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マナイズム・レクイエム ~Miserable Daemon~  作者: 織坂一
1.魔王討伐の悲願と魔王と少女の願い
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『カレンデュラ』という追跡者

今回から第2話になります。よろしくお願いします。



2年前に『デューラ』で起きた人類と『デーモン』の全面戦争で鍵を握ったのはなにか。そう問われれば、シックは迷わずに『カレンデュラ』の名を挙げることだろう。



「くそッ、この羽虫共! よくもまぁここまで集るモンだな!」



シックが『デューラ』の収容所を後にした後、『デューラ』の国境近くで見張りをしていた『カレンデュラ』の個体が収容所にての異変を察知した。

そのため、シックは脱獄早々『カレンデュラ』と言う自身の敵を仕留めるべく動くのだが、まだこのときは良かった。


自身を襲って来た『カレンデュラ』は一体だけであり、これだけならば十分人型でも仕留めることは可能だからだ。

護身用の銃は収容所に収監されるときに没収されたが、一時的に能力を開放したままだったため、十分殺り合える。


だが、『カレンデュラ』一体を相手にして数分後。この場に50体もの『カレンデュラ』が雪崩のように押し寄せてきた。

そして『カレンデュラ』は段々群れを成し、結果300体と馬鹿げた数がシックを襲ってきたのだ。


無論、人型のまま『カレンデュラ』の大群を相手していれば挽肉にされる。ゆえにシックは魔王としての完全体で彼女らを相手せざるを得なかった。


それに、シックの口にした羽虫と言う喩えは当たっている。

傍から見れば、今シックと『カレンデュラ』が繰り広げている戦闘は、どうみても巨大動物に群れる蝿のような図だ。


ただ、いくら完全体となってもシックが優勢とはなりえない。

何故ならば、『カレンデュラ』は1秒経つごとにシックの肉体を10センチ程削っているからだ。


こんなことが続けば、全身の肉が削がれてしまうのも時間の問題である。

例え弱点部位を備えていなくても、肉体が膾切りにされれば修復するのに60年はかかるのだ。

なにより、シック自身『カレンデュラ』と戦うことを歓迎していないがゆえに今にも心が折れそうだった。


毎秒肉を削がれていく屈辱と痛みで、徐々にシックは人間としての理性を失っていく。と同時に、人間にとっての敵である『デーモン』としての(さが)だけが増長していく。


たかが人間が、死と言う万象に集るとは何事か。

正義など掲げ、いずれ訪れる宿命を否定するなど愚者のすることだ。

どうせみな等しく土に還るのだから、今ここで潰えても同じだろうが――と。



「ならせめて、その運命の(いと)ごと地獄の業火に焼べてやるよッ!」



そう怒号を放つと同時に、彼は足である羽を折って、羽を毒の波へと変質させる。そして飛ばした毒を触手でまき散らすことで、毒は炎へとまた形を変える。

そして、自身に集る『カレンデュラ』達を溶かしていく。



「——ッ!?」



ひたすらシックの身体を削っていた『カレンデュラ』達は異変を察知し、回避行動へと出る。

しかし、今こうして信号に遅れが出たことでシックの勝利が確定した。


『デューラ』の首都を軽く覆っていた巨体は、背丈の低い男へと形を変え、シックは声帯を震わせて、死の唱を紡ぐ。



「1匹残らず天に還って、あの馬鹿に伝えろや。俺はもうなにもしないが、これ以上攻撃するなら、お前を天から引きずり落とすってよ。——“最大火力(フルバースト)術式展開(デプロイメント)”、“死を宣告するはか(Miserable)つて救世主を討った魔王なり(Daemon)”」



