前編
今日は年に一度、王族が主催する『未婚の男女を対象とした夜会』です。
親の地位が高くとも、五女という立場と過去に色々とあったせいで、右目を失明した私には、婚約者候補がなかなか決まらず、いわゆる貴族たちの婚活パーティーと言われるこの夜会に参加するようお父様から命じられました。
今回の夜会はかなり特別らしく、招待状に『できる限りのご参加を』、『大変豪華な景品を用意しております』と書いてありました。
景品は婚約者らしい、という情報をお父様がどこからか仕入れて来ていたのですが、私は信じていませんでした。
あの瞬間までは――――。
「おーっと! 一人目の大当たりが出ましたぁぁぁ!」
カランカラン 高らかにと鳴り響くハンドベルが、嫌に遠くに聞こえます。
「ボレリウス侯爵家のミカエラ嬢のお相手は――――ロースバリ公爵家三男である、イクセル様!」
会場が割れるかと思うほどの歓声に包まれ、あちらこちらから祝福の声が聞こえます。
ですが、私には何がめでたいのか理解できません。
「やあ、ミカエラ嬢」
「……ロースバリ様、お久しぶりでございます」
「相変わらず、美しい夕焼け色をした瞳だね」
なんの因果でしょうか。
私をいじめていた方の元婚約者が、私の結婚相手に決まりました。
◆◆◆◆◆
お茶会や夜会では、仲の良い令嬢たちで固まるのが世の常です。
稀にお一人で壁の花となられている方もいますが。
私は幼い頃から赤に近い瞳を怖がられてしまい、同年代の友人が出来ませんでした。
見かねたお姉様に紹介していただいて、お姉様のご友人であるご令嬢方とお付き合いする日々。
「ねぇ、なぜそんなにおどおどしているの? もっと胸を張りなさいな」
はじめの頃、モシュロス公爵家のローザ様はとても親身に話しかけて下さっていました。
お姉様やローザ様はいわゆる華やかなタイプです。
社交性が優れており、何の衒いもなく様々な方とお話されます。
美しさを追求することが当たり前で、お金に糸目をつけません。
幼い頃に、お父様が執務室で「また新しいドレスを仕立てたのか……なぜ女はこんなにも金が掛かるのだ……」と呟いているのを聞いてしまいました。それ以来、どうしてもドレスやお化粧品など、お金が多く掛かるものを求められなくなっていました。
時折新しいドレスなどが欲しくなりますが、我慢しろと言われれば「はい」と言える程度なので、きっと私にはそこまで欲しいものではないのだと思ってます。
ある日の夜会で、私のそういった考え方や態度が気に食わないのだと、ローザ様に言われました。
お姉様からの紹介でお友達付き合いをして頂いていたのに、と申し訳なくて謝りましたら、なぜか頬を叩かれてしまいました。
「だから、そういうところなのよ! もう二度と私に話しかけないでちょうだい!」
それまではお姉様がローザ様のお隣にいてフォローして下さっていたのですが、少し前に結婚してからは社交界では別の繋がりの方々とお話されるようになっていました。それでもローザ様の派閥に居残り続ける私に、良い感情がなかったのだと言われました。
それからは、地獄のような日々でした。
お茶会や夜会に参加したくなくとも、行くようにとお父様に命じられてしまうので、出席せざるを得ません。
そうして渋々出席すると、ご友人だと思っていた方々――ローザ様の取り巻きたち――がクスクスと笑いながら聞こえるように悪口を囁くのを聞く羽目になります。
わざとらしくぶつかってきたり、足をかけてきたりといった陰湿ないじめなどもよくされるようになりました。
「あら、いらしてたの? あまりにも存在感がないので、見えませんでしたわ」
「……」
「無視するなんて、いい度胸ね!」
「っ……」
話しかけないでと言われたので、無言で会釈をしましたら、無視したのが気に食わないと料理の乗ったお皿を投げつけられました。
