第六話:高橋さんの素人アイドル撮影会
優し気な高橋さんがお金の事を言い出した。
慰謝料を出せって言うのだろうか。
やっぱり怒っているのか。
当たり前か。
十万円か、百万円か、一千万円か。
まさか、一億円! そんなの払えん!
「冗談じゃなく、ちゃんとお金を出してくれんの、変態さん」
「は、はい」
いや、それとも恐喝されんのか、俺。
怖いぞ。
あれ、けど証拠は高橋さんが自分で消しちゃったけど。
高橋さんが何かずいぶんと考え事をしているぞ。
怯えながら彼女の発言を待つ。
ようやく高橋さんが口を開いた。
なぜか、本人も緊張しているような感じがする。
いや、怒りかな。
「一枚一万円でどう」
「え?」
「脚の撮影代よ」
「一万円ですか」
ちょっと、びっくり。
脚を撮影させてくれんのか、この人。
変態に優しい高橋さんだ。
ただ、貧乏な俺にはちょっと高いな。
財布には一万円だけ。
「まことにすみません。もっと安くなりませんか。今、一万円しか持ってないんですよ」
「じゃあ、五千円」
いや、高い。
俺が悩んでいたら、高橋さんがまたため息をついて言った。
やっぱり、投げやりな感じがする。
そしてさらに憂鬱そうな感じ。
「じゃあ、もう千円でいいや。一万円で十枚ってのは、どう」
「はい、わかりました。それでかまいません」
高橋さんが自宅アパートの方へ歩き出した。
え、いいのかな、これで。
俺がその場にボケーっと突っ立っていると高橋さんに言われた。
「あら、私の脚を撮りたくないの、変態さん。それにあたしの住所はもう知ってんでしょ」
「あ、いえ、撮りたいです」
帽子を拾い、サングラスはそのまま捨てた。安物だ。もういらんだろ。アパートの外の廊下を歩いて高橋さんの部屋の扉の前に行く。アパートの階段や隣の建物に隠れて外の道路からはよく見えない場所だ。
「では、ここで撮影したら」
「え、いいんですか」
「どうぞ、けど先にお金」
俺は財布から一万円を彼女に渡した。
「さて、さっさと撮影したらどう。但し、顔は写したらダメよ」
「はい、わかりました」
おお、マジでいいのか。これは盗撮ではない。
地下アイドル撮影会みたいなもんかね。
あれ? けど、アイドル撮影会って確か時間制で三十分五千円ってのをネットで見たことがある。あんまり興味がなかったのでちゃんと見なかったのだが、三十分で写真を撮り放題なのだろうか。高橋さんは十枚で一万円。顔はNG。アイドル撮影会のシステムには詳しくないが、けっこう高橋さん、ぼったくりしてないか。
おっと、ぼったくりなんて言ったら、激怒されて警察に通報される。
それにあの美しいおみ足を写せるんだ、それだけでも嬉しいぞー!
と言うわけでアパート前の廊下で即席素人アイドル撮影会。
最初は正面からただ立ってるだけの画像。
だらーんと立っている高橋さん。
撮影するといちいち高橋さんが顔が写ってないか確認。
次は横から。そして斜め。うーん、平凡なポーズだなあ。ちょっと欲が出てきた。
「すみません。アパートの二階への階段に座ってくれませんか。あと、俺、実は女性の胸とか腰のくびれとかも好きなんです。芸術ですよ、芸術。もしよかったらそちらも含めて撮影していただいてかまいませんでしょうか」
あきれ顔の高橋さん。ちょっと長々と迷ってる。
「……あなた、本当の変態さんね」
とは言うものの階段に座ってくれる。
いい人だなあ。
階段にちょっと脚を斜めに揃えて座る。両手は股の間に添えている。いやあ何度見ても綺麗な脚だなあ。あと、胸のふくらみ。
もう最高!
正面とやや斜め、左右から撮影。
「あのー、いっそ座って脚を組んでくれませんか」
「……はい、わかりました」
しょうがないわねって感じで階段に座ったまま、脚を組む高橋さん。素晴らしい。綺麗だなあ。正面とやや斜め、左右から撮影。
あと、一枚か。
うーん、よし。もう変態とバレたんだから恥ずかしいことは何もない。
変態になれば元気になれる!
「あのー、後ろ向きになってくれませんか。できれば少しだけお尻を突き出していただければ幸いです。嫌ならいいですけど」
ちょっとびっくりする高橋さん。
身体を震わしている。
いい加減にしろ! って感じか。さすがに忍耐も限界に達したか。
これは明らかに怒っているぞ。
ボコボコに半殺しにされたあげくに、警察に突き出されるのか。
やばい! これは土下座で切り抜けるか。
「……ほんと、いやらしい変態さんねえ」
「あ、本当に嫌ならいいですけど」
「……まあ、いいです」
高橋さんは後ろ向きになってくれた。
さすがにお尻は突き出さなかったけど。
さて、これで撮影終了。
「本当にありがとうございました。最高に幸せな時間でした」と敬礼ポーズ。
高橋さんがムッとしている。ちょっとふざけ過ぎたか。反省。
もう敬礼はやめよう。
ふざけたわけではないのだが。
「ところで、なんで私の住所とか知ってんの」
「あのー、高橋さんがこの前、スーパーの事務室で書いた連絡先を見まして」
「ああ、そういうことね」
その後、高橋さんは郵便箱を開けて遺品整理かなんかのチラシを出す。
「それから、あなたの連絡先教えてくれない。このチラシの裏に書いて」
「はい、わかりました」
俺は、氏名、住所、電話番号を紙に書いて渡した。
その紙をひらひらさせながら高橋さんが言った。
「名前は佐藤健二さんね。もし、今撮影した写真をネットに流出とかしたら訴えるわよ」
「いや、そんなことは絶対しませんからご安心を。スマホやパソコンのセキュリティも万全です」
「とにかく絶対に流出とかさせないこと、わかってるの?」
高橋さんがちょっと怖そうに睨んできた。きょどる俺。
「はい、わかっております」
「信用してるからね、変態の佐藤さん。じゃあね、お疲れさん」
高橋さんはコンビニ袋を持って自分の部屋にさっさと入って行った。
ああ、緊張した。
しかし、撮影しているときは興奮したなあ。
てっきり警察に突き出されるかと思ったけど、いい人でよかった。
いや、単にお金に困っていただけなのかな。
いや、優しい人なんだ、きっと。
そうに違いない。