完全な死としての再誕
『アミシャ』での一件から2日経った今、2人の平穏な旅は続いていた。
聖都・『ニシア』に向かう際、『義賊』と『カレンデュラ』の二勢力に襲われた件もあって、2人は公共機関を利用するのは止めることにした。
また新たな被害者を生むのは御免であるし、なにより2人も無事に生き残れるかも不明だ。
さらに、ルタからすればあのように第三者を巻き込んでの犠牲を払うことはなによりも避けたかった。何故なら、今のシックの精神状態が起因している。
「……ねぇ、今晩もこの添い寝は続くの?」
今夜の2人の宿は人気のない洞窟である。
寝袋も毛布もなく、ただ2人は身を寄せ合うのだが、それは決して寄り添っていなければ風邪を引くといった話ではない。
どこか不満げなルタの声音に、シックは間延びした声で平然と返す。
「ん? 駄目? なんかムラムラするとか?」
「後で蹴る。……それはむしろそっちがと言うか、何で手を出さないの?」
「えー、蹴るつもり? ならケツあたりでお願―い」
そう答えると、ルタへ擦り寄るシックだが、自身の問いにまずは答えろとルタはシックの脳天に手套を落とした。
「はい、早く答えて」
「……んじゃあ答えますけど、ぶっちゃけた話、俺も不思議なんだよね。なんでこんな身を寄せるだけで満足すんのか。めちゃくちゃ不思議」
「は?」
自身も理解は出来ていない。そんなシックの回答にルタは唖然とするも、勘違いはするなとシックは釘を刺した。
「いや、お前のことは好きよ? でも、お前が隣にいてくれりゃあいい。こうして身を寄せるだけで俺は満足出来るつってんの。多分、1度手を出したらもう戻れねぇから」
「戻れないって……。もう十分戻れないと思うけど?」
「お嬢ちゃんは分からないと思いますが、肉欲とはそれだけ依存性があるんですぅ~。そんな汚い大人の事情をお前はまだ知らなくていいよ」
「なんか俺のことを大分持ち上げてるけど、立場が逆になってない?」
ここ2日で、2人の関係は急激に変化を遂げた。
シックが心をルタに心を許し、ルタが許容したのもあるが、もう1つはこれだ。
つい1日前までは崇拝されるべきはシックだった。だと言うのに、今は完全に立場が逆になっている。
まぁ、それも色々とルタがシックを許容して甘やかしたのも大きな要因なのだが。
だが、それに問題はあるのかとシックは目を丸くする。
「悪い? それとも俺にベタベタされんのは嫌?」
「嫌って言うか……お前はただ俺に甘やかされてればいいんだよ。でもさ、これが人として真っ当なのかは別じゃない?」
ルタは十分に理解している。
自身がしていることは、シックの人道を踏み外す行為であることを。
今まで彼は、殺めた者への罪の意識を抱き、彼らの命と尊厳を取りこぼさないためにも自身を咎めて、罪を背負ってきた。
だが、そんなことをしなくていいと言ったのはルタである。
そんなことは人道的に許されるかといえば、否。
ただこれは個人の気の持ちようだから、そこまで思いつめる必要はない。
ただ、現実から逃げて、優しさと楽の海に溺れることが正しいことであるはずがない。
むしろこれは、失われた命達への冒涜だ。
そう言えばそうだな、とシックが思い返すと彼はぽつりと言葉を虚空に吐き出す。
「確かに俺がしてるのは悪いことだ。だが、お前は言ったろ? 罪を犯した人間でさえ、幸福を享受出来るって。ただ、だからってそうしていい訳じゃないし、俺も理解してるよ。俺は一生化け物のままだ。でも」
「でも?」
すると、シックは指先でルタの頬を撫でる。そして柔らかく笑ってこう告げた。
「見知らぬ誰かに許されないよりも、お前に許されない方が心にクるんだよ。おかげで自分の立場を理解出来るし、罪の意識は前よりある。だが、そのぶんお前に甘えて現実逃避は加速するがな」
