第三話 ピラミッドの底辺から見えるもの
A子はごくごく平凡な事務職OLだったが、引き寄せの法則に興味があり、実践中だった。
「ポジティブ思考でいればポジティブな事が引き寄せられる!」
そう引き寄せの本で読んだので、一生懸命実践中だったが、そうそうポジティブ思考など維持できるものではない。ちょっとした事でメンタルが乱れる。それでも一億円を得たいA子は一生懸命頑張ってはいたが、何も変化がない。
強いていえば、臨時収入で一万円が手に入ったぐらい。引き寄せの法則を実践した有名人やインフルエンサーは、やすやすと結果を得ているのに、この違いって何?
疑問に思ったA子はネットで検索を続け、メンタルブロックのせいだと気づく。なら、メンタルブロック解除してくれるスピリチュアルヒーラーの所へ行けばいいんだ。
こうしてA子はスピリチュアルヒーラーの元に行った。決して安くはない金額だったが、一向に願いは叶わない。ネットで著名なヒーラーのところにあちこち行ったのに。
だんだんと疲れてきた。なぜか分からないけれど、心が固く、石になったような感覚があり、周囲との人間関係も悪化中。引き寄せの法則の動画では、ありがとうを百万回いえば叶うともあり、そういった儀式的な、心が伴わない行動も修行のように繰り返してしまう。
いわゆる引き寄せジプシーのような状態になっていた。どこへ行っても、ありがうを言いまくっても満たされない。願いも叶わない。エネルギーが吸い取られているような感覚だけがある。
「もしかして、私、引き寄せのスピリチュアルリーダーの養分になってた?」
心は、彼らに捧げていたのだろうか。いわゆる魂を売る行為。それが分かっても、どうしたら良いかわからない。ただただ虚しいだけだった。
◇◇◇
B子は金持ちマダムだった。家は土地を持っており、田舎で有名な金持ちでもあった。
もう子供も独立した。同時に心にぽっかりと穴。夫は忙しい上、不倫中。心に穴があいていくような虚しい日々。
そんな折、偶然見ていた動画で引き寄せの法則というものを知った。ポジティブ思考でいれば何でも願いが叶うらしい。
「へぇ、面白そう」
そう思ったB子は実践。試しに一千万円の臨時収入を思考していたら、あっという間に願いが叶ってしまった。
「うそ、引き寄せってマジ?」
効果を実感したB子は周囲の友達や知人に引き寄せの口コミをしまくった。B子は美人で憧れてくれる人も多かったから、あっという間に口コミが広がり、スピリチュアルリーダーにも招かれ、動画出演までしてしまった。
「引き寄せはガチですよ、本当に」
この動画はよく周り、スピリチュアル系の講演会やなどの依頼も舞い込むようになり、さらに金回りが良くなった。いつの間にかB子もスピリチュアルリーダーと化していた。
しかし、そうなってから悪い事もあった。長男が事故に遭ったり、次女がホストに騙されて刺されたり。なぜか子供に悪い事が多く起こり、怖い。
知り合いのスピリチュアルリーダーに紹介された神社に行き、お祓いもして貰う。これで大丈夫なはず。
『B子ちゃん、ご契約成立! さらに不幸を起こして、その対価で願いを叶えるよ』
神社でそんな声が聞こえた気がした。
◇◇◇
Sは会社経営者だった。年収も億とあり、ハイスペイケメンとしてもメディアに引っ張りだこだった。
そんなSにも秘密があった。それは悪魔と契約し、願いを叶えてもらっている事だった。
悪魔はこう言う。
『俺と契約して等価交換しないと、いくら引き寄せやっても叶えないよね』
そう邪悪に笑う悪魔にSは逆らえない。これまでも「引き寄せの法則で願いが叶った」とか「言霊の力で成功した」という動画を作って上げていたが、全部悪魔の入れ知恵だった。不思議な事に動画を作ると、すぐに願いが叶う。故に逆らえない。内心は等価交換の内容にビクビクしてきたところだが。
