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いつもの部屋

作者: オトヒト

 少し前から何度も同じ夢を見るようになった。

 夢の中で俺は大きな一軒家に一人で住んでいる。実際には知らない家だ。実家とも友達の家とも違うし、どこか名家のお屋敷といった感じの大きく古い家。俺はその大きな家の中で、たった一つの部屋でしか生活していない。

 怖いのだ。他の部屋に行くのが。

 その家には何とも言えない得体の知れない怖さがあった。



 夢から覚めた後、俺の心臓はいつも早鐘を打っていた。気分の悪い目覚め。他の夢なら起きてしばらくすると大抵忘れてしまうのに、その夢だけは強烈な印象で脳裏に焼き付いて離れることはなかった。

 それが理由かどうか分からないが、何度もその夢を見るうちに、俺は夢の中で「これは夢なんだ」と自覚できるようになっていた。

 望んでもいないその変化は、夢の中に漂う恐怖をより一層強いものにした。



「……いつもの部屋だ……」

 夢の中で俺は呟いた。

 畳の上にいつものように座っている。広い部屋だ。10畳以上はあるだろう。周りに何か物が置かれているような気がするが、輪郭がぼやけてはっきりしない。廊下を挟んで、外が見える。しっかりと整えられた庭が広がっている。

 本来なら心落ち着くであろうその景色さえもが、やはり怖い。

 家は静まり返っている。

 自分の心臓の音だけが聞こえる。

 不意に、

 気付いた。

 隣の部屋に繋がっているふすまが僅かに開いている。

 自然とそちらに注意が行く。

 気配がした。

 はっきりとした、人間の気配。

 息を飲む。

 俺は一人暮らしだ。誰もいるはずはない。

 これが夢だと自覚しながらも、一人暮らしという『夢の中の設定』を何故か俺は強く信じている。

 開いた襖の奥を離れた位置から恐る恐る覗いてみる。畳の部屋に、布団が敷かれているのが見えた。襖の隙間から見える布団の部分は真ん中の辺りだけ。両端は襖に隠れている。そう、見えているのは『ふっくらと膨らんだ』胴体の部分。

 明らかにその布団には誰かが寝ている様子だった。

 もう一度言うが俺は一人暮らしだ。だというのに隣の部屋で見知らぬ誰かが布団で寝ているという異常さ。

 俺はその場所から一歩も動けないでいた。隣の部屋に近づくでも、その部屋、その家から逃げ出すでもなく、金縛りにあったように動けないでいた。

 俺の位置からは相変わらず寝ている者の顔は見えない。男か女なのか、若いのか年寄りなのかもわからない。

 何もわからない中で、それでも一つだけ確かなことがあった。

 布団に寝ているその者こそ、その家を覆っていた『怖さ』の正体であると。絶対的な『悪いもの』であると。

 襖の先で、嫌な空気が動いた。

 戦慄が走る。

 布団が動くのが見えた。

 何者かが起き上がろうとしている。

 俺は動けない。見たくないのに視線をそらすことが出来ない。

 何者かが立ち上がったのがわかった。

 襖の縁に手がかかった。その手は、白く、人間の肌とは思えないほど白かった。

 俺は、悲鳴を上げた。




 夢はそこで終わっていた。襖がひかれる寸前で目が覚めた。

 その後も何度かあの部屋にいる夢を見たが、決まって同じ場面で目が覚めた。

 何故急にこんな夢を見るようになったのか、原因は全くわからない。心当たりもない。目が覚めてしまえば恐怖もそこまでで、日常生活に影響を与えているわけではない。

 そうだ、気分は悪いが問題があるわけではない。

 ……ないのだが。

 あの夢の続き。

 襖がひかれ、『その者』の姿を見てしまったら。

 俺はあの夢の中から抜け出せなくなるのではないか。

 そんな気がする。

 今はそれだけが怖い。

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