「変態かよ……」
ルタは溜息を吐いては、シックの指先を手で軽く握る。
許されないことが楽だなんて、本当は嘘だというのに。
本当は自分自身を理解してくれる人間がいて、そいつが愛して殺してやるというから楽になれているだけなのに。
本当にこの男は局所的なことしか考えられない。しかし、それでもルタはそんな彼をこう思う。
シックが裏をかけないのは、それだけ今まで綺麗なものにしか触れてこなかった証だと。
だと言うのに、そんな純朴な存在を神は、人間は、平然と踏み潰した。
結果、シックは心を壊す1歩手前まで陥った。このことについてルタは神も人間も許さない。
例えなにがあろうとも、この先彼の幼く純朴な面は守りたいという想いが募る中、シックは瞼を閉じる。
「愛してるぜ、ルタ」
「無理して言わなくていいのに。まだお前は俺を好きになれてないのは分かってるんだから」
今も、これだ。
自分を不安にさせないために――いや、もしかしたら平然とこういった空気だから愛を囁けばいいのかと判断したのか不安になるが、ここは前向きに考える。
なんにせよ、シックは人に罪悪感を抱けないが、結局は罪悪感を抱いている。
だから自分を不安にさせたくないという想いもあるし、ただ格好をつけたいだけなのもある。
こんな複雑さに嫌気が射すが、それでもルタは純粋にシックを愛していることは自覚済みだ。
本当に立場が変わったように見えても、一生こいつには勝てないなと思いつつルタもまた目を閉じた。
◆
洞窟の入り口を朝日が射しこむ中、眩しさでシックは目を覚ます。
目を擦って瞼を開ければ、そこにはルタの寝顔が映る。
「ルータ、朝だぜ。起きろー」
そう言って、シックはルタの頬を突く。するとルタはうめき声を上げながら、シックの手を払う。
「もうちょっと……」
「もうちょっとってあなたねぇ……。それじゃあ、いつまで経っても『祭壇』に着かないわよ」
「別に、いいだろ? お前だって俺と一緒にいたいんじゃなぁい……?」
半分夢心地で返すルタだが、その言葉にシックは同意する。だが、本当にそんな余裕などないのだ。
少なくとも、後12日以内に『祭壇』まで辿り着かなければ、ルタの死の運命はまた書き換えられるかもしれないからだ。
本来自身の目で逐一確認出来ればいいのだが、ルタを受け入れたあの日以降、シックはルタの死の運命を視ることが出来なくなってしまった。
彼女の死の運命を覗いても、そこにはただ暗闇しか広がっていない。
こんなことは初めてで、だからこそ怖いのだ。
このまま、ルタが別の形で死んでしまったら自分はどうすればいいのか。そんな覚悟が持てずにいる。
しかし、そんなことは絶対ルタに悟らせまいとシックは誤魔化すようにルタに頬を寄せた。
「そりゃあいたいけどね。でも、『祭壇』の方が安心出来そうだ。なにせニシアでは『魔王信仰』はまだ続いてるんだろ?」
「うん……続いてる。でも、それじゃあ、泥棒猫が増えるだけ……」
「泥棒猫だぁ?」
一体、自分を横取りするなんて奇怪な奴はどこにいるんだと、わざとらしく辺りを見回した瞬間、洞窟の近くで女性の悲鳴が響く。
ルタは何事かと起き上がるが、シックはルタの口元を抑えて洞窟の奥へと引っ込む。
「誰?」
「……最悪だ」
なにが最悪なのかとルタが首を傾げた瞬間、シックは失笑する。そして、今外でなにが起きているかルタへ明かす。
「外に神の使徒が2匹いる。どうやら、神様はお怒りのご様子だ」
「え?」
シックは蝿と言ったが、こうも立て続けに戦闘が起これば相手は誰なのかなど馬鹿でも分かる。
ゆえに、外にいるのは『カレンデュラ』だとルタは察する。だが、同時にこんな疑問が浮上した。
