プロローグ
わたしの身体は、鉄と歯車で出来ています。
とはいえ、人と違うところを説明しても、わたしの内部構造以上に大きな違いはありません。わたしの外見は成人女性をモデルに作られており、肌に触れてもシリコーンの弾力と蒸気管の温もりを人肌のそれと錯覚するでしょう。
けれども、他にも違うと感じるところもありました。
例えば、人は昔のことを忘れます。
忘れないために、あるいは思い出せるように、日々の記録として日記を書く人もいます。
わたしの記憶装置は、過ぎ去りし日々の出来事を事細かく記録して、容量の許すかぎり忘れることはありません。わたしが人とは違うから、わたしが鉄と歯車で出来た絡繰人形だから、日記など必要ないと思っていました。
そんなわたしが、今、こうして日記を書いているのですから未来はわからないものです。
日記の必要性を感じなかったのは、人と違うからではありません。当時のわたしは、日記に書けるほどの……いいえ、日記に残したいと思えるほどの過去を持ち合わせていませんでした。
日記とは、生きていた証なのです。
さて、書くと決めましたが、なにから書けばよいのでしょう。
まずは、そうですね。わたしを語るうえで欠かせない、ふたりについて書くことにしましょう。一人目は、わたしの主であり、わたしの生みの親。わたしを作り出した絡繰技師の少年、ククリ・シュベイン・アサーラン。二人目は、ククリ様の友人でありわたしの友人、ビオラ・ツェン・ノヴァ。ククリ様とビオラ様は、わたしの記憶の中心にいます。
わたしが生まれた日――より正確には、わたしが起動された日にも、ククリ様とビオラ様はわたしの側にいました。
わたしの心臓……一般的には蒸気機関という呼びかたをします。あかく煌々とした火がともり、燃料の石炭が焼べられた、あの日、わたしは生まれました。まずは、わたしが生まれた日について書くことにしましょう。




