第七話:こちらでストッキングを買って高橋さんに履いてもらって撮影する事を頼んでみる
あの後、家に帰ってスマホからパソコンへ画像を送った。
スマホのデータ容量を圧迫してしまうということもあるが、スマホを落としたりして画像を他人に見られると高橋さんにも悪い。
フォルダー名は『Tさん』。隠しファイルにした。
はい、お疲れさんと。キャッホー!
今日は最高にいい日だったなあ。
さあ、次は異世界小説を無料サイトで読むとするか。そして、夕食後は、ネトゲ、ネトゲと。
気が付いたら、五時間経っていた。深夜一時。十代の頃は一日中ゲームをやっていても平気だったが、二十代も後半になるとさすがに目が疲れてきた。頭も痛い。もう寝よう。
布団に入りながら今日の盗撮の件を思い出す。
しかし、あの時、高橋さんから声をかけられたときは本当にビビった。
頭の中で人生終了の鐘の音が鳴ったもんな。
いい人でよかったなあと思ったが、もしかして気が変わって明日、警察が自宅かスーパーに来るかもしれない。または、実はいわゆる美人局でヤクザの彼氏が脅しにくるかもしれない。
ちょっと気になって、一旦、起き上がってネットで調べると俺の動画撮影は盗撮行為と言うよりは肖像権侵害とかに当たるようだが、似たようなもんだな。さて、再び寝ようと思いつつ、小心者の俺はよく眠れなかった。
けど、高橋さんは自分で動画を削除しちゃったよな。証拠はないわけだ。
いや、その代わり顔は写ってないけど何枚も彼女を撮影しちゃったわけだ、変態の俺は。
動画は歩いているだけの映像だけど、写真はいろいろとそれなりにポーズを取っている。
無理矢理脅かされて写真を撮影されましたとか警察に通報されるかもしれん。
金を払った証拠はどこにもない。
領収書なんてないもんな。
うーん、どうなるんだ、俺の人生は。大丈夫かなと思いつつも布団の中で震える二十六才の夜。盗撮したスマホと逃げ出したい気分になった。まあ、盗撮はもうやめよう。
次の日から心配しつつ警備業務の勤務についたが、何事もなく終わった。
一週間経っても何も起こらず。
どうやら杞憂のようだ。
警察もヤクザも高橋さん本人もスーパーに来ることはなかった。
さて、今日の勤務は午前六時から。そして、午後三時に終了。
家に帰って、自室のパソコンで転職サイトを見る。
いつまでもバイト生活ではいかん。
けど、いい勤務先がないなあ。
ブラック企業のトラウマがよみがえる。
いつのまにか、現実逃避。
無料小説サイトで異世界小説を楽しんでいた。
小説を読んでいると、バナーにファッションサイトの広告が出た。
思わず、クリック。
綺麗なモデルさんたちの画像がズラーリ。
そして綺麗なおみ足。
すぐに右クリック。
画像を保存。
この手の画像がパソコンのSSDに大量に保存されている。
いくつかのサイトを見ていたらいつの間にかストッキングのサイトへ。
いろいろとセクシーなのがあるなあ。
すぐに保存。極楽、極楽。
お、太い線が斜め格子状に入ったセクシーな黒いニーハイストッキングがあった。
脚を縛っているような感じでちょっとSMっぽい。
ミニスカートにも似合いそう。
絶対領域も見えて美しい。はい、保存と。
こういうのを履いた女性がスーパーに来ないかなあ。
まあ、めったに来ないけどね、こんなエロいストッキングを履いている女性は。
と、そこで思いついた。あの優しそうな高橋さんに履いてもらうってのはどうだ。
アイドル撮影会より値段は高いけどね。
おっと、ストッキングの値段を見る。六百円か。
このデザインでこの価格は安いんでないかい。
こちらで買って、本人に履いてもらって撮影と。
あの人、無職だからお金に困っていたようだし、堂々と頼めば盗撮ではない。
後、もっとお話したいなあ。
なんかあの人、今は亡き、俺の従妹のお姉さんを思い出させるんだよなあ。
美人で優しく、そして陽気でいつもニコニコと笑っていた従妹のお姉さん。
けど、こんなこと頼んで、今度こそ怒らないだろうか。
警察に連絡されないだろうか。
うーん、悩んだ末、電話することにした。
小心者の俺にしては珍しい。
エロは恐怖に勝る。
まあ、断られたらすっぱりとあきらめて二度と連絡するのはやめておこう。
しつこく言ったら、「おまわりさん、ここに変態さんがいます」って警察に通報されかねん。
夕方に緊張しながら電話。
スマホにちょっと眠たそうな声で高橋さんが出た。
「……もしもし、高橋ですが」
うーん、その眠たそうな声が色っぽいぞ。「アンニュイ」という難しい言葉が浮かんできた。
寝ていたのだろうか。セクシーなネグリジェで寝ている高橋さんを想像した。いや、それとも格好いい黒い下着姿。まさか、全裸で寝ていたとか。
変態の妄想がふくらんでいく。変態レッツ・ゴー! レッツ・ゴー!
