第十三話:高橋さんと飛鳥山公園に桜を見に行く
高橋さんとの花見の日。
晴天だ。
待ち合わせの時間は午後二時。
飛鳥山公園は割と近いので散歩がてらに徒歩で行く。
帰りも徒歩で帰ろうかな。
飛鳥山とは東京都でいちばん低い山だそうだ。
交番近くの公園の入口で俺は彼女を待つ。
今日は平日なのだがけっこう人出が多いな。
年配者が多いけど。
しばし待っていると髪の毛はショートボブで上はスプリングコートを着ているが、下はレザーの黒いホットパンツに黒いストッキング。そして黒いブーツを履いている女性がやって来た。すごいカッコいい女性だなあ。なにしろそのおみ足が美しい。
思わず見とれていると、その女性が、「お待たせ、佐藤さん」と声をかけてきた。
「あれ、高橋さんですか」
ちょっとびっくりする俺。
「そうよ」
「あの、髪切ったんですか」
「うん。どう、似合うかしら」
今までの、失礼ながら某ホラー映画に出てくる女幽霊みたいに腰に届きそうな野暮ったい長い髪の毛をバッサリと切って、ボーイッシュな感じ。
これはこれで素敵だ。
いや、こっちのほうが断然いいぞ。
おまけに今日はちゃんとメイクもしている。
美人度二百パーセントアップ! 美貌株急上昇! ストップ高連発!
グロース株が一気にプライム市場へ格上げって感じだ。
ただ、メイクしても清楚な雰囲気が漂っているなあ。
「いや、似合いますよ! カッコいいですよ、高橋さん!」
「ありがとう」
にっこりと彼女は笑った。
「ちょっと寒いけど、これはあなたの好みでしょ」
高橋さんが自分の脚の黒いストッキングを指差す。
思わず、「ありがとうございます」と手を合わせる俺。
そんな俺を見て、「あはは」と笑う高橋さん。
そう言えば、今まで高橋さんからはずっと変態の佐藤さんって呼ばれていたのに、今日は佐藤さんだな。思い出せばメールも『Hさんへ』だったのが、この前から『佐藤さん』に変わった。『Hさん』とは変態さんて意味だったと思うけど。
「今日は俺の事を変態の佐藤さんとは呼ばないんですね」
「そりゃ、人がいるとこでそんな風に呼ばないわよ。それにだいぶお金も貰ったしね。思えばずいぶん失礼な呼び方を続けてたわね。ごめんなさい。これからは佐藤さんって呼ぶわ」
「いやあ、そんな事おかまいなく、気にせずに女神様」
「なにが女神なのよ」
また笑ってくれた。かわいい。
思えば、高校の頃はけっこう冗談言って、少ない人数とはいえ友人たちを笑わせていたんだけど、なぜか大学では全然受けなかったなあ。
気が付けばぼっち。
高橋さんとは感性が合っているのだろうか。
さて、一緒に公園の中に入ろうとするが、その一歩手前で高橋さんが深呼吸を始めた。
「あれ、何してるんですか」
「わたし精神病で知らない人が大勢いるとこが苦手なのよ。前は精神安定剤が無ければ行けなかった。気分が悪くなっちゃう。満員電車とか乗れないの。バスとか普通の交通機関もダメ。心臓がドキドキして、死にそうって気分になってしまう。実際は死なないんだけどね。逃げれない場所が苦手なのよ。エレベーターとか。逆に一人になると今度は不安になったりとかね。自宅では急に不安になって薬の世話になることもあるわ。パニック障害って言うのよ。おまけにうつ病も併発してるの。基本は精神安定剤だけど抗うつ薬も飲んでるの」
「タクシーもダメなんですか」
「それがタクシーは一応大丈夫なの。多分、運転手さんにお願いすればすぐに停めてくれて外に降りれるわけだから不安にならないのかも。けど、こういう事言うと、なんだか、わがまま病って言われても仕方がないかもしれないなあ」
「いや、なんて言いますか、その、そういうご病気なんだから仕方がないと思いますけど」
そう答えたが、正直、ちょっとよくわからない病気だなと俺は思った。
「今日は平日だから人が少ないと思ったけど、けっこう人出が多いわね」
「人が多いとまずいんですよね、大丈夫ですか」
「まあ、大丈夫でしょ。それに公園だと、満員電車と違ってすぐに出られるから」
高橋さんと公園の中に入る。
桜の木が並んでいて満開だ。
「わあ、きれい!」
桜を見ながら嬉しそうにしている高橋さんを見ながら、なんでこんな美女がパニック障害とかうつ病なんて精神病になってしまったのかなあと聞きたくなったがさすがに失礼だと思ってやめた。
二人で並んで歩く。
俺たちって恋人同士に見えるかなあ、なんて考えてしまった。
あらためて高橋さんの横顔を見る。
うーん、やっぱり美人だなあ。
すっぴんでも美人だったが、今日はお化粧しているからもう超美人になっている。
それに、あらためてショートヘアの方が似合うと思った。
俺の視線に気づいたのか、
「ん? なに」と高橋さんが聞いてきた。
「あ、いや、美人だなあって思いまして」
「え、そうかな。けど、ありがとう」
ちょっと高橋さんが頬を赤く染めた。
容姿を褒められるとやはり女性は嬉しいのだろうか、たとえ相手がキモオタ変態でも。
「いや、本当に美人ですよ、マジで。あと、ショートカットの方が似合いますよ、はっきり言って。これからずっとその髪型にしたらどうですか」
しばらく高橋さんが黙ってしまう。
あれ、俺、変な事言ったかなときょどっていたら彼女が口を開いた。
「実はずいぶん前から髪の毛切りたくて仕方がなかったのよ。うっとおしいから。けど、美容院が怖くて」
