6.晃司side
これは一体……どういうことだ？
桃子は子供が産めない体の筈だ。なのに何故……？
俺は混乱状態に陥った。
起こりえない現実に頭が付いて
「あっ！お父様だわ！」
桃子の娘だと名乗った少女の目は俺を通り過ぎ、その後ろを見つめて手を振る。
「お父様！お母様を見つけましたわ！」
振り返ったそこにいたのは、スラリとした長身の若い男と彼によく似た男の子。そして男は幼児を抱っこしていた。年の頃は二歳か三歳くらいだろうか？こちらは男よりも桃子の方に似ている。事前に『弟』だと言われていなければ女の子と間違いそうなほどの可愛らしさだった。
「探したよ、桃子」
「ふふ、ごめんなさい」
「おや？彼は？」
「お母様のお知り合いの方ですわ。あの鈴木グループの専務、鈴木晃司様と仰るのですって」
「そうでしたか。その節は妻が大変お世話になりました」
男は隙のない身のこなしで俺に向かって挨拶してきた。
こいつ！
「いや……偶然見かけたので挨拶を交わしただけです」
平静を装ってはいたが内心は動揺していた。
「十数年ぶりですからね。鈴木専務は驚いたのではないですかな？」
「っ！」
「桃子、先に楽屋に行ってくれるかい？椿をいつまでも衣装のままでいさせるわけにはいかないからね」
「ええ、構いませんわ」
桃子は男の手から幼児を受け取り、俺に向かって振り返ると「それでは鈴木様、ご機嫌よう」と言って立ち去っていく。二人の子供と共に……。
「も……桃子……」
無意識だった。
俺は手を伸ばそうとしていた。
けれど、俺の指先は触れることを拒まれたかのように彼女に触れることは叶わなかった。
「鈴木専務、妻に何か言伝がありましたら伺いましょうか？」
「……」
俺は何も言えなかった。だが、男の目は鋭く俺を見つめている。まるで『うちの妻に手を出すな』とでも言うかのように……。
男は俺をしばらく見つめてから口を開いた。
「何もないようですね」
「……」
「鈴木専務、あまり外で見苦しい態度をお取りにならない方が賢明ですよ。奥方は何も知らないのでしょう？貴方の海外生活の実態を」
「！？」
男の言葉にドクン！と胸が脈動する。
この男は知っている！！
「脅迫か？」
「何の話でしょう」
「とぼけるつもりか？」
「まさか、僕は誰が何処で何をしようと興味はありません。ただ、それが家族に危害を加えるとなれば話しは別ですがね」
「……」
「痛い腹を探られたくないのなら黙って去るのがよろしいかと。鈴木専務にとってもその方が良いのでは？奥方との間には可愛らしい娘さんもいらっしゃるようですしね」
「……」
「そういえば僕達の娘と同じ歳でしたね。結婚して漸くできたお子さんだとか。それは可愛いでしょう。分かりますよ。僕の場合、妻が子供ができやすい体質だったので、結婚してすぐに授かりましてね」
「こ、子供ができやすい……？」
桃子が子供のできやすい体質だと！？そんなバカな！！俺は反論しかけたが、不穏な空気を感じ取り途中で言葉を呑み込んだ。
「ではまた御縁がありましたらその時に」
男は先程桃子達が歩いて行った方へ去っていった。
その後、俺は暫く呆然とその場に立ちすくんでいた。
まさか……まさか、な。
そんなことは……。
この日から何度も今日の出来事を思い出しては、考える日々を送った。