お皿の割れる音が、夜会が行われていた広間に響き渡ります。先程まで様々な音や声で騒がしかったのに、今は全てが乾ききったように何の音もせず、耳鳴りがしそうなほどに無音になってしまいました。
このとき、私も意地になっていたのだと思います。
何をされても声を出してたまるものか、泣いてたまるものか、怒りなんて抱いてたまるものか! と、ただただ見つめ返していました。
それは、彼女の怒りを増長させる行為でしかなくとも、当時の私にはそれが矜持だったのです。
「その馬鹿にした、人を見下すような目が気に入らないのよ!」
全てがゆっくりと動いて見えました。
薔薇のように美しく整えられた髪の毛を振り乱し、悪魔のような形相をしたローザ様。その手にはバターナイフが握られています。
私の瞳に吸い込まれるように、銀色の小さなナイフが向かって来て、あぁ私は死ぬんだな……と思った瞬間でした。
「ローザ! 何をしている!」
男の人の声が横から聞こえたのです。
それにふと意識を持っていかれたせいで、ナイフを少しだけ避けるような形になり、銀色の物体が右目のスレスレを掠っていきました。
それが私の右目が光を最後に捉えた瞬間でした。
目蓋の表面には今でも消えない傷があります。
瞳の見た目はそれほど変化がなかったのですが、お医者様いわくとても大切な部分が傷付いたため、二度と光を取り戻すことはない、と断言されてしまいました。
私が自宅療養をしている間に、ローザ様とローザ様を止めた男性――婚約者のロースバリ様が、婚約破棄に至ったとお父様から聞かされました。
「……私のせいで」
「まぁ、モシュロス家の娘は甘やかされすぎていたからな。当然ではあるが……。これでお前は見合いも不可能になったな」
片目が見えなくなったこと、顔に傷が残っていること、今回の事件での醜聞。それらで見合いの申込みは一切なくなり、こちらからの申込みは釣書を提出した段階で素早く断られるだろうとのことでした。
ロースバリ様からは、幾度か謝罪の手紙が届いていましたが、全てに『気にしないでほしい』とだけ返している内に手紙が届かなくなって、ホッとしました。
◇◇◇◇◇
カランカランと鳴り響くハンドベルをぼんやりと聞きながら、最後のクジを引いた方の顔面が蒼白になっているを眺めていました。
王太子殿下との結婚が決まったのは、いつも壁際にいる少し年上のご令嬢でした。お名前は存じませんでしたが、凛とした立ち姿はとても美しく意志の強そうな方だった記憶があります。
そんな方が、顔面蒼白。
少しだけ親近感が生まれました。
「ミカエラ嬢?」
「っ……」
右隣に佇むロースバリ様が、私の顔を覗き込んで来られました。
澄み切った湖のような色の瞳を見つめ返す勇気が出ず、ツイッと視線を逸しました。
右側に立たれると視界に捉えられず、存在に気付かないことがあるのでやめてほしいなとは思うものの、それは伝えない限りは誰も分からないことなので口を噤みました。
そもそも、男性は女性の左側でエスコートするのが基本なのですが……。
「ミカエラ嬢、どうかしたのかい? 彼女と知り合い?」
「あ、いえ」
このような断れない状況なのに、喜んでいないのは私と王太子殿下の結婚相手となったタチアナ様だけで、他の方々は大変に喜ばれているようでした。
その光景が異様に見えることと、タチアナ様に親近感を抱いたのですが、それも伝えるには憚られるのでまたもや口を噤みました。
「ミカエラ嬢、過去のことは気にせずに、気軽に話しかけてほしいんだが」
「…………そうですね、努力します」
そんな風にコミニュケーションが出来たのなら、今頃ここにはいないと言いたいのですが、流石に失礼すぎると思い直し口を噤みました。
ゆるりと再開していきますヽ(=´▽`=)ノ