第五話:高橋さんに盗撮がばれる
目の前に不審そうな顔で俺を見る高橋さんがいる。
うわ! やばい! バレた!
これは逃げるしかない。
と、一歩踏み出した途端にずっこける情けない俺。
膝を地面に打ち付けてしまった。
痛い!
その拍子に帽子が落ち、サングラスも取れた。
スマホも落とす。
スゲー鈍臭い俺。
「あ、やっぱり、あなたこの前の警備員さんじゃないの」
高橋さんが驚いている。
まずい、顔バレしてしまった。もう、俺の人生終わりだ。変態確定だ。盗撮魔だ。警察に逮捕されるんだ。ニュースで晒し者だ。市中引き回しの上、磔の刑だ。獄門の刑だ。のこぎり引きの刑だ。
高橋さんがスマホを拾って動画を確認している。
「なんなの、これ。私を撮影するのが目的じゃないよね」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
そうだ、ここはブラック企業で覚えた二つの必殺技のうち、その内の一つをするしかない。
それは土下座だ!
俺は道路に這いつくばる。
「盗撮して、本当に申し訳ありません!」
「え、やっぱり盗撮なの。やだー!」
あれ、そう言えば、あのけったいな像を撮影してたんですよってごまかす計画だったんだけど、きょどってしまった俺はそんなことすっかり忘れていた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
いや、もうこれは徹底的に謝るしかない。これもブラック企業で学んだ技だ。
「すみませんでした。本当に申し訳ありません。ごめんなさい。謝罪します。いや、あなたの脚がとにかく美しすぎるんですよ。芸術品ですよ、芸術品。素晴らしい国宝級の芸術品です。記録に取っておかないのは罪ですよ。この芸術品を撮影するのにいくらお金を出してもいいですよ。いやお金にも代えられないかもしれない。お金に代えられない究極の美ですよ。もう世界遺産、いや宇宙遺産ですよ。あの世のホーキング博士も絶賛です」
なんか途中から謝罪してるはずがわけのわからないことを言ってしまった。
すっかりパニック状態だ。
通りすがりの人たちが俺たちの事をじろじろと見ている。
高橋さんも恥ずかしくなったのか、路上に這いつくばっている俺に向かって言った。
「ちょ、ちょっと、あなた、みっともないから立ちなさいよ」
高橋さんに言われて、ドキドキしながら俺は立ち上がった。
これから警察に連れて行かれるのだろうか。
俺は変態盗撮犯として刑務所に行くのだろうか。
「今日は曇っているのに、サングラスかけて変な人がいるなあって思ってたんだけど、要するに私の脚を撮影してたの」
「はい、そうです。誠に申し訳ございませんでした!」
なぜか俺は高橋さんに向かって警備員のように敬礼してしまった。
もう頭が混乱状態。
高橋さんが、なんですかこの人って表情をする。
「なんで脚なんか撮影したの」
「いや、さっきも言いましたがとにかく女性の脚線美が大好きなんですよ。こんな綺麗なものはないなあって思うんです。神が与えてくれた至宝。神の恩恵ですよ。究極の美です。アインシュタインもびっくりです」
また、なんなのこの人って表情をする高橋さん。
「で、勝手に撮影したわけ」
「そ、そうです、すみません。ああ、何ていうか、とにかく女性の脚が好きなんです! イッツ・オンリー・脚線美!」
こいつは馬鹿かって表情をして、急にため息をつく高橋さん。
「まあ、要するに、あなたは変態さんね」
「その通りです。変態です。大変申し訳ありませんでした!」
俺は深々と頭を下げる。
高橋さんはスマホを操作して動画を削除した。
「はい、スマホ返すよ、変態さん!」
俺に向かってポイッとスマホを投げる。鈍臭い俺にしてはスマホをうまく受け取った。ナイスコントロール、ナイスキャッチ! って、動画を削除したってことは証拠が無くなったってことだ。
あれ、彼女は俺を許してくれるのか。
やっぱりこの人、優しい人なのかな。
けど、確かに優し気な感じがしつつも、なんか投げやりな雰囲気もするなあ、この人。
そして憂鬱そうだ。
まあ、精神を患ってはいるけど。
「ありがとうございます。あのー、このことは秘密にしておいてくれませんでしょうか」
すると、高橋さんがちょっとうつむき加減で長々と何か考えている。
やばい、今から俺をどうやってこらしめようかと段取りを考えているに違いない。
いきなり額をデコピンされて、「経絡秘孔のひとつを突いたわ、お前はすでに失明よ、この盗撮野郎!」とか言われるのか。
俺は長々とビビっている。
そして、高橋さんが顔を俺に向けると言った。
「さっき、お金を出すとか言ってたよね」