「あ、あの、えーと、すみません、先日の佐藤ですが」
「佐藤さん? どなたでしたっけ」
もうすっかり俺の事なんて忘れてるようだ。
「あのー、この間、高橋さんの美しいおみ足を撮影させていただいた佐藤です」
ちょっと沈黙が続く。
「……ああ、あの時の変態の佐藤さんね。何の用かしら」
すっかり変態扱い。
まあ、正真正銘の事実だが。
そして、やや警戒気味。
当たり前だよな。
「そうです、変態の佐藤です」
「あれ、そう言えばなんで私のスマホの番号知ってるの」
「この前、言ったじゃないですか。えーと、あの万引き事件の時、連絡先を見たって」
「ああ、そうだったわね」
「それで、あのー、また撮影したくなったんですけど、ダメですか」
一瞬、高橋さんが黙り込む。
しばらくしてちょっとあきれたような感じで返事してきた。
「あなた、何を考えてんの。前回みたいな感じで撮りたいってわけ、変態の佐藤さん」
「そうです。但し、今回は俺が買ったストッキングを履いてほしいんですよね、どうですか」
また黙り込む高橋さん。かなり長い沈黙。
ん? なんだかドタバタ音がするぞ。
ドアを開けるような音が聞こえてきた。
宅配業者でもやって来たのだろうか。
ずいぶんと待たされた。
やっぱりダメかなと思った後、回答あり。
「……いいわ、変態の佐藤さん」
「おお、ありがとうございます。そして、ミニスカートを履いてほしいんですが。あと、色は出来れば黒がいいですね。お持ちでなかったらこちらで用意いたします」
長い長い沈黙。さすがにいい加減にしろ! って怒りだすかとビクビクして、ドキドキしながら待っていると、ようやく返事がきた。
「……わかりました。黒いのは持ってるわ」
やったあ! ヒャッホー! やっぱりいい人だ。
彼女と撮影日を調整して電話を切る。
さっそくニーハイストッキングをネット注文。
家族にバレないようにコンビニ受け取りで購入とした。
プライムで即行ゲット!
ワクワクしてきたぞ。
進撃の変態、とどまるところを知らず。
天国のウォーレス・カロザースさん、感謝します。
おっと、ウォーレス・カロザースって誰やねんって声が聞こえてきたぞ。
ストッキングの材料であるナイロンを発明した人です。俺にとっては、アインシュタイン並みの天才ではないかと思っております。ノーベル・ストッキング賞を与えたいくらいですな。いや、俺にとっては神ですよ、神。ストッキング神社ってのを建立して毎日参拝したいくらいですよ。
ただ、この人、うつ病を患って一九三七年に四十一才の若さで青酸カリ自殺しちゃったんだよな。
悲しいなあ。
全く、うつ病とはいったいなんなんだ。
しかし、よく考えると不思議だなあ。
こんな小心者の俺がこんな大胆な頼み事を女性に対してするなんて。
優しそうな高橋さんに甘えてんのかな、俺は。
何度も言うが高橋さんって、なぜか、従妹の優しいお姉さんを思い出すんだよなあ。