第四話 引き寄せなんて簡単※決して悪用しないでください
O子は作家志望の大学生だった。WEBや公募に投稿していたが、なかなか芽が出ない。
「引き寄せの法則やってみなよ。私、あれで書籍化決まったから」
そんな折、作家仲間のUに会った。彼女はすぐに異世界転生ものが書籍化し、今は本業と二足の草鞋で生活しているという。
「引き寄せ? ちょっと聞いた事あるけど、なんなの?」
「強く念じて、書籍化した結果をイメージ。それに毎日明るくポジティブ思考で、叶った通りに行動するといいから」
「本当?」
という事で実践してみた。動画サイトには引き寄せの法則の動画も多くあり、Sというハイスペックイケメンの会社経営者の動画も面白い。
「よし、やる気が出てきたよ。頑張って新作書こう」
とはいってもポジティブ思考を保てない。日常では細々と嫌な事もある。どうするべきか……。
『呼んだ?』
「へ?」
一人、部屋で新作を書いていたら、目の前に悪魔が現れた。漫画みたいな典型的な悪魔。黒黒しく、頭にツノ。背中も黒い翼。
「不法侵入! 出ていって!」
『まあまあO子ちゃん、ちょっと僕とお話ししよ。俺が書籍化の夢も叶えてあげるから』
「は?」
その甘い言葉にO子は言葉が出ない。そういえば最近呼んだライトノベルでは、主人公がピンチになり「悪魔でも仏でも神でもいいから助けてくれ!」と叫ぶシーンがあった。
日本人はそういう傾向があると思う。O子の祖母もそう。各地のお守り、スピリチュアルリーダーの絵だけでなく、カルトの壺まで買っていた。別にそれぞれに信仰心がある訳ではなく、願いが叶えば何でも良いというスタンス。要するにご利益宗教。現世利益が一番というタイプだった。節操のないご利益宗教は寛容だと思い込みながら。
今、悪魔の甘い言葉に揺れているO子。決して祖母のことは批判できない。
『実はな、引き寄せの法則って嘘なんだよね』
「え、マジ?」
『もちろん、ポジティブ思考自体は悪いもんじゃない。強く信じる事もね』
「ふーん」
『問題は何を信じるか、だ。そして我々悪魔を信じた場合はご褒美あげるから』
悪魔はこれ以上無いぐらい笑みを見せる。
『どう? 契約しない? Uとも契約してるからね。だけど、特別に君にはもっと良い思いをさせるよ』
と言われましても。
答えが出ない。とりあえず保留。悪魔には一旦退場して貰った。
その翌日。今度は部屋に天使がやってきた。もう、なんなのだ。O子はイライラしていたが。
『O子ちゃん。O子ちゃんの小説を書く才能は神様が与えたものだよ』
「は? 神様!?」
そんなワードを言われても。ただただ戸惑うが、こうして二日連続、悪魔や天使を見た。あり得ない話でもないのか?
『本当は神様を愛し、隣人を愛する為にその才能があるの。お願い、才能は自分の為でなく、その為に使って欲しい』
「といっても……。あの、もし悪魔の為に才能使ったらどうなるの?」
天使は大人しい顔をしていた。羽根も綺麗な清らな存在かと思ったら、ブチギレしてきた。天使のイメージと違うのだが。
『そんな事したら死ぬから! 漫画家やミュージシャンで早死にする人が多いの知ってるでしょ? あれは悪魔に才能を売ったから』
「いやいや、本当?」
もっと天使に話を聞きたかったが、時間切れた。
部屋には一人。天使も悪魔もいなくなったが。
ふと、Uの新作が気になり、WEB投稿サイトに行ってみたが。
「え? すごい、Uはまた書籍化したんだ。あ、でも新作って悪魔を召喚した聖女の話……?」
背中がゾッとした。もしかしてUは悪魔と何か取り引き、契約みたいなモノをしているのだろうか。
「引き寄せももしかして嘘? もしかして引き寄せで叶う事は、悪魔に魂を売って契約する事……。要は悪魔に気に入られるかどうかなの……」
もしそうだとしたら、引き寄せの法則など小学生でも理解できるような単純なもの。とても簡単なものだが。
目の前に天使と悪魔がいる。さあ、どちらを選ぶのかと誰かに問われていた気がする。
迷った。散々迷ったが、自分の子供のように可愛い作品を悪魔に身売りするのは嫌だ。
結局、O子は天使を選んだ。
当然、いくらポジティブ思考をしても現実は何の変化もない。
それでも何故か心は平安。Uは編集部にパワハラされWEBで暴露し、炎上していたが、そんな事もどうでも良くなってしまっていた。