第二話:万引き女を捕まえるが、ちょっと心配する
万引き女を発見!
よし、即逮捕だ。
と言うわけにはいかない。
研修ではすぐに声をかけるな、万引き犯を発見した場合はずっと見続けろ、そしてスーパーの敷地の外に出るまで待つ事と教えられたのを思い出した。なぜなら、ポケットに入れただけで代金は支払うつもりでしたとか、目を離した間にまた元の場所に戻す場合もあるからだ。
しかし、新人なんで万引き犯を取り押さえるなんて初めてだ。
緊張してきた。
と言うわけで俺はその女をじっくりと観察する。緊張しつつも、うーん、やはりつい脚に目が行ってしまう。ついでに腰、胸に。それにしても、本当に綺麗な脚だなあ。身体全体のスタイルも抜群ですよ、あなたは。東京ガールズコレクションに出場して、その綺麗な脚線美をご披露したらいかがですかって言いたくなるって、いかん、いかん、こんなに脚ばかり見ていると相手に感づかれてしまう。なるべく相手に気づかれないように見張らなければならない。
女はしばらく他の商品を見ているふりをした後、スーパーの外に出た。
俺はスタスタと歩く万引き女さんにスッと近づき、「お客様、何かお忘れではないでしょうか」と声をかけた。こういう場合、最初はあくまで丁寧に声をかけるようにと教えられている。女は肩をビクッとさせて俺の方を見た。走って逃げだすのではと身構えていたのだが、その女はただびっくりして突っ立ったままだ。
「ポケットの中に口紅がありますよね。最初から見てましたよ」
「……はい」
「えーと、じゃあ事務室まで一緒に来ていただけますか」
「……わかりました」
女は観念したのか素直に俺について来る。
何だかおとなしめの女性ですな。
万引き犯だけどおしとやかな感じ。
しかし、スーパーの入口前でその女が突然へたり込んでしまった。
驚いた俺は声をかける。
「だ、大丈夫ですか」
「あ、あの、気分が悪くて、薬飲んでいいですか」
何だろう、重い持病とか持っているのだろうか。
きょどってしまう俺。
「あ、あの水とか必要ですか」
「で、出来ればお願いします……」
俺はあわててスーパーの入口の横に設置してある自販機でペットボトルの水を買うため、硬貨を入れた。
待てよ、今のは演技で女は逃走するんじゃないのか。騙されたかと思って振り返るが、女はそのまま路上に座り込んでポシェットから何の薬か分からないが、それらが入ったプラスチックのケースを出そうとするが、手が震えて地面に落としてしまう。
こりゃ、本物の病人じゃないか。
万引き犯が病気で倒れた時にどうするかなんて研修では教えてくれなかったぞ。
「だいぶ調子が悪そうですが、救急車を呼びますか」
俺が声をかけると、
「……あ、いや、大丈夫です」
なんとか立ち上がろうとする女。しかし、フラフラしている。
俺は女を入口前から少し目立たない場所へ移動させて、お客さん休憩用のプラスチック製の椅子に座らせてやった。
女は薬をケースから何錠も取り出して、俺が買った水で飲む。一錠飲んでは、少し待って、また、一錠飲む。それを何度も繰り返す。十錠も飲んでいるけど、本当に大丈夫だろうか。
十分くらい経ってようやく女が答えた。
「もう大丈夫です。すみませんでした……」
「本当に大丈夫ですか、無理してませんか」
「はい、なんとか……」
「じゃあ、事務室までご同行お願いします」
「……はい、わかりました」
女はそのまま逃げ出すこともなく、俺はスーパーの事務室まで連行することにした。
事務室は地下一階にある。階段で降りようとすると女がよろけて転びそうになった。
俺はあわてて女を支えた。
「本当に平気なんですか。病院とかに行ったほうがいいんじゃないですか」
「いえ、大丈夫です。申し訳ありません……あの、薬飲みすぎてちょっと脚がふらついて……でも、大丈夫です……」
何の薬か知らんが、過剰摂取、いわゆるオーバードーズってやつかねえ。うーん、この人、本当に体調悪そうだけど、救急車呼ばなくていいのだろうか。まあ、そこら辺の判断はお店の職員の指示を仰ぐとするか。
とりあえず事務室に連れて行って、パイプ椅子に座らせ店長に連絡した。
すぐに店長が中年の太った女性店員を連れてやって来た。女が万引き犯の場合、女性の職員を同行させる事と研修でも言ってたなあ。間違いを起こさないようにするためだそうだ。けど、間違いってなんの事だ。
