神の懸念
今話から第6話となります。よろしくお願いします。
今から1000年前。繁栄神であるヘレ・ソフィアは、因縁の相手であった邪神の監視から解放される。しかし、邪神の監視から解放かれてからすぐ、彼に厄介事が舞い込んできた。
それが、新たな監視対象である断罪者の生誕だ。
ある種これはヘレ・ソフィア本人の責任でもあるが、ラインバレル・ルテーシアと言う青年が『ラジアータ』に招かれた以上、この結末の可能性は少なからずともあった。
本来であれば救世主となるはずの彼が、断罪者と言う悪魔になる可能性。そして可能性はやがて現実となって、新たな災厄を喚び寄せてしまった。
とは言え、断罪者は悪人以外標的にしない。ゆえに邪神のときのように常に監視する必要などなかった。
市井で暮らす一般市民はもちろん、罪なき善人や孤児達も死にやしない。
だが、自身とよく似た“法”の持ち主や自身が許せないと断じた悪人達は、彼の断罪刃から逃れることは出来なかった。
やがて、ラインバレルが断罪者となって出した死者の総数は584万人。
内訳は“法”を用いた異能者90万人、犯罪者144万人、48万人が断罪者の戦いに巻き込まれ、残りの302万人は断罪者の暴走によって鏖殺された。
断罪者が誕生して1年と5か月までは、彼は正義の使徒とされ、悪人達から恐れられていた。
しかし、その後彼が死ぬまでの7ヶ月の間、彼は自壊衝動によって目に留まる人間全てを鏖殺し、邪神以上の害悪となってしまう。
この7ヶ月の間、ヘレ・ソフィアは大分彼に煮え湯を飲まされた。
自身の手で罰を下そうとも、易々と罪業と言う“法”で神の“法”を無効化するその様は正に無敵。
元々、彼が自壊衝動に陥るまで、断罪者は犯罪や略奪行為の抑止力となってくれていた。
それも彼が救世主として育つ素材だったからだが、そんな彼が自らの手で一般人を虐殺し始めたらどうだろうか。
当然、ヘレ・ソフィアは断罪者を生んでしまった責任を取らされることになる。
だが、既に2年前に自身では断罪者を罰すことは難しいと答えが出ているため、彼はラインバレルが耗弱状態である状況を利用した。
断罪者が無敵と恐れられたのは、能力だけでなくその精神性も込みでのことだ。
しかし、彼は自身の精神の支えとなるパーツを自ら捨てたことにより、自壊衝動を発してしまう。
結果、それで多くの人間が彼の暴走によって巻き込まれるのだが、もはやこの自壊衝動だけが頼みの綱だったのだ。
改暦1099年。ヘレ・ソフィアは2年ぶりに断罪者へと接触し、早々に用件を切り出した。
「どうやら、精神が安定しないがために大分参っているようですね。あの『原初の災厄』を殺さなければこうはならなかったものの……。とは言え、苦しいでしょう? なら、一部の人間を救った礼としてあなたの願いを叶えて差し上げます」
ヘレ・ソフィアは取引を行った際、ラインバレルが断罪者から解放されるには自身にとって1番の悪を断罪せよと持ちかけた。
その結果、アーロン・ミセラと言う男が生贄とされた訳だが、アーロンは1度死んでもなお、ラインバレルに抵抗し続けた。
そしてアーロンが決死に抵抗した結果、なんと断罪者が討たれる。
しかも、アーロン――後々『デーモン』と恐れられる存在が罪業を継いだことにより、新たな魔王が顕現してしまったのだ。
無論、ヘレ・ソフィアは即座に『デーモン』を殺すべく動くが、『デーモン』の特性があまりにも厄介ゆえに殺すことは叶わなかった。
ヘレ・ソフィアは対象の運命と進化を止めることが可能だが、そもそも死と言う運命は人間には必須である。
それに死とは人間にとっては必然。常にあるものだからこそ進化などないし、それゆえ策を講じれない。
一方、『デーモン』もこの死の特性と人類を人質に取ったことで、ヘレ・ソフィアの行動を制限させたのだ。
彼らはときに矛を交え互いが互いを削り合うが、1000年経った今でも未だ決着は着いていない。だが、これこそ色んな意味で神にとって都合のいい結果だった。
それに2年前の『デューラ』の首都壊滅の一件以降、『デーモン』もといシック・ディスコードの行動に問題などなかった。
なら後は監視をしつつ、このままいっそ人として生きていくのを期待するのが定石。いや、そもそも1000年前の時点でそうなると思っていたからこそ、ヘレ・ソフィアはアーロンを断罪者の生贄へとしてリストアップしたのだ。
アーロンの性格上、恋人のために死にきれないのをヘレ・ソフィアは読んでいた。
その後に起こった、罪業の“法”による加虐性増長による暴走も織り込み済み。
なにより、その暴走によって後々彼の心を折ることさえも既に見切っているのだ。
では、何故『カレンデュラ』と言う存在を生んだのか。それは至って単純だ。
ヘレ・ソフィアが『カレンデュラ』を生んだのも、『魔王討伐』を容認するのも、『デーモン』が人類の敵であることで人間同士での結束力を失わないがため。
あまりにも強大な敵が生まれたとき、人間はまず恐怖に支配される。
そしてその後、敵によってなんらかの危害を加えられたら、人間同士で手を組んでなんらかの策を練る。
守りに入るか戦うかはさておき、強大な敵が1人いるという状況は人間達の結束を高めることに繋がる。
