26.とある女社長side
≪≫電話
「社長、会長から国際電話がかかっております」
「繋げて」
「はい」
秘書から電話を受け取るとスピーカーボタンをタップして保留する事なく話し始めた。
「――お父様、ご無沙汰しております」
≪鈴木グループの話は聞いたか?≫
電話の向こうから抑揚のない父の声が聞こえてくる。
「はい。ご子息が二度目の結婚をなさったと……」
≪ああ。今度は一般家庭出身のお嬢さんだそうだ……まあ、それはいい。数年前からそうなる可能性があったからな。会社の方は問題ない。鈴木グループとの繋がりもここ数年で少なくなった。この先何があっても我が社への影響は少ないと言っていいだろう。それよりも問題なのは、倫子、お前だ≫
「私ですか?」
≪そうだ。恐らく鈴木家の新しい奥方はお前に連絡を取ろうとするだろう≫
「……ですが、私は彼女とは一度も連絡を取ってはいません」
≪一度も連絡を取っていないが、結婚式の招待状が送られてきた。それも鈴木家からではなく早川家からな。これが何を意図しているかお前にはわかるか?≫
「……」
≪鈴木家の新しい妻は高梨家の跡取りというバックがいると世間に知らしめようとしている≫
「……お父様、彼女にそんな意図はありません。きっと友人として出席して欲しかっただけかと……」
≪いいか、倫子。これは意識的な物なのか、それとも無意識的なのかは、この際、どうでもいい。どちらにせよ厄介な事に変わりはないからだ。……それでなくともお前は彼女と深く交流があった過去がある。社交界に必要な横のつながりを欲していると思われても仕方のない事だ≫
「そんな……」
≪鈴木家の対応は此方でやっておく。もしも、鈴木家の若夫婦から連絡が入っても対応するな。わかったな≫
そう言って父は話は終わったとばかり電話を切った。切られたツーツーという不通音がやけに耳に残った。
父の懸念は理解できる。
私が鈴木君達に巻き込まれないように。
連座で共倒れにならないように。
嘗ての仲間のようにならないように。
ごめんなさい。
私は一人だけ逃げた。
全てを過去にして――――
許されない。
どうか、私を許さないで。
私は高梨家の娘なの。
高梨物産を護っていかないといけない。
大勢の社員達を、その家族を路頭に迷わせない為にも……私は大切な友達を切り捨てた。
九年前とは違う。
今度は私の意志で捨てる。
「社長、会議のお時間です」
「今、行くわ」
秘書に応える形で私は席を立つ。
輝かしかった高校の三年間。
何処までも眩しかった青春時代。
私は今日やっとそれを宝箱にしまい込めた。大切な思い出。誰に否定されたとしても……私にとっては大切な思い出だった。だから宝箱にしまい込んで頑丈に鍵を閉めた。
もう取り出す事はない。
二度と――――