俺はその時、ネットで読んだ、万引きした美人を事務室でスーパーの職員が脅して乱暴するエロ漫画のことを思い出した。その後も万引きをネタにその美人を性奴隷にしちゃうって話。けど、俺って、そういう漫画は好みじゃないんだよなあ。女性を虐待するってのが嫌なんだな。
じゃあ、なぜ読むのかって? そこに無料のエロ漫画があったからです。
すんません。
ん? 女は多少強引にしてもらうのが好きな生き物だと。女は従うのが好きなんだって。辱めを受けると興奮するんだよって。ふざけんな、DVでもやってるのか、お前は。単に怖いから従ってるだけだろ。邪神ちゃんみたいにボコボコにしてやろうか、コノヤロー! 女性を虐待やらセクハラしてる奴を片っ端から成敗したくなる。俺、全然弱いけど。
とにかく、女性はガラス細工のように優しくしてあげなければいけません。貴重品を扱うように丁重に優しく優しく接してあげましょう。
って、脚フェチの変態野郎が言っても説得力無いな。
後、フェミニスト団体の女性の方たちからも、「ガラス細工って何よ。女を物扱いするな!」って怒りの鉄拳をくらいそうだ。世の中、難しいですな。
そんなアホな事を俺は考えていたんだが、当然、真面目な店長が女性を乱暴などするわけもなく、うつむいてテーブルに座っている女に対して怒鳴り声で説教をし始める。
「困るんだよ。たかが口紅一本って、あんたは思ってるかもしれないがこちらとしては大損害なんだぞ!」
普段は温厚な店長が怒っている。
研修でも思いっきり感情的になってもいいから、万引き犯を罵倒してもかまわないと言ってたなあ。但し、警察が来るまでの間だけみたいだけど。
まあ、軽く考えている人いるけど、万引きは立派な窃盗罪なんだよな。
そして、女性店員の方はもっと厳しい口調で女を責め立てる。
「自分がやったことわかってんの? これは犯罪よ、犯罪。ったく、今までどういう教育を受けてきたのかしら。親の顔が見たいわよ、このバカ女!」と罵詈雑言を浴びせる。女はただうつむいたまま、「申し訳ありません」と小さい声で謝罪するだけ。
俺はその間、無表情で事務室の入口に腕を組んで仁王立ち。そして、一点を凝視。どこを見ているかというと、もちろん万引き女さんの脚ですよ、脚、脚、脚。脚線美! ウヒョー! 最高! グレート! ヒャッホー! 先程、女が倒れそうになった時はきょどってしまって脚どころではなかったが、今は落ち着いたので、視線の先は再び万引き女さんの脚へいってしまう。
やあ、綺麗だなあ。本当に美しい脚線美だなあ。椅子に座っているのでちょっとスカートがめくれあがって、太股が見える範囲がさらに拡大、本当に素晴らしい。あと、うつむいているから胸から腰、脚へと身体全体の曲線がいいんだよなあ。うつむいているので向こうに気付かれずにじっくりと鑑賞できる。いやあ、天国ですな。イエース! イエース! イエース! 芸術作品ですよ、神が与えもうた芸術作品。ああ、神よ! 女性をこの世に作っていただいて感謝します。思わず、スマホで撮影したくなったが、シャッター音が出るのであきらめた。
え? もう、本当に気持ち悪い! このクズ! 通天閣か京都タワーから飛び降りて死ね! って声が聞こえてきた。申し訳ございません。けど、通天閣はともかく京都タワーってしょぼくないですか。市民の評判もあまりよろしくないようですよ。って、話がずれたな。
さて、綺麗なものは綺麗である。これは真実なのだから、仕方がない。
美しいものは美しい。
アルファでありオメガである。
全ての道は女性の脚線美に通ず。これは真理である。
ちなみに脚線美に次ぐものとして、次に上がるのが女性の胸なのである。そして、美しいものはエロにも通じるのである。アインシュタイン博士の有名な公式にE=MC2と言うのがあるが、あれは、エロ(E)=胸(M)×脚線美(C)×二本の脚(2)と言うのが真実である。これはこの世界の真理である。なのに、博士の真意を知らず、解釈を間違えたあげく核兵器なんて下らないものを作るから広島、長崎の悲劇が起こったのである。まことにもって残念な話だ。博士の真意をちゃんと理解して女性の脚線美や胸の美しさを観察してエロな考えに集中していれば戦争なんぞ起こらなかったのである。
脚線美のCはKじゃないかって? 野暮な事は言わないことだ。
とにかく、エロは世界を救うのだ!