「なんで? シックは今、能力開放をしてないから察知出来ないんじゃ……」
「直々にヘレ・ソフィアの目を通して動いてんだ。あいつはやけに目がいいし、俺の変化なんて一発で見抜ける。……だが、臭ぇな」
「だからなにが――」
相変わらず混乱ばかりが続くルタだが、今一瞬シックは思案しただけでヘレ・ソフィアの意図へ気づいたのか、頭痛を訴えるように項垂れる。
そして、ルタを抱きしめつつ、軽く彼女の頭を撫でた。
「いいか? ここからは俺の想いを疑うな。……いいや、テストしてくれ。俺がはたして浮気せずにニシアまで行けるか試験の開始だ」
ヘレ・ソフィアがシック達に与える試練とはただ1つ。彼らを破局へ導くこと。
要は、ここでルタかシックがなんらかの形でどちらかを見捨ててしまえば、後は自身に都合よく事態が動く。そう見越して、ヘレ・ソフィアはこんな幼稚な真似に出たのだ。
「……なら、テストしよっか。期間は1ヶ月ね」
「は? 1ヶ月?」
「うん」
ルタがそう頷くと、ここを出ようとシックの膝を叩く。
「この1ヶ月間、他の女に目を向けたら一発アウト。俺はお前を見捨てる。でも、もし1ヶ月間浮気しなかったら結婚ね」
「はぁ? 結婚だぁ? 本気で言ってんの?」
「本気も本気。だから早速覚悟を見せてよ」
ルタはシックを振り払うと立ち上がり、荷物を腰に下げてはナイフを抜く。
「それじゃあ、まずはあの女から」
「……了解。シックおじさんの面目躍如も兼ねて行くわ」
2人は洞窟を出て、1度二手に分かれた。そして、そのまま最短ルートで『カレンデュラ』の背後を取る。
「——ッ!」
ルタが『カレンデュラ』の首元にナイフを挟み込もうとした瞬間、『カレンデュラ』はレイピアを持った腕でルタを薙ぎ払おうとする。それを見て、シックは『カレンデュラ』の持つレイピアへと弾丸を撃ちこみ、武器破壊へ持ち込む。
「ほーう。ルタのことも敵とみなしたな? なら、遠慮なくいかせてもらうが、ルタはさっさと女を連れて逃げろ。すぐに追いつく」
「分かった、さっさと来いよ」
「オマエ……ドウシテ、ニンゲンヲ、アイシタ?」
レイピアを破壊された『カレンデュラ』は、紅く錆びた鎖をその手に顕現させる。と同時に放った言葉をシックは鼻で笑い飛ばす。
「なんでかって? だったら聞くが、どうして化け物は恋をしちゃいけないんだい? 別に魔王と人間の恋なんて創作物じゃ珍しくないだろうが」
「チガウ、オマエハ『デーモン』。ヒトヲアイセズ、クチルダケノ、ガラクタ」
そう言えば、近くにて気配を消していたもう一体の『カレンデュラ』がまずはシックを討たんと加勢へと入る。
つい先日に半『魔王』化してみれば、シックにとってこの状況は痛手である。
ここで能力を解放し戦えば、代償を払うことになる。なにより拳銃1つで『カレンデュラ』2体を葬る技量の引き出しも、今のシックには不可能だ。
シックは今自分の置かれている状況も込みで、『カレンデュラ』に対して呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。
「酷ぇ言われようだな。……だが、口には気をつけろ。蝿風情が」
瞬間、拳銃を懐に仕舞ったシックは不気味に口角を上げる。同時に地獄の底から瘴気が流れ込んで来る。
「——エ?」
「ルタのおかげかねぇ、最近調子がいいんだ。蝿2匹潰すぐらい造作もねぇ」
そう言うと、シックは腕を横に振るう。
すると、先程ルタがナイフを差し込んだ箇所に黒い刃が形成され、そのまま『カレンデュラ』の首を裁断する。
「ナ、ニガ……」
急な攻撃に『カレンデュラ』の信号は乱れるが、シックは至って今の攻撃方法は単純だと語る。
