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第二話 願いを叶えたい

 現代、令和の時。


 人々は豊かになったが、心に穴が空いたように虚しい者が多かった。心の穴を埋めるかのように、金、ビジネス、恋愛、整形、推し活にハマるが、満たされないのはなぜだろう。ありのままで、裸の自分でも「愛してる」って言われたい。無償の愛が欲しい。でもそんな愛は一体どこにあるのだろう?


◇◇◇


 A子は仕事帰り、書店へ向かった。別に小説や漫画は読まない。ビジネス書や自己啓発本が大好き。事務職OLで働いていたが、FIREや副業や起業にも興味がある。意識は同世代の若者よりは高かったのかもしれない。


「へえ、引き寄せの法則か」


 自己啓発書を見ていたら、そんな本が目についた。ビジネスパーソンもよく利用している法則らしい。中身をペラっと捲ると、良い気持ちは周波数が高く、そんな気持ちに引き寄せられるように良い事(昇給、出世、結婚)などが起きるという。


 気になったA子は書店の検索機で他の引き寄せの法則の本も調べてみた。


「え? 他の引き寄せの本って精神世界や宗教のコーナーにあるよ。なぜ?」


 A子は首を傾げたが、その理由はわからない。とはいえ、ビジネスパーソンもハマっている法則が、まさか宗教関連という事もないはずだ。A子は最初に気になった引き寄せの法則の本をレジに持って行った。


「これで私の願いも叶うといいよね」


 能天気に笑いながら。


 ◇◇◇


 Sは会社経営者だった。年収は普通の人の何倍もあり、いわゆる勝ち組。若くして成功し、みんなから羨ましがられていたが、別にそうでもない。会社経営というのは、一般の正社員や国家公務員のように保証も何もない。時には「運」や「見えない力」のようなものに縋りたくなり、スピリチュアルを徹底的に学んでいた。


 一般庶民は知らないだろうが、こうしたハイスペ層はなぜか宗教やスピリチュアルにハマっているものが多い。理由は全くわからないが、知り合いの経営者も全員、スピリチュアルが大好きで、引き寄せの法則も好きだった。一説では人間の努力だけで稼げる金額は年収二千五百万までと言われている。


 なのでSも部屋で一人良いイメージをし、よりビジネスが発展していく様子を深く深く考えていた。とにかく金を儲けたい。底辺の負け組になるのは嫌だ。そんな焦燥感もあった。本心としては上には上がいる途方もないデスゲームをやっている気分だったが。


「これで俺の周波数ってやつも上がり、願いが叶うかね?」

『ねえ、呼んだ?』

「は?」


 目の前に悪魔がいた。これは驚き。真っ黒い格好で頭にはツノ。ばぜか怖くない。そういえば子供の頃もこんな不思議な存在が見え、よく親に精神科に連れて行かされそうになっていた事も思い出す。今は成功したハイスペ社長なので、誰もそんな事はしないが。


『Sの願いを叶えてあげるよ』

「マジで? でもこういうのって対価を差し出すって感じでは?」

『そうだよ。見えないスピリチュアル世界の力を借りたければ、必ず捧げ物が必要なのさ』


 悪魔は契約書を見せてきた。契約すればビジネスでの成功は保証する。ただ、その対価とし子供や子孫は障害者となり、とても苦しむ事が記載されていた。


『どう? いい契約でしょ?』


 悪魔はハチミツのように甘い笑顔。


『まあ、対価はあるからね。よく考えて契約してね』

「まさか経営者仲間の子供や孫に障害者や引きこもりニートが多いのってお前のせいか?」

『ご名答! うん、彼らも大概僕たちと契約してる。だから対価をもらっているのさ』


 悪魔はさらに甘い笑みを見せてきた。幸い、Sには子供はいない。現実味にない対価だ。さっそく契約書に印とサインを書いた。


『ありがとう。実は願いってこういう契約でしか叶わないんだ』

「マジか」

『いくら庶民が引き寄せの法則やスピリチュアルやっても無駄なんだよね。契約しないと』

「ちなみになんで俺を選んだ?」

『決まってるだろ。ハイスペでイケメン。僕たちの利用しがいがあるから』


 しかしこんな悪魔に願いを叶えるパワーってあるのか?


 どうも頼りない。その力の根源はどこから手に入れてる?


『まあ、さっそくだが、契約の印として、Sはとある動画を作って欲しい』

「は? 動画?」

『うん。引き寄せの法則をやったら願いが叶ったという動画を作って欲しいんだが』

「いや、さっき庶民は意味ないって言ってなかった?」

『いいから、さっさと作れよ!』


 なぜが怒鳴られた。もう逆らえそうになく、仕方なく、悪魔の言う通りの動画を作った。


 不思議なことに動画はよく見られた。同時にビジネスも成功し、目標金額まであっけなく到着。


「すごい、契約の力か?」


 ◇◇◇


 とある悪魔は地上を彷徨っていた。とにかく人間が大嫌い。聖書や聖書の神も大嫌いな。引き寄せの法則も先輩悪魔が人間に入れ知恵をして作らせたものだったりする。


『お、あのSっていう会社経営者のハイスペ。これは我々の悪魔的思想を広めるのにぴったりな逸材。よし、姿を見せて契約までいくか』


 Sとはまんまと契約成立。まあ、子孫を不幸にするという対価はいただいたが、嘘もついた。Sの寿命も対価としていただくつもり。Sが死ぬのは十年後という契約だったが、わざわざ教えてやるつもりもないだろう。


 もっともこの十年の間で聖書の神に気付いたのなら契約破棄できるが、この日本ではまず無理。よっぽど不幸な目に遭わないと悔い改めまではいかない。だから逆にSには成功させる予定だった。


 とはいっても悪魔にそんなパワーはない。パワーを得るためには、人間の「念」「心」「時間」などが必要だった。究極は「命」、つまり生贄が一番美味しい。


 という事でSに「引き寄せの法則で願いが叶った」という動画を作らせた。そうする事で視聴者の人間から、パワーを吸い取るのだ。


『お、あのA子ちゃん。熱心に引き寄せの動画とか本とか見てるな。でも彼女は何の利用価値もないから願いなんて叶えないよ。契約もしないよね』


 悪魔はそう言いながら、A子からのエネルギーを吸い取っていった。


 ◇◇◇


「おかしいな。引き寄せの法則通りにポジティブ思考で頑張っているのに、願いが叶わない」


 A子はSという会社経営者の動画をリピートしていた。イケメン会社経営者で、引き寄せの法則を実践したら願いが叶ったという。


 100万回以上再生されている人気動画だ。まさかこの動画が嘘を言っていると思えない。本屋に売ってた引き寄せの法則の本は、ビジネスパーソンも利用していると書いてあったし。


「もしかして引き寄せの法則って宗教か何かみたいなもんだった? あれ? そんな気がしたけどまさかね……」


 首を傾げているA子を見ながら、悪魔は大笑い。こんなA子は単なる庶民で利用価値はないから、願いは叶えない。でも、聖書やキリストに気づかれるのも困るから、一万円の臨時収入だけ与えておいた。


 まるで政治家が貧乏人にばら撒きするような気分だ。まあ、やっている事は似たようなものか。


「やっぱり引き寄せって本当?」


 一万円札を手にしたA子を見ながら悪魔は思う。


『実に愚かだね。こんなご利益大好きな奴は、聖書もキリストも全く気づいてないね。日本人って我々に都合良すぎないかね? チート?』


 悪魔は大笑いをしながら、また次のターゲットを探し回っていた。

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