とまあ、女の脚を見て下らないことを考えながら喜んでいるアホな俺と違って、鬼の形相でさらに延々と女性店員が万引き女さんを責め立てる。なんだか少しかわいそうになってきた。しかし、お店からすれば完全な犯罪者だからなあ。と言うかお店からしなくても犯罪者なんだよな。万引きが原因で潰れた本屋があるって聞いたことがある。本当かどうかわからんが、実際のところ万引きされた商品の利益を取り返すのは相当大変らしい。スーパーも似たようなもんか。
しかし、さっき調子悪そうにしてたよなあ、この人。薬もたくさん飲んでたし。倒れたりしないか心配になった俺は、一応店長たちに報告することにした。
「この方、さっき倒れそうになって薬を飲んでいたのですが、このままでいいのでしょうか」
すると、女性店員が万引き女さんに聞いた。
「薬ってどこか悪いの、あんた。何の薬飲んでたの」
「……精神薬です」
「なんだ、メンヘラね。甘えてんじゃないわよ、世の中をなめんな! 社会は厳しいのよ、みんなつらい思いして生きてんのよ、みんな必死なんだよ、あんただけじゃないの! ふん、どうせ仮病でしょ、仮病。同情買おうたって無駄よ。あんたは犯罪者なんだからね、この最低の窃盗犯! 本当の病気だったら万引きなんかしないで家で療養生活とかしてんでしょ。何よ、そのチャラチャラした服装は。ミニスカートなんて履いちゃってさ。あんた、社会をバカにしてんじゃないの。なんで病気の人がミニスカートで外を出歩いてんのよ。本当に心の病で困っている人に失礼でしょ。あんたみたいないい加減な女がいるから精神病の人が誤解されるのよ、この最悪の嘘つき女!」
「……す、すみません」
ますます小声になって謝罪する万引き女さん。肩をちょっと震わして、涙目になってる。
精神病かあ。
精神病と言えば従姉妹のお姉さんを思い出す。
俺より十一才年上だった。
子供の頃、我が一家は埼玉に住んでいて、このお姉さんも近所に住んでおり、俺の事を大変可愛がってくれたもんだった。美人で優しく、そして陽気でいつもニコニコと笑っていた従妹のお姉さん。俺は大好きだった。
この従妹のお姉さん、けっこう男勝りでデカいバイクに乗ってツーリング・クラブにも入ってたりした。ライダースジャケットなんぞを着てバイクに乗って走り回る従妹のお姉さん。バイクを停めて、さっと降りてヘルメットを取って俺に笑いかける。すげーカッコいいと子供ながらに思ったもんだ。俺が多少、バイクに乗ったりするのもバブル親父よりはこのお姉さんの影響の方が強い。まあ、このお姉さんも普段はごく普通のスカートを履いていたんだけどね。
そういうわけで、ある日、このお姉さんの家に遊びに行ったわけだ。
まだ七歳の頃だ。
で、お姉さんの部屋の扉を開けると、なにやらお姉さんが焦っている。なんか勉強机に座って、両手を膝の間に突っ込んでいたんだ。しかし、俺だけだとわかるとゆっくりとこっちへ歩いていき扉を閉めるんだな。脚が長かったという思い出が残っている。実際のところ、俺が小さかったので長く見えただけかもしれん。高校生の頃、結婚式で見たお姉さんは俺より背が低かった。まあ、俺の方が背が高くなっただけだが。
それで、お姉さんの脚がいつもと違って黒いんだな。しかも、キラキラと輝いて見える。まあ、お姉さんは黒い光沢ストッキングを履いていたわけだが、普段は生足だったので、子供だった俺としては単純に物珍しくて見てたわけだ。するとお姉さんがいつものニコニコ顔とは少し違ったような微笑みを浮かべながらこう言ったんだ。
「健ちゃん、お姉さんの脚、触ってみる」
そのお姉さんは椅子に座って、脚を伸ばして俺に見せるんだな。まあ、子供だったので何か知らんがお姉さんが言うのでストッキングを履いた脚を触ったわけだ。スベスベとなめらかでなかなか手触りが良かった。で、このお姉さんがまた俺に言うんだな。