「前使った眷属の能力使用詠唱の応用だ。俺は阿呆だが、眷属想いの魔王様でね。だから1度眷属と認識した者の能力と気配は一生忘れない」
あのとき――ルタと初めて出会った夜に『カレンデュラ』に襲われたときのこと。シックは1度ルタの持っていた自身の血で創った鉱石を埋めたナイフを利用して、『カレンデュラ』を仕留めた。
それらが既にシックの中で記録されているため、信者達が持つ特有の武器や素質を自身の持ち物として書き換える。これが眷属を利用した『デーモン』の1つの戦法だ。
ルタの場合、使用している武器がナイフであるためか、ナイフの錬成が可能であった。
なにより、ルタが先程『カレンデュラ』に攻撃を1度当てたため、その状況と『カレンデュラ』が負った傷も利用出来る。
結果、『カレンデュラ』一体の首は地面に転がり、信号の遅れによって初動が遅れたもう一体の眉間にシックは銃口を定めた。
「ちなみにこの弾も改造済み。その薄っすい鎧ぐらい撃ち抜けるぐらいにはな」
瞬間、重い銃声が一帯に響く。
同時に、眉間を撃ち抜かれた『カレンデュラ』は無様に地面へと崩れ落ちた。
しかし、ここで不意打ちを食らうのも嫌だからと先程錬成した黒い刃は数十枚錬成し、それで『カレンデュラ』の身体を串刺しにする。
シックは地面に転がる『カレンデュラ』の首を踏んでは睥睨し、彼女らを通して宿敵へと警告を送った。
「宣戦布告しておこうか、クソ野郎。魔王は愛を喰ったことで強化されてるぞ。もう俺にとっちゃ、ルタとの約束以外全てどうでもいい。俺が人間であろうがなかろうが…人間自体もな」
そうヘレ・ソフィアへ宣告すると、ヘレ・ソフィアもまた嗤う。
「結構。だったら、そのまま愛に狂って腐ればいい。それが最善の策なのかどうか私は保証しませんがね」
ヘレ・ソフィアは口にする。シック・ディスコードなどどうでもいいと。
用があるのは、もう片方のあの少女だと。
どうせ、お前が魔王からただの悪魔に墜ちていくのは見えているから、精々大言壮語を並べていればいいと。
だが、もし本当に強化されているのであれば、その際はある状態まで格を落としてから封印するとたった一言で伝えれば、シックはその言葉の意図を理解する。ゆえにこう言葉を継いだ。
「俺は叶えるさ、あいつとの愛を。無論、あいつも奪わせねぇ。近いうちに新婚旅行をする予定だから、その道中でうっかり会って殺されないように祈ってるわ」
そんなシックのまやかしに似た言葉を、ヘレ・ソフィアは馬鹿がと嘲笑する。
「くっ、相変わらず口だけ達者な不敬者が。まぁいいでしょう、ではまたいずれ」
「ああ、またな」
そう別れを告げると、シックは通信機となっていた『カレンデュラ』の頭を踏み潰す。
実際、シックはここ数日で自身の罪業が強化していることを察知していた。
シックの見立てとしては、自身の罪を正しく理解し、その上でルタへ依存して逃避したこと罪業の強化へ繋がったといったところだ。
逃避といえば聞こえは悪いが、現実をよく知っているからこそ目を背けているということ。
さらに、不要なものを切り捨てたことで、より人間よりも事象へと近づいているのだ。
力の全貌はまだ見えやしないが、下手をすれば『デーモン』はより強化されていくだろう。
それこそ、ヘレ・ソフィアと同等——もしくは完全な死として再誕する。
誰1人残さず、生きる者全ての手綱を常に握るような生殺与奪そのものに。
ええ―――ッ!? マジですか、シックさん! …と言いたいところですが、主人公が愛の力でパワーアップするのは恋愛物語の醍醐味ですよね。
ただ、ヘレ・ソフィアは冗談をかましているだけで、本当に心配なのはルタの方です。
にしても、1000年もカーチェイスしているだけあって滅茶苦茶仲がいいですね、この神様と魔王は。




