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第三話:万引き女さんの住所を秘密裏に把握する

 女性店員が万引き女さんに言い放った、「最悪の嘘つき女」ってのはまずくねーかな。


 実際、さっき倒れそうになって薬を飲んでいたのを思い出すと、とても演技とは思えなかった。そう言えば、俺が短い期間であるが勤めていたブラック企業でもうつ病で辞めていく人が何人かいたなあ。その人たちも甘えには見えなかったし、嘘をついているようにも思えなかった。


 俺は思わず、口をはさんでしまった。


「あのー、心の病の方に対してあんまり責め立てると、後で訴えられたりしませんか」


 俺の意見に女性店員がますます怒り出す。


「なんでこっちが訴えられるのよ。この女は犯罪者なのよ。わかってんの、警備員さん。二度とこんな事しないように、このバカ女のために心を鬼にして言ってんのよ、こっちは」

「あ、はい。わかりました」


 思わず女性店員に向かって敬礼してしまう俺。

 厳しいなあ。

まあ、犯罪者であることは間違いないんだけどね。


 しかし、その時、俺が想像していたのは、ブラック企業で罵詈雑言を浴びた時のこと。あん時は辛かったなあ。罵詈雑言もひどかったが、それだけでなく、俺の人生、初めて蹴りを入れられた。


 しかも、股間を蹴られた。

 股間だぞ、股間。

 やい、ブラック企業! 子供を作れない身体になったらどう責任取ってくれるんだ! 


 学生時代を通して教師から殴られたり、ましてや蹴られたりしたことは一度もない。俺はおとなしい学生だったからなあ。まあ、実際はぼんくらでぐうたらなだけなんだけどな。一見、おとなしく見えるんだよな。親父からも叱られることはあったが、暴力を振るわれたことはこちらも一度もない。


 ブラック企業で蹴られたその時は、「蹴ったね! オヤジにも蹴られたことないのに!」と叫びたくなった。ただ、暴力アホ上司から「蹴ってなぜ悪い!」とか言われてもう一回蹴られたら嫌なので言わなかったけどな。


 但し、さすがに股間を蹴られるとは思わなかった。営業成績が悪かったためだが、アホ上司が俺を呼びつけて、「あ、あれ」とあらぬ方向を指差すんだな。思わず、そっちへ目が行ったんだが、その隙を狙って足で俺の股間を蹴りやがった。


 俺が激痛で股を押さえてピョンピョン飛んでいるところ、そのアホ上司が、「甘い! お前は隙だらけだ。この厳しいビジネス業界を生き抜くうえでは常に周りに目を見張らせ、相手の力量を見極め、隙あらば弱点を狙って相手を倒す! その心構えがお前には無い!」なんてぬかしやがった。さすがにおとなしい俺もそのアホ上司と大喧嘩。


「ふざけんな! 俺は営業マンだよ! 格闘技や戦争やりに就職したわけじゃねーよ! このクソッタレ!」


 そのアホ上司とつかみ合い。人生初めての喧嘩だぞ、マジで。まあ、結局、辞めることになったけど、清々したよ。あの上司には異種格闘技世界決定戦または天下一武道会にでも出場して、あの世に逝ったアントニオ猪木か孫悟空にでも瞬殺されてしまえと思ったぞ。


 そんなわけで、俺の人生で喧嘩をしたことはこのブラック企業の営業マンの時だけだな。口喧嘩以外でだが。


 おっと、忘れてた。

 喧嘩ではないが、高校時代。俺と同じく女にもてない類友が柔道同好会を作ったので参加したことがある。その高校では柔道部は人気が無く消滅していたので、柔道好きの同級生が同好会を立ち上げたのだが、実はこいつホモだった。


 なんか人の身体をジロジロ見てるなあと思っていたんだが、ある日、俺はこむら返りを起こして足が痙攣してしまったので控室で休んでいたら、そいつが入って来て、「おい、佐藤。痛そうだな、治してやる」と、俺の足を掴んでまあ、最初は真面目にマッサージをしていたのだが、だんだんこいつの息が荒くなっていくんだな。なんだ、こいつはと不気味に思っていたら、突然襲ってきやがった。

 

 あれはものすごい恐怖だった。


 逃げる途中、すっ転んでロッカーに後頭部をぶつけて大出血。大騒ぎになった。いまだにその傷は残っていて、少し禿げている。まあ、俺の後ろの貞操は守られたけどな。そのホモのレイプ未遂犯野郎は停学処分になった。

「欲望をおさえきれなかった」と弁明してたそうだ。


 ふざけんな。俺はそいつとは絶交した。当たり前だ。いつガチホモが襲ってくるかもしれんってのは恐怖だぞ。俺ははっきり言って弱い。きょどってばかりの人生だ。だから、女性をレイプするって話は嫌いなんだな。自分が経験者だからな。あれはものすごい恐怖だぞ。いまだにトラウマだ。まあ、ホモの人がレイプ魔ばかりってのは誤解ですけどね。


 あと、昔の作家で、「女性を強姦するのは紳士として恥ずべきことだが、強姦する体力がないのは男として恥ずべきこと」なんて言った大馬鹿者がいる。こんな発言するだけですでに紳士じゃないだろ、ボケナス! 


