後編
「…………一年後に、って言われませんでした?」
「言ったな」
「まだ一週間ですが?」
なぜかまたもや朝イチで我が家のサロンにどーんと座っていた銀髪ストレートな王太子殿下に、ついつい突っ込みを入れてしまった。
王太子殿下の額に青筋が走っている。美丈夫のしかめっ面はなかなかの迫力があるなー、なんて現実逃避。
この前は十人ほどお供の人がいたけれど、今日は五人。
この違いは何なんだろう? たまたま?
「……親睦を深めにきた」
「しんぼく」
「なぜ怪訝な顔をする」
なぜと言われても。
そのまま打ち返したい。なぜ親睦を深める必要があるのかと。深める必要がないと思っている人に言われたくないと。
「いえ、殿下が必要だと感じられたのなら、それでよろしいかと思います」
まぁ、そんなことは言えないので、にっこりと笑顔を貼り付けて、当たり障りなく答えておいた。
「…………なぁ」
「はい、なんでございましょう」
「なぜ抽選会に参加した?」
「へ?」
予想外の質問に思考が停止してしまった。その『なぜ』に答えると、失礼すぎるよなぁ……と思ったから。
「もしかして、あいつらの中に目当てがいたのか?」
あいつらとは、もしかして『大当たり』になってあった男性陣のこと?
ええっと、ちゃんと覚えていないけれど、なかなか有名な顔ぶれだったように思う。
「いえ、ございません」
「ならば、実は他に想いを寄せる相手が?」
「いえ、ございません」
「……実は女が好きなのか?」
どうしてそうなる! って、人のことは言えないし、王太子殿下にそうは言えないけれどもっ。
「いえ、それもございません」
「…………そうか」
王太子殿下は、真顔のまま去っていった。
親睦が深まった気がしないのだけど、良かったのかな?
更に一週間後、また我が家に現れた。
「……殿下自ら足をお運びいただき、感謝いたします」
「嬉しくなさそうだがな?」
両親は大歓迎で、殿下をサロンに案内するのに、私はいつも真顔だと言われた。
いや、笑顔で受け答えしてますけど?
そもそも、この人は何しに来てるんだろうか?
「あの、何しに――――」
おっと危ない。普通に「何しに来たんですか?」って言いそうになった。
「何か、重大なご用でも?」
「……親睦を深めにきた」
――――また?
結局、よくわからない会話をぽつぽつと続けて、颯爽と帰っていった。
そしてそれが二ヶ月ほど続いた。
もしや王太子殿下って暇なのか? とか思い始めたときだった。
「『王太子殿下、婚約者の家に足繁く通い、愛を深める』……って、これ狙い?」
抽選会の翌日には、当選した華々しい面々の相手である令嬢たちの情報などがゴシップ紙に載っていた。もちろん私のも。
だけれど、私のは三行程度。
名前と昔々の国王陛下に封土を授かった男爵の娘。
あの抽選会を流行らせたいのか、最近のゴシップ紙は当選したご令嬢たちの動向ばかりが書かれていた。
「読んだか?」
またもや現れた王太子殿下。
なぜか今日は私の部屋に通されている。誰だ通したのは。いやまぁ、王太子がそう言ったらそうするしかないとは思うけど。
はぁ、今日も御足が長いですねー、と現実逃避をしてみる。
「何をです?」
「その新聞だ」
「ぎゃっ!」
テーブルの上に置きっぱなしのままだった。
事前にわかってたら隠していたのに。
「タチアナが購入してるのは知っている。あと、別に記事を狙ってはないからな!?」
「え?」
なぜに購入してるの知られてるの。なぜに狙ったのかと疑っていたのを知ってるの。ちょっと怖いんですけど。
「身辺調査とタチアナの両親からの情報だ。別に手下を忍び込ませたりはしていない」
身辺調査……は、まぁ、するか。
「それよりもだ――――」
殿下はまたもや親睦を深めに来たらしい。
私的には結婚式直前での打ち合わせ程度で構わないんだけど。
「なぜだ……」
「はい?」
「なぜ、淡々と受け入れている。嫌なら拒否すればいいだろう?」
「え? あ、拒否というか、辞退出来たのですか? こうやって新聞にも取り上げられていますし、決定事項なのだとばかり」
「いや、もう逃さないがな」
「へ!?」
聞いておきながら、却下するんですか。
凄い横暴だぁ。
でも、まあ、そんなに嫌な気がしないとこがなんとも言えないんだけど。
◆◇◆◇◆
結婚などどうでもいい。
幼い頃からの婚約が駄目になったことにも、丁度良かったとしか思わなかった。
見た目も頭もふわふわとして、ただただ愛されたいとすり寄ってくる姫君が心底面倒だった。