「お姉さん、脚が疲れてるんで、健ちゃんにマッサージしてほしいんだけど」
それを聞いた俺は、マッサージのやり方なんてわからんが、大好きなお姉さんのためならと脚を擦ってやったんだな。両手を使ってつま先から太股まで。すると、このお姉さんがスカートの中に手をつっこんで股間あたりを激しく擦りはじめたんだ。その時は、何だろう、お姉さん股が痒いのかとしか思わなかったんだけどね。今ならお姉さんが何をやっていたのかはっきりとわかるけどな。
で、だんだんとお姉さんの息が荒くなってくるわけだ。「あっ、あっ、あっ」とか言い始めた。もしや何かの病気かと俺が気になって、マッサージをやめると、「健ちゃん、もうちょっとやって」と言うもんだから、これは大好きなお姉さんを助けねばならんとさらに一生懸命擦ってやったんだ。そのうち、お姉さんがスカートの中に手を突っ込んだまま、身体をガクガクとさせて目をつぶって、「あうう」って声を出して、顔を天井に向けたわけだ。こっちは、なんだろう、お姉さん悪いもんでも食ったのかとしか思わなかったけどな。
その後、なにやら満足気な顔で、「ふう、気持ちよかった。ありがとう、健ちゃん。でも、このことは内緒よ」って言うんだな。そして、俺に顔を近づけて唇にキスをしたんだ。それまでも母親や親戚のおばさんに頬や額にキスされたことはあるが、唇にキスされたのはわが生涯でこのお姉さんがしてくれた一回だけだ。今のところ神聖童貞帝国の皇帝を目指している俺にとって、女性と唇を重ね合わすなんてことはこの一回が最初で最後の予定だ。唇の感触が柔らかかったという印象が残っているなあ。あと、なんとなくいい匂いがしたなあという思い出も残っている。人生たった一回のキス体験。それでもう充分である。
わが生涯に一辺の悔いなし!
思わず右腕を高らかに上げたくなる。
それにしても、お姉さんはいったい何で気持ちよかったのか、何でマッサージをやったことを内緒にせねばならんのかと不思議に思ったもんだ、その時は。しかし、どうも妙だな、なにやらどえらい秘密があるのではと思い、このことは誰にも言わなかったわけだが、この事は俺の脳内にかなり強烈な印象を残したわけだ。どうやら、俺が重度の脚フェチになったのはこのお姉さんのせいだな。まあ、何度も言うが脚だけでなく、女性の胸も腰のくびれも好きだがね。
このお姉さんがショタコンだったかどうかはわからない。その後、我が一家は東京に引っ越して、このちょっとエッチなお姉さんとはあまり顔を会わせなくなったのだが、俺が大学生の頃、このお姉さんが、まだ三十才の若さで自殺してしまったんだ。子供を産んだ後、飛び降り自殺。いわゆる産後うつ病って奴だ。なんだか自殺する直前、頭が痛いとか頭が気持ち悪いとか言ってたらしい。頭が痛いはわかるが、頭が気持ち悪いという表現はいまいちピンとこない。どうも、それほどうつ病というのはわけのわからない病気なのかと思ったもんだ。
幸せオーラを出しまくりの結婚式でまばゆいほどの明るい笑顔を見せていた従妹のお姉さん。自殺なんかとは無縁の明るい印象をそのお姉さんに持っていたので、なおさらショックを受けた俺はいわゆるメンタルヘルスの本を少し読んだりした。頭が悪いので内容を正確に把握したわけではないが、うつ病とは、「心の風邪」などという一種のファンタジーみたいな表現とは全くかけ離れたものであるということはわかった。「心の癌」と言ってもいいくらい悲惨な人もいるようだ。
と言うわけで、この万引き女さんがどういう種類の精神病かわからんが、精神を病んでいる人に罵詈雑言をぶつけていいのかなあと俺は思い始めた。