シックは今、『カレンデュラ』達に押し寄せる未来ではなく、彼女らが生まれる前へと干渉してこうして形を成す前の存在へと還す。


言ってしまえば、今シックが行ったのは因果を捻じ曲げる行為。

神でさえ、骨の折れる行為を自身の血と能力を削って展開させたことで、なんとか300体の『カレンデュラ』をただの種子へと変える。だからこそこの代償は重い。



「……こりゃ駄目だね、この街もろとも」



既に死の都と化した『デューラ』だが、万人もの死体はほぼ無くなったと言っていい。

シックの足に踏み潰され斑模様となり、シックの撒いた毒に焼かれて溶けた数多の死体と。

シックが薙ぎ払った『カレンデュラ』の肉片にぶつかって、原型を留めないほどバラバラになった死体達。


一方シックも致命傷を負ったため、この場ではしばらく動けなかった。

しかし、6時間ほど瓦礫に身を潜めた後、傷だらけの身体を引き摺って『デューラ』から脱出することに成功。

そんな苦い記憶が今、『カレンデュラ』らの持つ紅く錆びた鎖を通じて、シックの脳内で蘇る。







『カレンデュラ』とは、神であるヘレ・ソフィアが生んだ対『デーモン』兵器であり、彼が直々に改造した特殊な戦闘兵器である。


少女の姿をした彼女らは、小柄ゆえにシックが人型であろうと追跡出来るだけの速さを持ち合わせ、さらにその身軽さから連撃を繰り出すことが可能だ。

例え、総重量100キロの鎧を纏っていようが、彼女らが本気を出せば時速200キロで移動することなど容易い。


しかし、これだけならばシックが手こずることはない。

彼女らの真に恐ろしいところは、シックの攻撃が通りにくいと言う特性である。


彼女らは全身に銀色の鎧を纏い、顔面は仮面で隠していた。

この正装はシックの攻撃手段を制限させるためのものであるがゆえ、シックは『カレンデュラ』に苦戦を強いられていたのだ。



「俺ってばさ、攻撃手段が限られてるんだよね。例えばこんな感じ」



そう言うと、シックは唇を噛みしめては噛み破った箇所から数滴血が零れる。

同時に詠唱を唱えることで、彼の異能が顕現した。



「“能力開放”——“セタ・カウリオドゥース・ゲート・ハーデス”」



口元に滴る血は黒い触手となって、そのまま『カレンデュラ』の首を絞めようと迫るが、『カレンデュラ』の装備するレイピアにて呆気なく切断される。



「だが、本命はこっちだ」



瞬間、シックは距離を縮め、そのまま『カレンデュラ』の頬を目掛けて蹴りを即座に入れるが、これも銀腕を挟まれたことで攻撃の機会が失われた。



「おい、小僧! その千切れた腕をくれ! 自己再生はあの馬鹿の“法”で再生出来ない!」


「でも、そんなことをしたら……ッ!」



少年は躊躇う。

今自分が紅く錆びた鎖からシックの腕を抜き取って投げたところで、『カレンデュラ』がなにもしない訳がないと。


無論、それはシックも痛いぐらいに理解している。だからこそ、今こそ腕を寄越せと腹奥から訴えた。



「早くしろッ! 直に50体は来る! こいつらはそういう習性を持ってんだよ、このままじゃ挟み撃ちだ!」


「分かった!」



少年は鎖に巻き取られたシックの腕に手を伸ばすが、突如鎖は蒸発し始める。

少年は異変に気付き、後方へと飛んで距離を置くが、同時に異変を察知したシックは「目を閉じろ!」と少年に警告した。



「そいつが溶ける様を見れば、失明どころか即死に至る! もう腕はいいからそこでじっとしてろ!」


「でもっ!」



少年はパニックに陥ったのか上ずった声でシックへと反論するが、シックはその反論に耳など貸さない。それどころか舌打ち1つを零して、自身の髪を引き抜いてそれを投げナイフのように鎖へと飛ばす。