 それは別にしても、全く、営業ってのは疲れたなあ。とにかく名刺を配れまくれって言われて、お得意先の会社に行っては配っていたのだが、相手の会社員から、「しつこいぞ!」とか怒鳴られて名刺をその場で丸めて投げつけられたり、破り捨てられたり、手裏剣みたいに投げ返されたこともある。もう、トラウマだ。営業なんてコリゴリだよ。

  

 さて、その後、店長はその万引き女さんに住所・名前・生年月日・職場・連絡先などを書類に書かせる。しかし、万引き女さん、手が震えてうまく字が書けない。


「何やってんの、あんた。ちゃんと書きなさいよ。もしかして、わざと読めないようにしてごまかそうってつもりなの。このクズ女! 何よ、その汚い字は。あんたの心が汚いから字も汚くなるのよ。ちゃんと反省しなさいよ、このアホ女! 書き直し!」


 鬼のような女性店員さんの強烈な罵倒攻撃。

 怖いっす。

 仕方なく、必死な様子で書類を書き直す万引き女さん。

 ありゃ、とうとう涙を流し始めた。


「なに泣いてんのよ! あんたは犯罪者なのよ。いくら同情を引こうとしても無駄よ、この最低の犯罪者のカス女! あんたなんてこの世に全く必要ないわよ! さっさと消えろ!」


 ひゃー、こりゃ厳しいなあ。

 しかし、確か、スーパーの入口前でへたり込んだときに万引き女さん手足が震えていたような。ごまかすつもりはないんじゃないかな。うーん、こんな発言して本当に訴えられても俺は知らんぞ。


 さて、指を使って朱肉で押印させると、警察に連絡。その時、女性店員を呼ぶアナウンスが店内に流れた。なにかトラブルが起きたらしい。その店員があわてて事務室の外へ出ていく。


 警官が到着し、簡単に調書を取った後、万引き女さんを連行して行った。

 あの美人さんはどうなんのかな。

 俺は書類をファイリングしている店長に聞いてみた。


「私は新人でよく知らないのですが、あの女性はこの後どうなるんですか」

「まあ、交番に連れられて、親族とか身元引受人が来たらすぐに釈放かな。悪質な場合は被害届とか出すことになるが警察も面倒くさがって嫌がるんだよな。それにしても困ったもんだよ、万引きには。たった一個の商品でも利益を出すのにいかに苦労するのかわかってんのかな。もう万引き犯は片っ端から百年くらい刑務所にぶち込めって言いたいくらいだよ。いっそ、サウジアラビアみたいに手を切り落としてしまえばいいんだ」


 ブツクサと何気に恐ろしいことを言いながら店長は事務室を出て行った。


 そして、今、この事務室には俺一人。

 俺は店長がファイリングした万引き女さんの書類を取り出して、事務室のコピー機で写しを取った。

 ムフフフフ。

 その後、俺は何食わぬ顔で警備業務を再開した。


 バイト業務終了後、自宅に帰り、例の万引き女さんが書いた書類のコピーを見る。

 住所は俺の家からかなり近いな。

 歩いて行ける距離だ。

 今まで見たことないけど路上ですれ違ったことはあるかもしれないな。


 名前は高橋楓。『たかはしかえで』さんかな。

 年齢は二十七才。

 俺よりひとつ年上かあ。

 わりとあどけない感じの顔をしていて、十代後半にも見えたんだけどな。

 職業は無職。連絡先には母親の名前。しかし、住所は本人と違う。

 一人暮らしかな。


 おっと、別にこの女性の住まいに忍び込んで乱暴とかしようなんて気はない。

 女性を酷い目に遭わせるつもりは全くない。

 相手の女性がかわいそうじゃないですか。


 ただ、あの脚をスマホで撮影したいんだな。

 まあ、女性からすれば、こんなにも不愉快で、気持ち悪く、おぞましく、そして恐ろしいことはないでしょうね。勝手に住所が知られてしまい、見も知らぬ男が家に近づいてくるんだから。もはやホラー小説のような状況ですな。


 キモイと言われればキモイでしょうね。

 まあ、はっきり言って、俺は変態ですね。


 けど、あの脚、あの脚線美、あれは芸術品ですよ、芸術品。そして大きい胸、腰のくびれ。

 女性の身体は芸術品ですよ。

 素晴らしい芸術品。

 綺麗な物は綺麗なんだから仕方がないじゃないですか。

 崇め奉りましょうよ。

 芸術を愛する気持ちをわかってほしいもんですね。


 とは言うものの、俺はやっぱり変態ですな。

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