「本当に何で俺を選んで契約させてんだ?」
『決まってるだろ。お前はハイスペイケメンで利用しがいがあるからな。後は金持ちマダムのスピリチュアルリーダーとかと契約してるよな』
悪魔はさらに笑う。
『引き寄せの法則なんて、この世の作りと同じなのさ。ピラミッドの搾取社会よ。底辺の庶民がいくら頑張っても無理だわ。俺はキリストと違い……』
「うん? キリスト? お前、なんか宗教と関係あるのか?」
『いやいや、これは俺の言い間違いだよ。気にすんな』
悪魔はずっと甘い笑みを見せていた。
◇◇◇
C太郎は底辺の男だった。虐待されて育ち、ろくに学歴もない。ルックスも悪い。おまけに発達障害もあり、今は作業所で働いていた。
作業所といってもアニメの原画などの仕事をしていた。時給百円だったが、求めらられている仕事は普通に大変だったが、これも合法。売れない芸能人やヤクザみたいな者も作業所を経営していたが、その動機は決して利用者の為では無いだろう。
作業所には「障害者も仕事で輝こう」というポスターも貼ってあったが、嘘ばっかり。時給百円でどうやって何が輝くのだろう。
仕事も搾取。毎日福祉士たちからパワハラも受けながら、地獄のような日々。
それでも世間はこんな作業所が必要なのだろう。口ではいくら綺麗ごとを言っても内心は差別している。低賃金で奴隷のような仕事をさせながら、社会から隔離される事を望んでいるのだ。こんな所にいても社会参加も自立もできるわけがない。社会の底辺の底辺。恵まれた人間には絶対に可視化されないピラミッドの底。
そんなC太郎だったが、偶然、動画サイトで引き寄せの法則で願いが叶ったという動画を見た。
ハイスペイケメンの経営者が作っている動画で、百万回近く再生されていたが、そいつの顔が作業所の福祉経営者にそっくりだった。
嫌な予感しかしない。
こういったスピリチュアル系には何の興味がないC太郎だったが、詐欺の匂いがプンプンする。
もしかしたら、こういった引き寄せの法則もこの世と同じピラミッド社会かもしれない。
本当はポジティブ思考とか全く関係がなく、動画発信者だけが得するシステム。たぶん、動画発信者が悪魔みたいな存在と契約し、その見返りで願望成就。悪魔はその動画視聴者からエネルギー、魂、心などを吸い取り、パワーアップし、都合の良い人間の願いを叶え、ピラミッド社会を作っている……。
そんな妄想を繰り広げている時、偶然アメリカのクリスチャンが作っている動画が流れてきた。
引き寄せの起源は反キリストの連中が作ったもので、非常に宗教的なもので、素人が安易に手を出すと危険なのだとか。一見カジュアルに見えるが、ニューエイジという新興宗教の亜種らしい。引き寄せで人間の願いを叶えている存在も悪魔。その願望に見合った対価を要求してきて大変な事になるという。
キリストは神を信じる信仰心と愛を要求するが、悪魔はそうじゃない。魂や寿命を要求し、引き寄せで願いが叶ってしまった方が危険なのだという。
「悪魔は自分達に都合の良いイケメンや金持ちの願いしか聞きませんしね。再現性も全く無いです。引き寄せってね、底辺にいる者ほど損をするんですよ。その証拠に障害者が引き寄せの法則で願いが叶ったとかあんまり聞かないでしょう? 悪魔がやってる事に平等、フェア、公正、正義とか無いですからね」
動画はそういっていたが、C太郎は大して驚かない。
「だろうね。そんな事だろうと思ったよ」
C太郎は引き寄せへの興味はなくなり、むしろ嫌悪感しかない。
もっとも変なものに騙されずに命拾いした気分だ。ずっと底辺で生きてきたから、詐欺や搾取に敏感だった賜物だろうか。
引き寄せの法則に騙される人はある意味恵まれているのかもしれない。C太郎は全く羨ましくは無いが、ため息をつきつつ、動画サイトを見るのを辞めていた。