さらには断罪者が余計な自身の信奉者を屠ったことで、無駄に人の命を捨てる非人道的行為もなくなった。
『デーモン』が生まれて以降、人間達は人間同士で争ったことなど1度もない。
むしろ人間達全員が結束し、『デーモン』を討つと結束力を高めているのだ。
ゆえに、これこそある意味で人間にとって真の平和といえるだろう。
後は、『デーモン』がどこか適当な場所で腐っていれば問題など生じない。
そう。全てはそういった運命に傾けるべく、アーロンは断罪者の生贄とされたのだ。
今や心の折れた魔王は、徐々に人間と化し――いや、畜生と化したと言った方が正しいか。
つい、2日前。『ユタ』という街でシックは自身の心を殺して地獄へと帰還しようとした。
ヘレ・ソフィア的にはそのままシックに地獄に帰って大人しくしておいて欲しかったが、ここであるイレギュラーが起きる。
たった1人の少女の手によりシックの心は救われ、彼はシック・ディスコードと言う存在として生きることを決意する。
『デーモン』ではないし、ましてや人とも名乗らない。
ただ、シック・ディスコードと言う存在としているだけで、自身の立ち位置や種族を曖昧にした。
その結果、彼はどうなったのかと言うと――。
「なーぁ、ルタ。後、どれくらいで目的地の村に着く?」
「歩いて後1日半ってところ。とにかく今日も野宿確定だけど、それでもいい?」
「どうぞご自由に~。俺は別にルタと寝れりゃそれだけで十分なんでな~」
「……きもっ。でもまぁ、盾になるからいっか」
このように、甘く自堕落な蜜壺に浸かっては1人の女に依存している。
確かに人類に危害を与えないのなら、神としては申し分なし。後は勝手に恋だの愛だのうつつを抜かしていればいい。だが、何故か不快なのである。
神は神、人は人。魔王は魔王と立場や種族を重んじるヘレ・ソフィアからすれば、魔王が人同然の幸福を享受するのは見ていて反吐が出る心地だ。
「……全く。まさかここでイレギュラーが混じってくるとは。おかげで厄介な面倒事も増えましたしね」
この事態は、ヘレ・ソフィアが不快かどうかの話では済まされないものだ。
シックの傍にいる少女——ルタ・エーデルシュタインがヘレ・ソフィアからするとどうしても厄介なのである。
彼女はシックを『デーモン』から解放するのが願いであり、現にシックもルタに惚れ込んだ以上、彼女の傍から離れることはない。
ルタが『祭壇』にシックを祀った場合——なにより、シックがそれを許容してしまった場合、『デーモン』と言う存在はこの世から消失する。
そうとなれば、人類は今まで保っていた結束力を失いかねない。そこが問題なのだ。
たった1人を犠牲に大勢を救えるのなら、それに越したことはない。
だが、その人柱とは誰でもいい訳ではなく、神とは言え好き勝手に人柱を選定することなど出来やしないのだ。
ゆえに、ここでヘレ・ソフィアは最後にシックへ接触することを決める。
いいや、シックというよりもルタへの接触といった方が正しいか。
「なにより、あの花嫁は大変危険な人物だ。放置しておけば余計な種を生みかねない。ましてや、新たな楽園を築くことを容認するなど論外ですからね」
そう。ルタ・エーデルシュタインの目的はシックを『デーモン』から解放するだけではない。
むしろその後の方が大事であり、彼が『デーモン』と言う呪縛から解放されて以降、彼女は新たな楽園を望んでいる。
それこそ、神も人も介在出来ない2人だけの理想郷。
それが如何なる害悪になるのかは不明だが、それでも嫌な予感がすると本能が訴えている。
「このまま順当に進めば、後13日も経たず彼女らは『祭壇』へ辿り着く……。なら、いっそこちらから出迎えてやりましょうか」
未だシックの傷は癒えていないが、それでも彼は『カレンデュラ』の上位個体をいとも容易く屠った。
さらに、あのように精神的に依存できる存在が出来れば、『デーモン』としての性を抑え込まれる可能性もある。なにより、暴走はさせまいとルタも抵抗するだろう。
いや、それさえルタは既に織り込み済み。ならば、罪業の暴走によって自滅する策も現実的ではない。
「……結局はまた私自ら出張るのですか。もういい加減にしていただきたいのですがね」
そう自身の座で愚痴を零しながら、ヘレ・ソフィアは天から2人の様子を監視する。
まぁ精々、今のうちに楽と欲を貪っていろと吐き捨てて、今日も彼は神として現存している。
はい。前作の外道担当が、何故シック(もといアーロン)を断罪者の生贄に選んだのかを明かしましたね。生贄リストアップしてるとか、本当に容赦がない……。まぁ、前作とは違うルートを辿ってしまったので、改心なんて一切していないんですよね。
ここら辺の事情については、前作である『マナイズム・レクイエム ~Allrgory Massiah~』を読んでおくと理解が深まるので是非。
後、ヘレ・ソフィアはシックを平和維持のための人柱として見ていますが、まぁシックが暴走する度に矯正として攻撃するというそんな仲です。
にしても、ルタは一体なにをしようとしているんだろうなぁ……あのヘレ・ソフィアが懸念するんですから、相当ヤバい気がしてなりません。