「小僧! そこ動くなよ!」



次瞬、シックはバネを打ったかのように少年の元まで駆け寄り、彼を片腕で拾い上げる。

先程ナイフと化したシックの髪は、鎖を腐らせており、鎖は既に液体と化していた。


そしてそのまま、シックはこの場を離脱しようとするが、鉄板を引っ搔いたような音がこの場に鳴り響く。



「なにこの音!?」


「こんぐらいでビビるな。これは『カレンデュラ』の鳴き声と言う名の増援要請だ。さぁて、何百匹湧いて出るかね。こりゃ」



シックに抱えられた少年は声を上げ、シックは喉を鳴らしながら苦笑し、奔り続ける。

だが、少年は徐々に落ちていく速度と上がる息に違和感を覚えた。

恐る恐る千切られたシックの腕へ視線を落とせば、鎖で千切れた個所は石化し始めていた。


まさか、と少年は今シックの体内で起きていることを確信して上目遣いでシックを見遣ると、シックは苦笑だけを返す。

そして、少年は震える声で思わず言葉を漏らしてしまう。



「もしかして、もう細胞ごと固まり始めてる……?」


「ご名答。今固まってんのは千切れた左腕と足だな。もう血の波でサーフィンすら出来ない程に不調だ」


「?」



訳の分からないシックの言葉に少年は、首を傾げる。しかし、その瞬間少年は先程シックが言っていた言葉を思い返す。


俺ってばさ、攻撃手段が限られてるんだよね、という一言を。

少年がその言葉の意味を理解しかけた刹那、シックはケタケタと笑い始める。



「俺さ、『デーモン』とか恐れられてっけど、走るスピードとか膂力とか、人間ぐらいしかないのよね。むしろ非力で運動神経なんてない方なんだわ。でも、自身の体液を利用して上手いこと誤魔化してんの」



並の人間以下の身体能力しか持たない彼が、先程あり得ない速さで地を疾走出来ていたのは切断された首から垂れた血液を足裏に挟んで滑走していたからだ。


他にも、シックが『カレンデュラ』へと蹴りを放った瞬間、シックは靴裏にこびりついた自身の血を利用し、一時的に足を硬化させて頭蓋を砕こうとした。

今行っている移動もその例に漏れず、シックは自身の体液に頼って、攻撃手段を増やしている。



「そんなの俺に言ってどうするつもり? 俺だって超人強化処置なんて受けてない人間だよ?」


「まぁまぁ、愚痴ぐらい聞いてくれよ。今も追加で左腕から流れた血を足裏に滑らせて滑走してんの。けど、足は動かしてないとこのローラーは動かない。つまり……」


「足が完全に固まったら、もう動けないって?」


「そういうこと。だからもう走るのを止めます」


「は?」



少年が声を曇らせた瞬間、少年はシックの足元から伸びた触手に絡め取られて上空へと飛ばされる。その瞬間、シック達を追跡していた『カレンデュラ』が、少年の身体に巻き付いた触手を切り落とす。



「え?」


『カレンデュラ』(そいつら)はな、俺には攻撃してくるがそれ以外の者は助けるって機能が付いてんだよ。だからお前は少し空の旅を楽しんでくれ。だが、お空の旅の料金はいただくぜ。 ―—“汝は魔王(われ)の眷属なりや?”、“真偽を(われ)の前で答えよ”」



そう、詠唱を口にした瞬間、少年の持っていたナイフの柄が黒く光り出す。

ナイフの柄に埋められた紅いルビーは黒い剣と化して、勝手に少年の手から離れ、『カレンデュラ』に向けて放たれる。



「“裁定完了オーダー・コンプリート”——“我が眷属よ、そこの神の使徒の仮面を砕け”」



そうシックが命じれば、ナイフの刃がまるで大岩が当たったかのように『カレンデュラ』の仮面を砕く。



「——ッ!?」


「相変わらず、この信号のバクの修正は出来ないのか。なのに、繁栄を司る神様名乗るのって面白すぎだろ」



仮面を砕かれたことで、一瞬判断の遅れた『カレンデュラ』は再度シックを追撃しようとするが、その頬にシックの髪が針状になったものが刺さっていた。



「コレ、ハ……ッ!」


「チェックメイトだ。後は適当に黄泉路に旅立ってくれ。……例えば、“そのまま転んで頭を打ったりしてな”」



と命令めいた言葉を『カレンデュラ』へと向ければ、そのまま疾走していた『カレンデュラ』は姿勢を崩して地面へと突っ込んでいく。

そして、シックの命令通り頭部を直撃して頭蓋骨が砕かれる。



どうも皆様こんばんは、織坂一です。


プロローグにて多彩かつ万能そうに見えたシックの能力ですが、能力をちょっと解放した状態だとこの程度です。チート属性どこいった。

ちなみに、この『カレンデュラ』さん達は生みの親であるヘレ・ソフィアの育てた花の種子を元に作られています。地味に園芸がご趣味の繁栄神様……。


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