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マナイズム・レクイエム ~Miserable Daemon~  作者: 織坂一
2.魔王救済のために少女は箱舟で魔王を死に導く
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ルタの告白



シックと会ってまだしばらくの頃。

『デーモン』と渾名されていても、左程人間と変わらないことにルタは驚いた記憶を今想起する。


聴こえてくる心臓の音は、穏やかでなに1つ乱れなどない。

とくとくと響くリズミカルな心音に、思わず安堵して瞼を閉じそうになるが、まだルタは怖くて瞼を閉じれなかった。


あの後、足早に少し離れた森まで向かい、その森の一角で2人は体を休めている。

普段であれば、ルタがシックを抱きしめて眠るが、今日は逆であった。


と言うのも、昼間の件でルタを不安にさせたお詫びだと言う。


今日の昼過ぎ。『魔王信仰』が栄えた村の人間を助けたことで、ルタ達はその村に招かれた。

最初はルタが女性を送り届けるだけで話がつくはずが、意外と早く追い付いたシックを見た女性が驚いたことで全てが狂ったのだ。


まさかこんな短期間で『義賊(ロークス)』がシックの情報を多くの街や村に流しているのも意外だったが、本当に事態は最悪だった。


それはこちらが危険な目に遭うといった意味ではなく、助けた女性の住んでいる村が『魔王信仰』が栄えている地だからだ。


ルタも『魔王信仰』が栄えている街の出身ゆえ、『デーモン』の信者は如何なるものか知っている。だからこそ余計にだ。


『魔王信仰』をする者は、大きく2つに分かれる。

1つは死を切望しているか、2つは魔王という存在への憧憬だ。

ルタの育ってきた街は後者であり、立ち寄ったあの村も同じく魔王への憧ればかりが広がっていた。

だからこそ、ああやって『デーモン』と言う存在を持ち上げる。


相変わらずシックはそんな現状に気づかず、信者の厚意に押し負けてしまった。

しかし、自分を中途半端に気遣っていたからルタは腹を立てていたのだ。

いや、今ではもう嫉妬の方が勝るといっていい。


ただ、こんな嫉妬は無意味だと思っていた。

なにせシックは、人を愛せないことに罪悪感を抱かない。その上、人を愛せないのだから、そもそも彼がルタを愛していると言った時点で疑わしいのだ。


だと言うのに、あんな光景を見てしまえば嫉妬心は抑えられなかった。

危険な道を選んだ自分とは違い、女性らしく煌びやかに着飾った女達は嫉妬するぐらいに綺麗だったから。


さらに、内側で抱えていた不安だけが膨らんでいくものだから、無理に酒精を煽って全てを誤魔化そうとした。

けれどもなに1つ誤魔化せず、むしろシックに捕らえられてしまった。


ルタは逃げていたのはずっとシックだと思っていたが、本当に逃げていたのは自分だと知った瞬間、情けなくて涙が零れてしまった。



「怖いよな。俺が逆の立場だったら、怖くて逃げてるよ。だから逃がさない。今すぐ信じろなんて言わねぇから、少しずつでいい……お前も俺に歩み寄ってくれよ」



あの一言が、酷く重い。

本音を言えば、ルタはシックを信用するのをどこか心のうちで迷っていた。


自分はシックを愛している。

そして、シックは自分を愛していると返した。

けれども、もしそれが嘘だったならば、身が引き裂かれるような痛みに襲われるのは分かっていたからルタはずっと目を背けていたのだ。


自分がシックにしろと強いてきた信用と言う行為。それを自分もしていなかったと知らされるともう笑いさえ出てこない。



「……でも、知れてよかった」



嘲笑も苦笑も出ないはずなのに、何故か安堵の微笑だけは出てきた。

あのとき、2人は互いの問題に向き合って、自分が乗り越えるべき壁を直視出来た。


なら、後はその壁を壊せばいい。そう思っても、まだその1歩を踏み出せない自分がいる。

だからこそ、シックは少しでもルタが前を歩けるように、こんな下手な真似に出たのだ。


普段は自分が抱きしめられながら眠っているから、今日は逆な……なんて言われたときは呆れた。

お前はそんなことでしか、愛情表現は出来ないのかと。

しかし、それも仕方ないかと思う。


なにせもうルタは19だというのに、シックから受ける扱いはまるで幼児のような扱いだ。

確かにシックからすれば、ルタは赤子に見えるだろうが、だからこそ悔しいのだ。

何故こんな簡単なことも分からないのかと、ルタはシックの胸に顔を埋める。


ルタはシックを疑っていたけれど、それでも愛していることに変わりない。

だから触れたいというのに、自分はこうすることしか出来ないのが悲しい。

この世で自分だけが『デーモン』の罪業を無効化出来る人間だと言うのに、触れられないのは一体どういった了見か。


しかし、これを明かしてしまえば、全てが終わってしまうから口を噤むことしか出来ない。それもまた悔しいのだ。



「もう、いっそ――」



全部を明かして楽になりたいとルタは思う。

けれども、まだこのままの関係でいたい。そんな複雑な環状線に腹が立って仕方ない。


相変わらず、シックの無事を確認しないとルタは眠れない。

これも昔のことや、シックが死に焦がれているからこその不安からだが、でもこの僅かな時間はルタにとって唯一の救いだった。

なにせ、シックが生きていて自分の傍にいられるなによりの証明だから。



「2度と、私を置いてどこかに行かないでね。アーロン」



そんな切実な願いさえ、寝息を立てているシックには届かない。

いや、そもそももうアーロン・ミセラという男は死んでいるのだ。だからもう会えやしないのだ。


今ここにいるのは、アーロンの不安と世界の敵という役目を押し付けられた憐れな男だ。

アーロンとイコールではないが、それでも自分はシックが好きなのだ。


それを強く自覚して、ルタ・エーデルシュタインの(なか)に刻み込む。

次こそはあなたを救うから。そう呟いて、ようやくルタは目を閉じる。


既に夜更けを迎えていて、朝日が昇るまで後3時間といったところだ。

けれども、まだこの不安だけは消えない。

いっそ不安を明かして楽になりたくとも、今の幸福を維持したいから全部呑み込んでしまう。

そうして、また1人寝ぼける朝を迎える。

後、何度こんな平穏な夜を迎えられるのかとまた恐怖を静かに胸に閉じ込めて。



これで6話は終了になります。

前回の流れからなにが来るかと思ったら、後半が問題でしたね。


今まで色々と謎の多いルタでしたが、どうやらこれはシックがアーロン・ミセラの頃に関係がありそうで怖いですね。となると、彼女もまた彼女で嘘を吐いていることになります。

ここからはもうジェットコースターみたいな流れなので、どうか振り落とされないようにご注意下さい。



【追記】

このタイミングで大変申し訳ないのですが、公私ともに多忙で執筆に時間を取れないため、しばらくの間、この『マナイズム・レクイエム ~Miserable Daemon~』の連載はストップします。

再開はいつか分かりませんが、しばらくお待ちください。


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