2.ちょっと若くなりました。
(噓でしょ…。)
1,2歳くらいであろう小さな手を眺めながら私は思考停止していた。
きっとあの電車の毒ガスで、私、田中は死んだのだ。
あれだけの人が巻き込まれたのだからすごいニュースになっているだろう。
でも、この意味不明な状況に一つ心当たりがある。
転生。
私は普通のアラサーOL。
でも、ネット小説を読むのにハマっていた時期があるのだ。
短い小説ならまだしも長編になると待ちきれずに諦めていた。
ここでも飽き性が発揮されたがあれが役に立つとは。
冴えない一般人が死んで転生、キラキラした未来を切り開いて、
「日本」で得た知識やスキルで無双していく話をいくつも読んだ。
(これはもしかして人生をやり直せるチャンスなのでは??)
いつも後悔して、赤ちゃんに戻りたいと何回考えたことか。
今度こそ!なんかすごい人になってやる!
私はぐっと拳を握り締めた。
その瞬間、、、
バコーン!
「ひぅ?!」
「ソフィアっ!ただいま!」
第一印象。青い。
冗談かと思うほど鮮やかな水色の髪の少女が扉を“飛ばして”入ってきた。
金具で固定されていた重たそうな扉が宙を舞う。
ゴンっ
ぶっ飛んだドアはカーペットの上に無事(?)着地した。
「クレアっ!!」
落下した時の鈍い音を聞いてさっきの美しい女性が駆けてくる。
そりゃそうだ。
「ドアは手で開けなさいっていつも言っているでしょう?」
「あははっ!ごめんね!」
あ、常習犯なんだ?!
ぎゅっと抱きついてくる七歳くらいの少女が怖くなってきた。
スキンシップのつもりがうっかり骨ゴキッとかやめてよ?
お姉ちゃん。
ん?オネエチャン?
そうだ。この少女は私の姉。私って一人っ子じゃなかったっけ?
いや。今の「私」はソフィアと呼ばれた幼い子供。
そう理解すると共に二つの記憶がゆっくりと混ざっていった。
三十年近く生きた田中という人間と、
まだ一歳のソフィアという人間。 どちらも「私」なのだ。
「クレア、そろそろ離してあげなさい。ソフィアの眉間に皺が寄ってるわ。」
「ほんとだ。」
おっとっと。考え込んでいるうちに。田中の時も考え事をしてる時には
よく怒ってる?って聞かれてたね。
「ね、母さん、もうご飯?」
「そうね。さっき鐘が鳴っていたわ。」
この世界の時間は鐘が教えてくれるようだ。
その後お姉ちゃん、クレアに手を引かれながら食卓まで歩いた。
まあ、途中で「遅いー」と言って抱っこされたけど。
この家は山小屋のような雰囲気だった。
温かみのある木の感じが落ち着く。
同じく木で出来たテーブルに座るとクレアと母さんが支度を始めた。
二人が並ぶと顔立ちが似ているのが分かる。とても美人。
(髪の色に関しては遺伝子どうなってんのって感じだけどね。)
それから数分で完成した今日のお昼ご飯は
白い、ちゅるんっとした、
うどん。
え、うどんで合ってますよね?この明らかに日本人ではない人達が?
うぉっ。しかも箸まであるんだ。この小さい手じゃ使えないから私はフォーク。
出汁が効いてて美味しいー。
これはあれだね。転生者が料理でみんなの胃袋をつかむ!
みたいなのができないパターンだ。チートよ、どうした。仕事してくれ。
お腹一杯になった私は二人が片付ける音を聞きながら カゴに入ってうとうと。
一歳児の特権だね。
(がんばろう。)
「ふんっ。」
もう、この世界では誰も分かってくれないであろう
渾身のガッツポーズを決めたソフィアだった。
∽◆◆◆∽
「ソフィア、クレア。私が、守るわ。」
かつて傾国の美女、国の宝と呼ばれた美貌を持つ女性は愛おしそうに
大きなエメラルドが嵌まった指輪を長い指でなぞった。
ろうそくの炎がラベンダー色の瞳に反射して、ふっと消えた。