「美容院が怖い?」
「さっき言ったでしょ、パニック障害だって。とにかく店のなかに入るだけで怖くなって気分が悪くなっちゃうの。椅子に座ったらもう心臓が止まりそうな気分になって、お店の人には悪かったけど、急遽中止にしてもらったこともあるわ」
「そうだったんですか。気が付きませんでした。どうもすみません」
「いえ、別に佐藤さんがあやまる必要はないわ。他人にはちょっとわからない病気だからね。それに、もしかしたら万引きしたときのあの店員さんが言ってた甘えかもしれない」
「いや、そんなことないですよ」
うーん、やはりバカな俺にはよくわからないなあ。
俺なんて床屋に行ったら、すぐ寝ちゃうもんな。
急に高橋さんが言い出した。
「そうだ、一緒に写真撮らない」
「え、いいんですか。いくらでしょう」
「なんでお金が必要なのよ。単なる記念撮影よ」
二人で一本の桜の木の前に立ち、通りがかりの人に俺のスマホで撮影してもらった。
そして、その写真を彼女のスマホに送信する。
しかし、その写真なんだけど、カッコいい服装の超美人の隣に立つ、鈍臭い格好をした冴えない外見の男。
こりゃ全然似合わないな。
恋人同士になんて全く見えない。
現実とはそういうもんだ。
残念ですな。
飛鳥山公園には児童エリアがあって、メルヘンっぽいお城がある。
まあ、ただの滑り台だけど。
小さい子供が大勢いて、「あら、かわいい」と高橋さんが喜んでいる。
そういや、高橋さんの家庭環境ってどんなもんなんだろう。
「高橋さんってご家族は何人いるんですか」
「母親一人よ」
「兄弟とかはいないんですか」
「いないわ。父も病気で若くして亡くなったし。佐藤さんの方はどうなの」
「両親と兄貴がいます。兄貴はもう結婚してますね」
「佐藤さんは結婚しないの」
「相手がいませんよー!」
「する気はないの」
「バイトじゃ無理ですよ。異世界小説で我慢してます」
「なに? 異世界小説って」
「死んで異世界に行ってやりたい放題って小説です。まあ、高橋さんみたいな美女が読む小説じゃないでしょう。ダメ人間が読む本です」
「私もダメ人間よ」
少しうつむき加減で高橋さんが言った。
こんな美人がダメ人間なら俺はどう生きていけばいいんじゃって思うなあ。
「精神薬飲んで無職の女だもん。おまけに万引きして捕まって。最低じゃん」
どうしたんだろう、なんか自虐的なんだな、この人。
確かに無職で万引き犯だけど。
俺たちの前を夫婦連れがベビーカーを押して通った。
かわいい赤ちゃんが座っている。
高橋さんも結婚してかわいい赤ちゃんを産んだらと俺は思った。
「しかし、高橋さんすごく美しいと思うんです。なんて言うかイケメンと結婚して、すごいかわいい赤ちゃん産んでくださいよ」
高橋さんが急に悲しげな顔をして考え事をしている。
あれ、俺まずいことを言ってしまったのか。
失礼な事を言ってしまったのか。
謝ろうっと。
「あの、すいません。変な事を言って。怒ったんですか」
彼女がハッと気が付いたって感じで顔を上げる。
「ううん、全然怒ってないよ。さあ、他の場所も見ましょうよ」
高橋さんがまたスタスタと歩いていく。
何か暗い過去を背負ってるような雰囲気。
彼女の人生になにがあったんだろう。
まあ、あんまり突っ込んで聞くのはやめよう。
変態に言っても仕方がないだろうしね。
それから、また桜を見ながら歩いていると公園の端っこまで来た。
高橋さんが指差した。
「あれ、なに?」
「ああ、モノレールですよ」
「この公園ってそんなのあったっけ。そもそも、必要あるのかしら」
「十年前くらいからありますよ。無料で乗れます」
「下りるときも乗れるの」
「乗れますよ、あっという間ですが」
「乗ってみましょうよ」
モノレールの駅前まで行くと、また高橋さんが深呼吸を始めた。
パニック障害って乗り物関係がやばいんだっけ。
「あ、そう言えば、ご病気のほうは大丈夫なんですか」
「うん、大丈夫……と思う」
モノレール駅の前で並んでいると高橋さんが薬をポシェットから一旦取り出したが、また元に戻す。
気分が悪いのか。
「調子はどうですか」
「あの……こういう風に行列に並ぶのが苦手なの」
「本当に大丈夫ですか」
俺は少し心配になった。
「……うん、大丈夫だから」
なんか高橋さんの声が小さくなっている。
モノレールがやって来た。
かたつむりに外観が似ていて小さい。
中に乗ると、なんだか高橋さんが緊張している。
そのまま下り始めた。
いつの間にか薬を手で握っていて、高橋さんの額にちょっと汗が浮かんでいる。
冷や汗をかいているような雰囲気。
わずか二分間で下に降りた。
モノレールから降りると、「やった!」と高橋さんが喜んでいる。
「私、久々に薬無しで乗り物に乗ったのよ」
「あのつらくはなかったんですか」
「うん、ちょっとつらくなって薬を飲もうか飲むまいか迷ったけど、飲まずにすんだの。それが嬉しいの」
たった二分間でもつらかったのか。
何だかパニック障害って大変な病気だなあ。
そんなことを思っていたら、高橋さんがニコニコしながら誘ってきた。
「ねえ、佐藤さん。桜も充分堪能したし、ちょっとカフェに行かない」
「行きます、行きます」
職場の女性以外でカフェに行くなんて初めてだ。
しかもこんな美人と。
はっきり言って俺は嬉しい!




