第一話 日本人の99%は知らない
むかし、むかし、天国はとても美しい場所だった。天使たちの讃美歌が溢れ、神様と共に平和と秩序、愛も満ちていた。
そんな中、天使長のLの歌声は大変美しかった。歌声だけでなく、容姿も。金色の長い髪の毛、琥珀色の目、長いまつ毛。背も高く、美しい羽根を広げて歌う姿は、どの天使よりも目立っていた。
ふと、Lは讃美歌を歌いながら考えた。
「こんなすげー美しい俺が、なぜ神様を讃えているんだ?」
天国の花畑へ行き、手鏡で自分の姿を見る。どこからどう見ても美しい。
「ああ、俺の方が神じゃね? 神になりたいかも……」
「何やってんだよ、L」
そこに同じく天使のミカエルがやって来た。ミカエルも優秀だが、歌の上手さはLに敵わない。
「今日も神様に讃美を捧げられて楽しかった。ね、Lもそう思うでしょ?」
無邪気に喜ぶミカエルを見ながら、Lはイライラ。どうにか口の中を噛みながら、本心を隠し、笑顔を作る。
「あ、L、そう言えばこんな噂を聞いた?」
「噂?」
「うん。神様がご自分の似姿の子供を新しく創造するそうだよ。その為に地球という場所も創造して動物とか自然とかもいっぱいの美しい場所にするんだって。素敵だね。僕もどんな動物がいいかって神様に聞かれちゃった」
「は? 神の似姿の子供を創造する? 天使じゃないのか?」
天使は神が「天使よ、あれ!」と宣言すると同時に生まれていた。神は言葉で何でも創造する事ができた。言葉だけでなく、イメージングや思考だけでも簡単に創造出来たが、こんな能力は天使にはない。
「うん。天使じゃないよ。神様に似てる子供で、言葉、イメージング、思考などで現実をクリエイトする力も受け継ぐんだってさ。もちろん、神様じゃないから時間はかかるけど、クリエイティブな活動が出来るんだって。絵とか物語とか創れるそうだよ。天使は神様の使いだから、そんな力は必要ないけどね」
ミカエルはそう言って去っていったが、鏡に反射するLの顔は歪み始めていた。
「まさか、そんな……」
Lは美しい。実際歌も上手いが、言葉、イメージング、思考で現実創造する神のような力は一切なかった。讃美歌も作詞作曲していない。まして「天使、あれ」などと言っただけで、それを生み出す事はできない。0→1は神にしかできない事だった。
「許せない。俺の方が美しいの! 神様に先に仕えていたのもこの俺だ!」
だんだんとLの中で「自分こそ神だ」という思考が生まれていた。讃美歌を捧げられるのも、チヤホヤされるのも絶対に自分だ!
そう考えたらLは仲間の天使たちを率いて神に勝負を挑んだ。
しかし、神と直接対決までいかず、ミカエルにボコボコにされて地上に落とされてしまう。
もう美しい天使の姿はどこにもない。真っ黒で臭い悪魔の姿になっていた。
◇◇◇
「光、あれ!」
神は順調に地球とやらを創造し、動物や自然だけでなく、自分の似姿の子供を創造していた。しかも二人も。アダムとエバという男女だったが、裸で地上を駆け巡り、ろくろく働かなくても食べ物も全部ある環境だった。仕事も生きがいや趣味に近い。まるで楽園だ。
これを見たLはさらにキレた。何とかして人間を自分たちの仲間にしたい。でも、ガードが硬く力もあるアダムを狙うのも負けそう。という事で弱そうなエバに近づき、嘘もつき、誘惑した。
「エバちゃん♪ この禁断の果実を食べると目が開き、あなたは神のようになれます!」
悪魔の言葉に従った人間は、神の似姿、神の子供という特権がなくなった。何をやっても願いなど叶わなくなってしまった。動物も自然もそんな人間のせいで呪われた。そもそも神とも簡単に会えなくなってしまい、楽園のような土地から追放されたのだ。
こうして人間の堕落に成功させたLは、さまざまな嫌がらせを行なっていたが、二千年前。Lは神に屈辱的な敗北を受け、人間には「嘘」と「誘惑」という作戦しか取れなくなった。
しかも神の方は「聖書」という書物を編纂し、悪魔の手口も全部暴いていた。おまけに世界が終わる時、Lは地獄に放り込まれる事も確定し、それまでの間しか活動できない。死刑宣告をされたようなもの。
「くそ! どうにか人間から神を引き離し、アダムとエバの時みたいに誘惑して堕落させたいわ!」
Lは地団駄を踏みながら、神が作った聖書というものを見てみた。
「この書物、本当に腹立つなー。俺が光の天使のフリして誘惑するとか、アダムとエバ事件の詳細も全部書いてあるじゃねーか! くそ、二千年前、イエスが成し遂げた事も全部書いてあるんですねー? 俺がまるで雑魚みたいじゃねーかよ!」
Lはイライラしながらページを捲る。自分達ははっきりと「悪魔」と表現され、人間への神の愛情もわかり、ギリギリと奥歯を噛む。嫉妬で気が狂いそうだ。一応翻訳家も惑わし、特に日本語聖書は変なところもいくつか作らせてはみたが、根本部分は改竄できなかった。もし悪魔が聖書改竄しようものなら、神からの裁きの日が早まってしまう可能性があるのでできない。こんな偉そうにしているLだったが、結局は神には全く逆らえない。ただし、人間が神に背いた時、比較的好きなように活動できるのが、神が決めたルールだった。
「あ、そうか。でもこの聖書を歪ませ、神と信仰と罪を抜いて、俺達に都合よく使うっていうのはどうかね? ご利益宗教っぽく『引き寄せの法則本』って感じで。俺も神の真似事が出来るし、グッドアイデアだわー」
そんなアイデアが閃いたLは、さっそく人間に近づいた。悪魔は人間の目に見えないが、特定の条件が揃うとコンタクトが取れる。
『願いが何でも叶う法則を教えるよ。アファメーション、イメージング、ポジティブシンキングで波動を高めるんだ。そうすると、まるで神のようになって簡単に願いが叶うから』
さらに人間の耳元に近づき、思考を吹き込む。アダムとエバ事件の時のように、弱い女の方を重点的に狙う。スピリチュアルや占いにハマるものが女性ばかりなのも理由がある。霊感が強いからでなく、実はその点が脆弱からだ。
『そう、あなたは神になれるよ』
最後に悪魔しか言わない誘惑の言葉を人間に吹き込み、大満足。
引き寄せの法則の起源は、悪魔の私怨だったとは知らない人も多いだろう。特に日本人の99%は全く知らない事だった。