逢いたい、話したいことがある、重要な相談だ、なんて言い呼び出しておきながら、ただの雑談をするだけだった。仕事を切り上げてわざわざ隣国に来たのにだ。
仕事の邪魔をしないでほしい。一週間もの時間を費やしてやったことといえば、お茶を飲むことくらい。
結果、『自分の求める愛をくれるのは、護衛騎士だけでしたの』とかなんとか置き手紙に書いて、姫君は駆け落ちした。
まぁ、国家秘密だが。
表向きは国同士の契約上の問題で婚約破棄に至ったとされている。
あまりにも次の婚約者を、結婚相手を、とうるさいので、次の夜会でくじ引きでもなんでもして決めればいいと言ったら、本当にそうなった。
父――国王が一番ノリ気なのがまた酷い。
うまく行けば、例年のイベントにしたいのだとか。
もちろん絶対に結婚ではなく、相性が悪ければ辞退しても構わないらしい。
私以外は。
「だって、アロイスは誰でもいいんだろう?」
にこりと笑ってそう言われれば、頷くしかない。父親ではあるものの、国王陛下の命令だよ、と追撃された。
「地位は低いが、娘の悪い噂もないし、領地運営は誠実だ。少し年齢は上だが、お前と大きく違わないところは良かったんじゃないか?」
「まぁ、そうですが。本人は喜んでいなさそうなので」
「おや? 嫌われたのかい?」
「……」
にやにやとされてしまい、妙に苛ついたので無視することにした。が、毎週会いに行き親睦を深めろと命じられてしまった。
一年後に会いに行く予定が、翌週も会いに行くことになるとは。
毎週タチアナと淡々と話しているうちに、この子が取り乱したり、心から笑った顔を見てみたいと思うようになった。
作り物の微笑みと、嫌そうな顔と、真顔しか見たことがない。
見た目はチョコレート色で美味しそうなのに。
髪型は貴族らしからぬ短髪で、耳の下くらいまでしかない。
理由は猫っ毛で長いと絡まりやすいから、とかいう物凄く実用的な理由だったが。
タチアナの両親はありえないほど善良な人間で、聞けば何でも教えてくれる。
結婚に興味が持てないらしいということ、ゴシップ紙が割と好きでよく読んでいること。
「その新聞だ」
「ぎゃっ!」
テーブルの上に置いてあるゴシップ紙を指すと、珍しく本気で慌てて隠そうとしていた。
――――面白い。
無駄話は絶対にしないタチアナ。
良くも悪くも普通の令嬢とは違うところが、なんとなく一緒にいて落ち着く。
この二ヶ月でタチアナと色々と話してみて、実はかなり気に入っている。
こういったゆったりとした関係も悪くはないなと。
ひとつ気になるのは、タチアナが本当に嫌がっていないかだが。
どうやら…………大丈夫なようだ。
◇◆◇◆◇
謎の逃さない宣言に、少しだけ頬が赤くなったような気がした。
そうして気がつけば、王太子殿下は毎週のように私の部屋に来てただただおしゃべりして帰る、という行動を取り続けていた。
変わったのは、少しずつ王太子殿下から妙な愛の言葉が飛び出すようになったこと。
いわゆる『好きだ』とか『愛している』とか。
「妃教育を始めたらしいな」
「はい。まぁ面白いですね」
「嫌じゃないか?」
「いま面白いと伝えましたが?」
「ふふっ。ん、そうだな」
こんな刺々しい会話にも、楽しそうに返事を返されるようになった。
私達は一般的ではないものの、不思議な形で親睦を深め続けた。
「……まぁ、なんだ。この十ヶ月ほど、タチアナと関わってきて…………好きになったんだが?」
「あら、ありがとう存じます」
急に直球で告白をされてしまい、パニックで普通のお礼を言ったら、久しぶりに怪訝な顔をされて、ものすごく笑いが込み上げてきた。
私達はいつも怪訝な顔をしあっているなと。
――――ああ、楽しい。この人と話すのは、とても楽しい!
やっとこさの自覚。私は王太子殿下を好きになったらしい。
「あはははは。怒らないでください。私も好きですよ」
「っ!」
王太子殿下のお顔がまさかの真っ赤。
ちょっと、可愛い。
私達はくじ引きで結婚が決まったけれど、お互いにゆっくりと穏やかに愛しあえるようになった。
殿下は、どうやら結婚式が待ち遠しいらしい。
この調子なら、来年もあの抽選会は行われそうだ。
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
前後編、サクッと読めるようにはしたつもりですが、いかがでしたか?
少しでも面白かったと思っていただけたら幸いです。
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