シャインマスカット(童話)
さきちゃんは果物が大好きな小学2年生の女の子。お母さんとスーパーに行ったときはいつも果物を買ってもらいます。ただちょっと手が出ないのがシャインマスカット。高価なのはさきちゃんもよく分かっていて、お母さんに「買って」とお願いすることはありません。
夏休みのある日、お父さんとお母さんは隣町の親戚のうちへ出かけました。さきちゃんは一人でお留守番です。大好きなテレビゲームを始めたとき、隣のおばさんが訪ねてきました。
「さきちゃん、もらいものだけど、よかったらみんなで食べて」とシャインマスカットをひと房届けてくれました。あの憧れのシャインマスカットが、いまは自分の手の上にあります。「おばさん、ありがとう!」とさきちゃんは大きな声でお礼を言うと、早速きれいに洗って、冷蔵庫に入れました。
「お父さんとお母さんが帰ってきたらみんなで食べよう」。
さきちゃんはシャインマスカットのことが気になりながらも、今度は夏休みの宿題に取りかかります。でも頭の中はシャインマスカットのことでいっぱいです。冷蔵庫の中をちょっとのぞいてみることにしました。きれいな薄い緑色のシャインマスカットが冷蔵庫の真ん中でピカピカに輝いています。
「一粒くらいいいよね」と自分に言い聞かせるように、房から一粒ちぎって口に入れました。するとさわやかな香りが鼻に飛び込み、次の瞬間、口の中いっぱいに冷たい果汁が広がり、やさしい甘さで満たされました。
「うわっおいしい!」とさきちゃんは大感激です。
「もう一つくらいいいよね」と言いながらまた一粒ちぎって口の中に放り込みました。再びあのさわやかなおいしさが口の中いっぱいに広がります。
「もう一つくらいなら大丈夫」またまた一粒つかんでは口の中へ・・・。これを何度も繰り返しました。
「あっ、いけない!」と気づいたときにはとうとう残り一粒になっていました。
「あぁやっちゃった。お父さんとお母さんと3人で食べるはずだったのに」。さきちゃんは反省しきり、肩を落とします。
「困ったなぁ。どうしよう」と途方に暮れているとき、玄関の方から「ただいま」という声がして、お父さんとお母さんが帰ってきました。
さきちゃんは一粒だけ実が残ったシャインマスカットの軸を後ろ手に持ち、玄関に飛んでいきました。
「ごめんなさい」と泣きそうになりながら二人の前で深く頭を下げてあやまりました。
お父さんとお母さんは何のことだかわけが分からずきょとんとしています。
「どうしたの? さきちゃん?」とお母さんが優しく尋ねます。
「あのね、隣のおばさんがくれたシャインマスカットを一人で食べてしまったの」と言いながら、一粒だけ残ったブドウの軸を二人に見せます。
最初、お父さんとお母さんは驚いた様子でしたが、すぐに顔を見合わせて大笑いしています。
お父さんとお母さんは持ち帰った包みをさきちゃんの目の前で開きました。中から大きなシャインマスカットが出てきました。お父さんたちが訪ねた親戚はブドウ農家で、シャインマスカットを栽培していたのです。帰りぎわ、そこのおじさんが「さきちゃんに食べさせて」と、お土産に持たせてくれました。
お母さんは「今夜みんなで食べようね」と言って、もらってきたシャインマスカットを冷蔵庫に入れました。
さきちゃんに笑顔が戻り、「次からおいしいものはみんなで食べよう」と心の中でつぶやきました。