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第二章 月の王子

キレられました。ええ。

王子だけではなく王家、公爵家の皆にまで怒られました。

いや、メイドや執事、そして我が弟のルインなどは肯定的ではあったんですけどもね。


しかし家の中で立場が弱い人間の意見なんて全く通るはずもなく、死ぬほど怒られ、食事を抜かされ…そして、魔法関係の書物が全て部屋から処分され、本当に散々な目に合いました。




結局既に退屈になり始めた王妃教育を極めつつ、王立学校で当たり障りのない勉学に励んでおりました。

今までさんざん苦労して勉学に励んでいたおかげで、常に最上位の成績。


私の婚約者殿はそれが気に入らなかったようで、「もっと控えめに生きてくれないか」と内心怒っているやたら暗い炎の色をしながらも、優しく困ったような表情で告げてきたこともありました。

バレてますよ。本心。




はい。そして、学校へ通い始めて半年も経つ頃には、彼は当然のように私という婚約者から離れ始めたのです。

学校内でよく彼と一緒に見かけた令嬢は、ふわふわとした髪をお下げにした、ひだまり色の男爵の娘でした。


ひだまり色、つまり穏やかな、ほんっっとうにただただ普通の女の子。なるほど、王妃教育を受け続けた私にはとうの昔に消えてしまったあのような雰囲気を、彼は求めていたのでしょう。



お気持ちはわかりますが、王族としての矜持はどこへ置き忘れてしまったのですか?



なんて、今の状態で言えるはずもなく。

婚約者として一応忠告はしなければならないか…と、ひだまりの少女に話しかけるも、いやもう本当に、眩しいくらいに素朴で良い子だったので逆に申し訳なくなってくる始末。


なんで…なんで私こんなに苦労しなきゃいけないだろう…!とフツフツと湧いてくる気持ち。

もっと専門的に学びたいと言うのに、本という知識の元すら遮断され学べない魔法。

役に立つようで立ってない精霊の加護。


私、婚約者辞めてやろうかしら。


頭の中で何かがプツリと切れ、そう決意を下した私は婚約者殿からの気持ちが離れるよう、《いつも通り婚約者より上位の成績を取り》、《いつも通りたおやかな顔で婚約者の言葉を受け流し》、最近どうも王子からの態度に困りつつある様子の、至極まっとうなひだまりの彼女に対する忠告は体裁を保つ程度に本当に軽度に抑えることとしました。





そして、今日。第一王子が17歳になる此度のパーティ。私は共に歩む者を連れる事なく会場へ続く扉の前へ立っていた、というわけなのでした。


私を見て動揺を見せる会場前の騎士。

当たり前だ。とても幼い頃から私という存在は第一王子の婚約者として知られていたというのに、私の隣にはその姿が見えないのだから。明らかな異常事態だ。


しかし私は平然とした態度で押し通っていく。別に、何も悪いことはしていないのですから。


そんな私を見た騎士は、私が扉を開く前に慌てた様子で私に声をかけた。


「あの、リディル王子はともにおられないのですか?」


「ええ。何か?」


ちなみにリディル王子とは婚約者であるフーガ王国第一王子の事である。


「いや、いやいや大問題じゃないですか、うちの王子は一体何をしてるっていうんですか!!」


そんなの知ったことではない。

というか、むしろさっさとここを通させてもらって、婚約者をやめさせてはくれないだろうか。


今この歳ならばまだ結婚相手を選ぶことは可能だろう。王妃教育もとっくの昔に終えているのだから何処に出しても問題のない娘に仕上がっている。


婚約破棄されて家に帰れば、両親からはまた怒られてしまうだろうが、正直もうどうにでもなれという気持ちだ。


なんなら家出をして、どこか別の国で名もない誰かとして光の力を持つ魔法使いとして生きてやろうじゃあないかという、半ば自棄に近い願いがあった。


私の憂いに満ちた顔を見て、現状を察した騎士は


「まだ本格的にパーティが始まるまでは時間があります。お時間が近くなりましたら私めがお伝えしますので、お庭でも見てお待ちしてはいかがでしょう。」


という提案をしてきた。なかなか気の使える優秀な騎士だった。






好奇の目に晒されたまま時間まで会場にいるのは少々辛いな、と感じていた為、私はその提案を受け入れ、幾度となく第一王子と共に歩いてきた王宮の庭へと足を運ぶ。


優秀な庭師がしっかりと管理を行っているのだろう。あたりに咲く様々な花は仄かな明かりに照らされて、とても、とても美しかった。


「はぁ…本当にこれでここからお別れですわね」


この美しい庭園も、これからは足を運ぶ機会がほとんどなくなるだろう。そう思うと少し残念な気持ちになった私は、ポツリと独り言をこぼす。


「何からお別れするのですか」


「そりゃあ、リディル王子の元からおさらば…えっ」


思わず返事をしたが、パーティが始まっていないこのタイミングで、この場所に誰かいた事に驚く。


そして、ふと呟いてしまったくだらない独り言を聞かれたことを、とても恥ずかしく思った。


一言謝り場所を変えようと顔を上げると、目の前にいたのは…



「月の、王子様…?」


「え?」


「とっても、美しい銀色…今まで会ってきた中で一番…綺麗な色……あっっっ!!」



私の目の前には全身夜を思わせる《《髪から服まで、黒に包まれた青年》》が驚いたような表情を浮かべて立っていた。


つい言葉に出してしまった。明らかに、あと少しという段階で油断してしまっていた。なぜこんな所で、誰なのかもあずかり知らぬ人の前で、こんな事を言ってしまったのだろう。


間違えた。やってしまった。ここにいるのだから、パーティに参加する人なのは間違いない。もしこの人に魔法の知識があるのなら

…もし光の精霊の加護について詳しい知識を持っている人なら…。


まずい。名も知れない光魔法の使い手として国外逃亡するという手段をとることが、少々難しくなる。


でも今言ったことは本心だ。その者の色は驚くほど清廉で、キラキラと輝いていた。

本人の髪色等も相まって、まるで闇夜に浮かぶ月のようだった。


本当にキレイだった。

一目見れば分かる。この人は、洗練された美しい心を持つとても素晴らしい…



どこかの王族だ




まっっずーーーい。


私は現状を理解して汗をダラダラと流し始めた。


やめて、言わないで。絶対知ってる。こんな優秀そうな人なら多分あの言葉で理解ってしまう。

あああこれ以上何も言わないで。お願いします何も聞かなかったことにしてくれませんかお願いしますお願いします──


「あなたはもしや、精霊の加護を受けておられるのですか。」


終わった。

個人的には一番理想的だと思っていた国外逃亡プランがバリバリと音をたてて崩壊していった瞬間だった。



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