イカダを作る必要はない。わたしは水の上を歩くことができる。猟犬たちもいっしょだ」
そして続けました。
「その代わり、君たちはここで薪を組んで火を起こし、温かい食事を用意しておいてくれ」
兵士たちは言われた通り、丸太を薪にして火を起こし始めました。
一方、オリオンと猟犬たちは湖をわたり、小島に向かいました。
小島に着くと、キマイラが大きなうなり声をあげて、おそいかかってきます!
オリオンの猟犬たちは見事な連携でキマイラを追い詰めました。
大きな猟犬はキマイラの翼にかみつき、小さな猟犬はしっぽの毒ヘビに飛びかかります。
そしてオリオンは、かたい棍棒でキマイラを何度も打ちつけ、ついにたおしました。
湖畔に戻ったオリオンたちを待っていたのは、薪の炎でにえたシチューの香りでした。
兵士たちとオリオン、猟犬たちは、温かいシチューをかこんで大きなわらい声をあげました。
町に帰ると、人々は歓声を上げてオリオンたちを迎えました。
そして、感謝の気持ちをこめて、冬の夜に薪の形をしたケーキを作る習慣が生まれたのです。
その後、オリオンと猟犬たちは星になりました。冬の夜空を見上げると、三つの星が大きな三角形をえがいています。
今では冬の大三角として知られる星座です。
* * *
「ねぇねぇ、偉文くん。オリオン座の神話って、こんな話だっけ?」
安アパートでひとりぐらしをしている僕の部屋に、胡桃ちゃんとその妹の暦ちゃんが遊びに来ている。
ふたりは小学生の女の子だ。僕のかいた絵本の案を見ている。
「あたしがきいたお話だと、オリオンはサソリにさされたと思う」
「うん。オリオンの話はいろいろなパターンがあるよ。胡桃ちゃんが言ったのは、オリオンが神様をおこらせて、サソリをけしかけられるんだ。オリオン座は夏の星座で、サソリ座は夏の星座だ。なかが悪いんだね」
その時、胡桃ちゃんの妹の暦ちゃんが口を開いた。
「あたしが知っている神話では、オリオンは弓矢でころされるんだよ」
「うん。暦ちゃんのいったパターンもあるね。オリオンは女神アルテミスと恋仲になって、お兄さんのアポロンに嫉妬される。アポロンはアルテミスをだまして、オリオンに弓矢をいかけさせるんだね」
そう言いながら、僕は冬の星座の図を出した。
「冬の夜空で目立つのはオリオン座の三つの星だね。これはオリオンのベルトだ。近くにこいぬ座とおおいぬ座がある。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスをつないだのが冬の大三角だ」
「ねぇねぇ。オリオンって右手に棍棒をもってて、左手にライオンの皮をもっているんだったかな。なんかそういう絵を見たことある」
「胡桃ちゃん、よく知ってるね。オリオンの神話にライオンとたたかう話があって、最初はそれを絵本にしようと思ってたんだ」
オリオンは海の神様ポセイドンの子だ。その力で水の上を歩けるんだ。
ふつうのライオンだと弱すぎると思ったから、キマイラという怪物にした。
その時、暦ちゃんがくいくいと僕の服のそでを引っぱった。
「ところで、偉文くん。さっき冷蔵庫を見たらケーキがあったんだよ。あれ、食べていいの?」
「めざといね、暦ちゃん。あれを使って、薪の形のケーキにするんだよ。ちょうどいいや、ふたりとも手つだってくれるかな」
僕は冷蔵庫からコーヒー味のロールケーキを出した。
スーパーで買った安いやつだ。これで高級スイーツもどきをつくるんだ。
冷蔵庫から代用クリームを出した。これは水切りヨーグルトとクリームチーズをまぜて作った。
まず、胡桃ちゃんがロールケーキにスプーンを使ってクリームを塗っていく。
さらにフォークを使ってクリームに線を引き、木の丸太のイメージにする。
それから暦ちゃんが茶こしをつかって、ココアパウダーをふりかけた。
丸太の形のケーキができた。お皿にミニサンタの人形を置いてクリスマスケーキっぽくする。
「ブッシュドノエルといって、フランスのクリスマスケーキだ。ブッシュは薪で、ノエルはクリスマスっていう意味なんだ」
説明しながら、星形の楊枝やクリスマスかざり、それに色とりどりのグミを二人にわたした。
胡桃ちゃんと暦ちゃんはケーキにかざりつけを始める。
暦ちゃんは僕の方を見て、ニコッとわらった。
この顔はまた何かへんなことを言おうとしているのか?
「ロールケーキとかけまして、しめきりが近いと解きます」
いきなりなぞかけ? 何だろう?
予想があまかったっていうオチかな。……いや、ロールケーキにする必要はないか。
「その心は?」
「巻きが大事なんだよ」
ロールケーキと時間の巻き、もやす薪も合わせたのかな。
暦ちゃん、ほんとに小学生?